「ここ一番のためにこそ」


本日の高校野球
 皆川球場。聞き慣れない球場だ。本日も東北大会に社長と伊藤さん(ボクじゃない友人)たちと一緒に出かけた。今日の車は伊藤さんの豪華外車シルバーのアウディー。ありがとう。
 近代兵器カーナビに「皆川球場」と打ち込んでも出てこない。アレッどうしたんだ。そこでカッコ書きの米沢市営野球場と入力したら案内を始めた。皆川ってなんだ?。まぁそれはあとで。一路、米沢にGO。3時間強で到着。速いっさすが外車。
 本日のカードは2回戦、大曲工業(以下大工)対酒田南(以下酒南)である。酒南はチーム結成以来の好チームとの呼び声が高い。いつも春はもたついていたようであるが今春は出足良く春の山形大会で優勝。部員は少ないようで25名前後だろうか。少数精鋭かも。
 五回表までは互角に試合は展開。五回裏に酒南攻撃で大工は投前バントの処理を誤った。そこから試合は動いた。この回先制点を酒南があげ、六回は大工の守備の乱れに乗じて適時打も出て4点を追加し5-0に。
 七回に大工反撃。酒南のミスや安打で2点をあげた。しかし、最終回二死満塁まで攻め込んだ。しかし一本出ず万事休す。結果として2-5で大工敗退。残念。
 阿部監督が試合の終盤ベンチで「ねばれっ」と檄を飛ばした。その通りにチームはねばったと思う。だが、ここ一本が出ない。
 ボクが若い頃には宮城県の教員をやっていた。2年間、野球部部長に就任したことがある。当時の監督さんが「どんな強いチームとの対戦でも9イニングのうちに1回はチャンスが巡ってくる。それを生かすか殺すかが野球の勝負だ」と言ったことを思い出す。 大工もチャンスはねばってねばって作った。しかし、そのチャンスをすべて活かすことは不可能に近い。しかし、3回作ったチャンスのうち1回でも「ものにする」ことができればなぁと思った。野球の練習は「ここ一番」で力を発揮するためにやっていると言っても過言ではない。しかし、ここ一番で力を発揮できなかった。これから夏の大会までちょうど1カ月。まだまだ成長する。期待したい。

 さて、皆川球場だ。米沢出身のプロ野球選手を記念して命名されたと聞いた。その選手とは南海ホークスの皆川睦男投手だ。子どもの頃に南海ホークスと巨人との日本シリーズをラジオで聞いて名前を知っていた。そこで備忘録として皆川投手のあらましをフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』からコピーしておきたい。 

【皆川睦男 1935年7月3日- 2005年2月6日。現楽天の野村克也監督と同期入団。1971年引退。宅和、中村、杉浦らが短命に終わったのに対し息長く活躍を続け、「細く長く」「無事之名馬」を地でいく選手生活だった。通算成績は759試合の登板で、221勝139敗、防御率2.42。221勝はホークス(南海、ダイエー、ソフトバンク)の球団記録。2005年2月6日、敗血症のため死去、享年71(69歳没)。
 出身地の米沢市と山形県では生前のプロ野球選手としての輝かしい成績と、現役引退後も野球にとどまらず郷里山形の発展に尽力した功績をたたえ、2005年11月3日には米沢市市民栄誉賞を、2006年3月15日には山形県県民栄誉賞をそれぞれ贈呈した。また同年夏には米沢市営野球場(上杉スタジアム)の愛称が「皆川球場」に改称された。】

 両翼97メートル、センター奥122メートル。木立に囲まれた球場は昨日の球場と雰囲気が似ている。皆川睦男氏の若くしての逝去に合掌。写真は昨日に続いて合成パノラマを。

 そう言えば能代球場も「山田久志サブマリンスタジアム」と改称された。先日、話をしたが夏の大会では球場名の呼び方がむずかしいですねぇ。
「どこで試合?」
これまでは
「能代球場」でわかった。
これからは
「山田久志サブマリンスタジアム」舌をかみそうでもないか。日本人得意の省略で「山田サブスタ」あるいは「サブスタ」でゆきましょうか。エッ。

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