能面のほほえみ


夢幻の境「能」を観に
 生まれて初めて能と狂言を観ることができた。ある人がせっかく買ったチケットだが急用ができて行くことができない。プレゼントして下さるとのこと。断る理由はない。だって一度も本物を観たことがないのだ。行くぞ能・狂言へ。
 協和の唐松神社にある「まほろば唐松」の定期能公演である。
 午後1時からの開演。能楽殿の会場には早めに出かけた。駐車スペースなど少々心配だったからだ。午前11時半に到着。時折にわか雨が降っている。
 開演までの間、唐松神社も参拝した。安産の御利益があるらしい。本殿では一組の若い夫婦がご祈祷を受けていた。健康な子供を授かってくれ。
 うっそうとした杉林の中からはクロツグミの美しい声が聞こえてくる。シーンとした神社だった。そうそうキツツキおそらくアカゲラもキョッキョッキョッと啼いていた。
 
 能楽殿に入場した。席はほぼ正面である。屋外であるから座席にはビニール雨合羽が置かれている。
 さぁ、能の始まりだ。
 最初は『羽衣』。三保の松原の話で有名である。能が始まる前にプログラムでレクチャーしていたことしか正直言ってよくわからない。その中に次のように書いている。
『舞台に集中することで、より深い幽玄の美を発見することができるでしょう。また、眠ることをすいしょうするわけではないのですが、能の音楽の心地よさにうとうととまどろみ、ふと目を開いた時美しい面装束を着けた役者が優美に待っている姿が印象に残る。そんな鑑賞の仕方さえ許してしまうのが能であり・・・。』
 これだけは頭に入っていた。何と言うことでしょう。『羽衣』が始まって10分もしない内に夢の世界に行ってしまった。つまり居眠りしたんですねぇ。隣の人がチョンとボクを突いてくれたので現世に帰った?。
 役者の能面の表情が微妙に変わる。舞台の場所や微妙に顔を上げ下げすることで変幻自在に迫ってくる。これが能なんだろうか。話の筋も何もわからないのに・・・。
 謡と囃子もいい。ある意味、ジャズだなぁと思った。形式の中で鼓などの音を微妙に変化させて進行する。
 そう言えばジャズピアニストの山下洋輔やタモリは能や狂言をパロディーとしてやっている。「いよっ ポン。イヤーッ ポン」などと赤塚不二夫などとともにCDなどを聴くと楽しんでいる。
 そして、第2幕?は狂言『萩大名』。これは、漫才の原型とでも言うかかなりわかりやすい。
 あらすじは次の通り。
「田舎大名が太郎冠者の案内である庭園に出かける。庭園を見たら必ず和歌を詠まなくてはいけない。そこで太郎冠者は『七重八重九重とこそおもひしに十重咲きいづる萩の花かな』を詠めば良いとアドバイス。しかし、大名は憶えられない。そこで太郎冠者は物にたとえて憶えるように教える。
 例えば七重は扇の骨を7本見せる。八重は八本の骨。十重は扇を全部開くのように。
 そして、萩の花を脛(すね)を(はぎ)と言うことで脛を見せることにした。ところが太郎冠者は大名のあまりのバカさ加減で呆れて脛を見せずに退場。太郎冠者がいないので大名は萩の花をどうしても思い出せない。そして、とうとう大名は太郎冠者の向こう脛(ずね)と言ってしまったとさ」。
 これを見ながらボクだったら、絶対に頭と鼻を見せるのになぁ。と思った。「ハゲの鼻」つまり「萩の花」だからねぇ。
 第3部が半能の『融(とおる)』だった。この舞いが始まる前に雨が降った来た。屋外の客席は一斉に雨合羽を着る。そして、能が始まった。ここでも1回睡眠状態になった。なんてこった。
 そんなわけで能・狂言を初めて見た。夢幻の世界に旅立てた。かな。そう言えば能の宣伝ポスターに「どぅ ゆー 能」と書いていたものがあった。答は「わかりません」かな?

     居眠りも大丈夫だよと能舞台夢幻の世界面ほほえむ


本日の全力野球チーム
 この雨では中止だろうと思って能の観劇に行く前にグラウンドに寄った。ありゃりゃやっているではありませんか。
 五城目高校との対戦だった。それも2試合消化したそうだ。1試合目は0-1で負け2試合目は4-2で勝ちの一勝一敗とのこと。
 さぁ、明日は抽選日だ。全県の高校球児の秋が始まる。ガンバレ球児たちよ。


と、言うわけで本日のブログは終了。能・狂言おそるべしだ。勉強せねば。
カウンター5000回目にあたった人はご一報を。
さぁビールを一杯飲もう!

気持ちを引くな


雨に咲く花
 家から一歩出ると雑草の中に濃いピンクの花が咲いている。色は違うが形などの雰囲気は7月3日のブログで教えていただいた「ツルニチニチソウ」に似ている。
 雨の中、家に入る時にシャッターを押した。


碁仇(ごがたき)
 毎晩、本を読んでからさぁ寝るべと思いパタンと本や雑誌を閉じる。眠りに入る前の短い時間に落語を聴く。インナーイヤーヘッドホンを耳に差し込み出囃子を聴いて枕の部分になるとアッと言う間に眠りにはいる。とても良い睡眠剤だ。
 今は古今亭志ん朝を聴いている。枕元には志ん朝のCDを10話分積んでいる。何度も同じ噺を聴いているので内容はわかっている。それでも聴く。
 昨夜は『柳田格之進』を聴いた。噺の展開はわかる。しかし、先日囲碁をやったので噺がおもしろくなり寝付かれずに全部聴いてしまった。あらすじは次の通り。
「柳田格之進は妻はなく浪人であり19才の娘キクが身の回りを見ている。碁が好きで碁会所に通ううちに、大店よろず屋の主人と会う。気が合い碁敵になった。よろず屋はわざわざ碁会所に通うこともない。自分の屋敷で碁をやりましょうと柳田を誘い碁敵の交流が始まった。
 中秋の名月。月見の夜も柳田は招待された。月見をしながら碁を打ち酒食もよばれる。碁をやっている最中に番頭が客から預かった50両のお金を持ち込んだ。柳田とよろず屋の主人は50両のことをすっかり忘れて碁に熱中し碁が終わると酒を飲み楽しい時間を過ごした。
 ところがなぜか50両は紛失。柳田に疑惑がかかる。よろず屋の主人は碁の好きな人に悪人はいないと柳田を信じる。しかし、番頭が柳田を疑い勝手に金を返せとかけあう。柳田は武士。疑われたことは武士の名折れとばかりに盗んでもいない50両を返そうとする。しかし、手元にそんな大金はない。そこで娘キクが吉原に身売りをして50両を準備しようとする。柳田は涙ながらに娘に頼る。
 1年経過。なくなったと思っていた50両がよろず屋の座敷の掛け軸の間から発見された。よろず屋の主人がそこに置いたのをすっかり忘れていたのだ。さぁ、そこから柳田の真価が発揮される。」
 これ以上はネタばらしなのでストップ。
 碁敵とは本当に気が合う人がパチリパチリと白黒の石を置いて楽しむ。「仇」と言えども「おのれ親の仇。ここで会ったが百年目。覚悟しろ」というような仇ではない。対局中は生きるの殺すのと考えているが一局終えると心から気の合う人が多い。ボクの大先輩角館の黒沢先生はそのうちの一人だなぁ。
 そんなことを思いながら「柳田格之進」を聴いた。眠れなくなってしまうのは当たり前か。寝不足常習になってきた。


今日の全力野球チーム
 雨の予報だったが午前中は試合ができそうである。久しぶりに練習試合を見た。今日は男鹿海洋高校との対戦だ。男鹿海洋は夏の大会のメンバーがほとんど残っている。特に投手の秋山君は評判が高い。夏の大会でも男鹿海洋と校名変更後記念すべき一勝をしている。その立役者でもある。
 常時130キロ前後の速球(最速136キロ)とカーブで西仙北打線を寄せ付けない。奪三振17。四死球4で9回一死までノーヒットノーラン。このままゆくのか。と、思っていたらセンター前ヒットが出て快記録は消えた。しかし、零封だった。良い投手だったと思う。
 一方、全力チーム西仙北の投手は伊藤君。ボクは新チームになってから彼が初めて登板する姿を見た。落ち着いて投げていた。
 5回に初ヒットを打たれて失策もからみ2失点。9回には失策から始まり犠打を挟んで4連打され3失点。残りの7回は無失点に抑えている。投球は落ち着いていて良かった。ボールにスピードがないからバットには当てられる。だから守備がしっかりしないと試合が持たない。
 失点はすべて失策がらみ。バントヒットになったのも守備のもたつき。一度守備が破綻すると連鎖することが連続失点につながっている。一点で止めておければまだまだ粘れる。
 全体として「気持ちが引けている」感じを受けた。どんなに好投手でも4個も四死球を出している。走者のリードの少なさ消極性が目についた。牽制球に頭からベースに返らないで足でゆうゆうと戻る。つまり2メートルもリードしていない。投手にプレッシャーがかからないから楽に投げさせてしまう。
 守備でも無死でサードゴロやショートゴロの時にセカンドの全力バックアップもない。すべては一度は教えられていることだと思う。まだまだ全力で取り組む意識が低いのだろう。
 これからだ。県南大会に向けて成長してくれ。と、思った。

      全力で低い意識をぶっとばせ努力によってつかめ栄冠


そんなわけで今日は久しぶりに試合のスコアを書いた。さぁ、それでは明日に向かってビールでも・・・。

活性化しなければ


35周年記念
 アマチュア無線を開局してから今日で35年目になる。昭和48年8月30日にJH7BDSが免許された。当時若美町に住んでおり車に小さなホイップアンテナしかついていなかったので免許状が届いたその日に寒風山の頂上まで走っていったことを思い出す。あれから35年になる。
 144.36、144.48、144.72、145.32の4波程度しかなかった周波数をカチカチカチと回し飽きずに聞いていた。オーッ秋田市から電波が届いている。アレッ能代の方からも・・・・。と夜の更けるのも忘れて聞いた。内気で無口で訥弁なボクはとてもマイクを手にして話すことなどできなかった。
 初の交信は2週間後。やはり夜の寒風山。勇気をふるって能代のJA7WVK平沢さんと言う方と交信できた。夜な夜な寒風山に向かう男はかなりの変質者だったかもしれない。
 そして、どれだけ遠くに電波をとばすことができるか。どれだけ遠くの電波を聞くことができるかにどんどん興味は移っていった。アマチュア無線にのめり込んでいった。そして35年目。
 書類などはほとんど紛失しているのだが35年前に電波監理局から届いた免許状は保存していた。一昨日届いたこれから5年間有効の免許状と一緒に写真にしてみた。まさにビフォー・アフターだ。
 当時申請した役所は郵政省管轄の東北電波監理局だった。妙に怖い場所だったなぁと思っていた。何も悪いことしていないのに常に監視されている気分で一杯だった。
 それから5年後。違反の通知書が電波監理局から届いた。
「伊藤寛雄殿  今般、アメリカ合衆国連邦通信委員会から貴殿が下記のとおりアマチュア局に許された周波数以外の周波数を使用して運用したことについて、通告があったから規正するよう厳重に注意されたい。  運用した日時1976年9月30日 09時58分(GMT) 運用の形式周波数 A1 6999.373KHz  通信内容 CQ CQ CQ CQ DE JH7BDS JH7BDS JH7BDS CQ K」
 びっくりしたなぁ。自分の電波も飛んでいるんだなぁと思った。そして、確かに監視されているんだなぁとも感じた。

 今はコンピュータ時代。免許状の申請は電子申請になった。最新の免許申請はネットでやった。
 ところが不安ですねぇ。申請したかどうかの確認ができない。申請が鉄砲玉のようにインターネットの宇宙に飛んでいった感じがする。大丈夫かと思っていたら免許切れ2日前に届いた。「良かったなぁ」。
 ただ、80円切手が同封されていなかったなど種々指示があった。早速、必要な書類を送ることに。封筒に電子申請について色々と要望を入れた。どうせ握りつぶされるだろうと高をくくっていたのだ・・・・。
なななんと。今朝、電話が入った。
「もしもし電気通信管理局ですが」
やばいっ。
「ハイッ」
色々と電子申請などについて説明を受けた。
「まぁ、便利でとても良い。しかし、申請した証明がないのが不安なので」などとヘラヘラ話した。
すると
「まだまだシステムがスタートしたばかりで充実はこれから」と、親切に説明していただいた。
 良いぞ、電子申請。そして役所の姿勢。そして生涯の趣味をボクは再開し自分自身を活性化せねばと思った

   ハローCQわが生涯のホビーなり飛んでけ電波仲間のもとに


なぜか折り紙
 今日は終日家にこもった。先日の新聞に「古新聞を利用してエコ紙袋を作る」の記事があった。「フーンおもしろいじゃん」と思い作ってみることにした。別にエコに興味があるわけではなく作ることに興味があったからです。折り込み広告などを利用してシミュレーションで作ってみた。
 これが難しい。普通に店で出してくれる紙袋をネットで調べたら「マチ付き」と呼ぶこともわかった。しかし、新聞記事を読んでも構造がイマイチわかりにくい。
 自分なりに簡単な展開図を書いてみたがよくないのだ。ただ一つわかったことは折り紙の一種だと言うことだ。ところが折り方がわからない。こんな場面をもし器用な天才が見ていたら笑うだろうなぁと余計なことが頭に浮かぶ。
 と、言うわけでもう少し楽しんでみよう。


話にならない政治家達
 別に民主党をひいきにしているわけではない。ただ、民主党を離脱する議員の行動に腹立たしいのだ。地方区で選出された議員ならばまだ許せる。しかし比例区で当選した議員が、出馬した党を離脱することはどう考えてもダメだろう。党に投票されたことで当選しているのだから。
 たとえば自民党、例えば共産党、例えば社民党。どの党でも比例区で当選したらその党で政治活動するのが筋だ。そうでなければ議員辞職して出直すべきだ。
 だから日本の政治はレベルが低いんだろうなぁ。

そんなわけで今日は一歩も外に出ないので妙に疲れた。アマチュア無線35周年は多くの先輩や仲間達のおかげである。感謝しながらビールで乾杯だ。

常に「一」からスタートを


幻日現象かな?
 昨日、西仙北高校のグラウンドから帰る途中。西の空を見ると右側に太陽があり、その左側に写真のような虹色の光が雲の切れ間に見えた。
 写真撮影は道路上でできなかったので脇道に車を入れた。太陽と一緒に撮すと真っ黒になってしまうので太陽を建物の陰に隠して「幻日(だと思う)」だけを撮影してみた。
 ネットで検索をしたら「幻日」という現象のようだ。その内容をコピーしたので書き出してみる。
【「幻日(げんじつ)」は太陽の横に明るく見えるスポットで、太陽の右側だけや左側だけのときもあれば、左右両方に見えることもあります。 幻日が非常に明るく見えると、まさに「幻の太陽」という感じになるのですが、そこまで明るく見えることはめったにありません。】
 これを見たからどうってことはない。しかしネット上には次のような表現もあってウームとうなった。
【初めて見たとき、とても奇異な感じがした。空の一部が不自然に光っている。本でしか見たことがない現象を実際に目にできたことに、興奮した。不思議なもので、一度でもこのような現象を見た経験があったり、その理屈を知っていたりすると、それを発見する機会は多くなるように思う。】
つまり、これからこの現象を見ると「そうなんだ」とボクも意識的に感じることができる。
 
     幻日に現実を重ねて振り返るボクの来し方虹の彼方を


屋根のペンキ塗り終了
 若き職人の頑張りで雨の降る前にペンキ塗りは終わった。昨日のブログを見て二人の方からメールをいただく。
 一人はわが本店の社長。「大曲の屋根の色と南外の屋根の色を比較すると、大曲は赤茶色系が多いようです。ところが南外は青色系が多いようですが・・・・」とメールが届いた。
 早速、若き職人に聞いた見た。彼は言う。
「おそらく大工さんの関係じゃないですか。南外の家を建てる大工さんはほとんど南外の人です。だから一人の大工さんが屋根を青くする傾向になればそうなってゆくのでは」と答えてくれた。そこでボクはメールを返した。
「大曲の人よりも南外の人が青くクールな心の持ち主が多いからでしょう」と。
すると
「やっぱり大曲は腹黒いから黒っぽい色が多いべな」と返ってきた。どうなんでしょうねぇ。要するに好みダベナ。
 もう一人の方からは
「昨日のブログの塗装職人さんはポリシーが高く、格好エエ感じです。」
 その通りです。なかなかにいい男です。10時のタバコの時間に色々と話した。釣りの話から塗装の話などとても良い勉強になった。


久しぶりに古巣のグラウンドに
 夕方、久しぶりに古巣のグラウンドに行ってみた。ちょうどアップの時間帯。とても気合いの入ったアップをしていた。
 ボクが勤務していた時からアップには力を入れていた。それが今日見た時には一段と気合いが入っていた。一糸乱れぬ状態ではない。どちらかと言えばバラバラである。しかし一人一人がアップの意味を理解して取り組んでいる姿は好感が持てた。
 アップが一段落したので監督と話した。帽子をとってあいさつしたら「アレッ」監督の頭が丸坊主。「ヒロオ先生のマネをしました」と言う。マネをしても良いけど髪の毛はあるんじゃないの。どうせならボクのようにツルツルにしたらいいのに。とは思わなかったが・・・・。
 まぁ、いろいろと事情はあるだろう。そこでお互いに伝統の話をした。
彼は言う
「なかなかチームに良い伝統は根付かないもんですねぇ」。
ボクは
「伝統なんて無い方がよいかも。下手に伝統があればチームは停滞すると思うんだけど。悪い伝統は脈々と流れるが良い伝統は続かない傾向がある」と話した。
もっとも、伝統って何?と聞かれると「わからない」と答えるしかないけど。
いずれにしてもチームは代が替わるとメンバーが替わる。当然、一人一人の部員の個性も野球の能力も違う。だから顧問の楽しさがあり苦労がある。
「要するに常に一からやることだべなぁ」とお互いに話してバックネット裏からボクは去った。近いうちに焼き肉に行くことを約して・・・・。

本日のブログはこれで閉店。蒸し暑い。雨が降ってきた。と、なればビールだ。

若き職人屋根の塗装だ


屋根の塗装
 暑かった。久しぶりに30℃を超えた。そんな中で屋根のペンキ塗りが始まった。
 我が家のトタン板が錆びてしまい冬に雪の滑りが悪くなっていた。そこでペンキの塗装屋さんにペンキの塗り替えを依頼していた。
 ただ、ペンキを塗るだけではない。事前に屋根全体の掃除をする。なぜか聞いてみたら「錆を落とさないとペンキがつきません。」と言う。なるほどそれは知っていた。
 そしてもう一点はトタン板との継ぎ目の間の錆びもしっかりチェックするとのこと。その場所から赤錆が良く出るらしい。青のペンキを塗ったあとに赤い錆の色が流れてくると職人としての仕事ではない。誇らしげに話してくれた。確かにそうだよなぁ。鼻血が流れているような顔だったら嫌だよなぁ。
 さすが職人気質だ。しっかりやってくれることはありがたい。そして、錆び落としから3日ほどしてからペンキを塗り始めた。
 好天で暑くなる日を見極めて来ているのだろうなぁ。と思い「天気予報を見てから塗るんですか」と聞いてみた。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だ。ボクの好きな本店の社長のように、なんでもかんでも聞くほどの度胸はないが・・・・。
「いやぁ。別に。ただ、天気がよいとトタン板の温度も手で触れられない位熱いので乾きも速いのです。」
ペンキの塗り方も聞いてみた。
「刷毛の方が絶対に良いと言われてます。ローラーや吹きつけだと塗料をただ置いているだけで「もち」が良くないと言われます。そして、トタン板との継ぎ目に塗る時に刷毛だったらしっかりと塗ることができます。時間と手間はかかりますが刷毛で塗ります。」
 ウーム。今年の冬の雪の走りは良いだろう。ありがたい。

     職人のポツポツ語る焼けた顔誇りと自信満ちあふれてる


今日は久しぶりに
 全力チーム西仙北高校野球部を訪問した。一人の部員が
「今日から練習させて下さい。ぜひやりたいので。」と監督にお願いに来た。
監督は
「医者が完全に良いと言うまで待つこと」と指示を出した。
右手指の骨折だそうな。しかもクラスマッチで別な競技をやってのケガ。今のシーズンはそのために大会をおじゃんにする子が結構多い。ケガは重くなさそうだが気の毒なことである。
 そしてケガをした経緯は抜きにして、自分から「やりたい」と思えるようになった部員が増えてきたことは良い傾向だと思った。ガンバレ高校球児たちよ。秋の大会まであと10日だ。

本日はここまで書いたら来客ありだ。そこでブログは閉店。

死にたくない盤上の闘いも


囲碁大会
 パチリパチリと石の音が部屋中に響く。湯沢・横手・大曲つまり県南から40人ほどの腕自慢が大曲広域交流センターに集まった。高校時代の懐かしい社会の先生もおられた。
 ボクは自慢じゃないけど腕自慢ではない。下手くそ自慢だ。要するにヘボ碁である。それにても写真は寝不足で疲れ切っている。朝方まで本を読んでいたからだ・・・。
 前にブログに書いたこともあるが囲碁というゲームは大好きだ。黒と白の石を碁盤上に交互に置くことで小宇宙が広がる。次の一手を考えるために必死になって考える(ことも、たまにある)。ほとんどは直感(最悪の致命的なひらめき)で脳みそはかなり発熱する。顔もカーッとほてってくる。それだけ血が頭に上っているんだろうなぁ。
 囲碁をやる人は人格者でなければならない。囲碁をたしなむ人は温かな心の持ち主でなければならない。と、思っている(ことも、たまにはある)。
 ところが碁盤に向かって石を持てば盤上は戦の場になる。目をとる・死んだ・封鎖する・あげくは殺すだ。少々物騒な言葉が飛び交う。一生懸命に考えている人がボソッとつぶやく「殺せるかなぁー」。
 野球にも似た言葉が出てくる。そう言えば今日は囲碁好きで有名だった元横手工業高校の野球部元監督SS先生も来ていた。当然、ボクは囲碁でも足元に及ばない。
 参加者をAクラスでアマ4段クラス以上の上級者A班24人ほどとアマ3段クラスから以下のBクラスまで16人ほどに分類した。当然、ボクはBクラスで級位は1級として申告した。それよりも弱いかもしれない。めざせ初段だが根性無しだ。
 本日は5回つまり5人と対戦。戦績は以下の通り。
 第1戦目 対戦相手 2段格 見事に勝利。
 第2戦目 対戦相手 1級格 見事に敗退。
 第3戦目 対戦相手 初段格 引き分け。
 第4戦目 対戦相手 2段格 見事に勝利。
 最終戦  対戦相手 初段格 引き分け。
 対戦成績は2勝2引き分け一敗である。でも、この戦績はお断りしておくが負けず嫌いのボクが言ってるだけ。2試合引き分けがある。対戦相手がボクよりも上級者であるからハンデをもらっている。つまり、ボクが石を置かせてもらっているのだ。だから引き分けは上級者の勝ちとルールで決められている。要するに2勝3敗ってことになる。
 でもまぁ今日は一度も死なずに最後まで闘えた。志低けれど良い成績だゼ。と、自分をなぐさめておこう。

     盤上で大人げないぜ思惑が勝つぞ勝ちたい負けるの嫌だ


本日の読書コーナー
 重松清著『気をつけ、礼』を読む。本の帯には「どうして大人には先生がいないだろう?僕たちが人生で最初に出会った大人は「先生」だった。怖かった。うるさかった。オトナのくせに情けなくて、でも・・・・あの後ろ姿が忘れられない」とある。
 この本には5つの短編小説が収められている。どの小説も微妙に自分に重ね合わせてしまう。まず今回は『泣くな赤鬼』を取り上げよう。
 赤鬼先生。野球部の顧問(監督・部長)である。おそらく広島県が舞台。ある工業高校で赤鬼先生の指導でチームは夏の大会で常にベスト8以上に入るようになる。決勝で1点差で敗れたこともある。甲子園まであと一歩だ。
 しかし、赤鬼先生は進学校に転勤になる。そこは野球は半分遊びのチーム。赤鬼先生の腕がふるえない。
 そんな赤鬼先生の所に工業高校当時の部員であり担任していたクラスの生徒の斎藤君が夫婦であらわれる。
 赤鬼先生が回顧する次の言葉が重い。
「30年以上も高校野球とつきあっていると、結局最後は才能の勝負になるのだと思い知らされる。野球のプレイの才能ではない。努力をする才能だ。単調で苦しい練習を黙々とつづける才能だ。野球の才能に恵まれていながら「がんばる」という才能に欠けていた生徒でグラウンドを去ってしまった部員を、私は何人も見送ってきた」。斎藤君もその中の一人だった。斎藤君は学校もリタイアしてしまったのだ。
 そこから赤鬼先生の苦渋の思いが語られる。選出することの難しさを斎藤君につきつけられる。そこからドラマは始まる。
 ボクも野球のためとしてどれだけの子供たちの夢を奪ったのか・・・・。最後の場面で涙腺の弱いボクはポロポロ涙を流してしまったのだ・・・・。
  
と、言うわけで本日は久しぶりに脳みそを働かせた。ブログ終了です。

胸キュン高校野球


読書感想文「ひゃくはち」
 いいなぁ。高校生ってこうだよなぁ。高校野球の一つ形だよなぁ。と、思って読んだ小説「ひゃくはち」である。
 早見和真著集英社刊。アマゾンから届いた本の帯には「各誌絶賛!この夏甲子園より熱い青春ドラマ」とある。青春ドラマと言われたら青春まっただ中のボクは読まなくてはいけない。で、先日朝方にまで一気に読んでしまった。眠気もぶっ飛んだ。まさに「置くをあたわず」の一冊だった。高校の野球部が舞台となった青春小説?だったのであっと言う間に読んでしまった。
「ひゃくはち」とは108のこと。野球ボールの縫い目は108個ある。そこで実際に手元にあるボールを手にとって縫い目を数えた。途中で数え間違って最初から数えなおしたりした。数え終わったらピタリと108だ。なるほどなぁ。
 108の意味はいろいろあるようだ。除夜の鐘の数も108。煩悩の数とも言われる。そして、この小説を読んで初めて知ったことだが「四苦八苦」も108につながるそうだ。
「4×9=36 8×9=72 36+72=108」ヘーッと思った。
 小説の舞台は神奈川の強豪高校野球チーム。甲子園でも当然上位にゆくチームである。そこに所属する部員の話である。
 試合の模様も実に細かく書かれている。読んでいて「そうだよなぁ」と手に汗を握る場面も出てくる。ネタばらしになるのでストーリーはくわしくは書かない。実は野球のゲームの場面や練習場面も良いのだが話は色々な方面に展開してゆく。
 それが強豪校の部員たちの気持ちである。彼らの心の中は高校野球一直線ではない。むしろ泥臭い野球はダサイと思っている。
「泥臭い旧体質の野球部員はどこか周りから引いた目で見られている気がした。だから、僕らは普通の高校生であろうとし続けた」と主人公は言っている。これはレギュラーであろうとなかろうと野球部諸君の気持ちだ。
 ウーム。自分が考えていた高校野球の姿とは全然違う方向に物語は進んでゆく。もちろん小説だからフィクションである。どんな展開になろうともそれはそれでいい。でも妙にリアルなストーリー展開だけにのめり込んでゆく。それじゃあ高野連にお灸をすえられるゼとツッコミを入れたりしながら読み進む。
 つまり、こんな高校球児たちは何を考えるかというと「恋」なんですねぇ。主人公の恋物語が年代を超えて語られる。
 人を真剣に好きになること。真剣に野球に取り組むこと。そして、友情とは何かが提示される。若いヤツらは良いなぁ。と、心から思う。
 で、まとめておくと「ひゃくはち」には高校野球と恋と友情がぎっしり詰まっている。知らず知らずのうちに涙腺がゆるんでもくる。そして胸がキュンとなる一冊だった。
 なんだかこれは映画になるらしい。いや、すでに公開されているようだ。秋田で上映されたら行ってみよう。でも、小説を超える映画になっているかは心配であるが・・ぜひとも観てみたい映画ではある。

素晴らしき高校野球に胸キュンと少年たちの夢は羽ばたく


今日の五輪野球
 「ひゃくはち」で高校野球を読んで今さらの感じもあるのだが、五輪野球についてもう少々。
 良い選手、才能のある選手をグラウンドに配置しても指導者の配慮あるいは考え方がしっかりしていなければ勝てないことを見事に示したと言える。それはただ単に良い選手をグラウンドにばらまいただけなのだ。
 こんな例はいろいろある。だから野球は恐いし奥が深いと思う。と、言うわけで五輪野球に対する批判はこれで終了しよう。よくがんばった。と、思う。

なんだか花火の日に飲み過ぎた影響でイマイチ体調が良くない。反省反省。少し体調を整えねば・・・。と、言うわけで本日のブログ閉店。

音と光


花火
 ペレス・プラードに「花火」という曲がある。そのフレーズが二日酔いの頭の中をかけめぐる。
 昨日は大曲の花火。朝から心配な天気模様だった。雨を呼ぶ嫌~な風が吹いている。気温も20℃にならない。本店の社長から電話。
「今日の花火の前に食事してゆきませんか」
「そうですねぇ。お世話になります」
 と、言うわけで午後2時過ぎに塩竃から到着したメンバーとともに本店にゆく。社長は本店前にブルーシートで雨よけ臨時テントを設営。そして、夕方まで焼き鳥をしながらかつビールを飲みながら本店前で過ごした。
 午後4時過ぎになってとうとう雨が降ってきた。少しずつ本降りになった。それでも川向こうの花火会場では5時に昼花火の審査会が開催された。遠くに上がる昼花火の色が見えている。
 薄暗くなってから雨がおさまってきた。仮設テントを撤収して会場に向かった。雨のために混み具合は昨年と比べると半分くらいだろうか。会場の桟敷席に入りすぐにビール。午後7時花火大会スタート。雨はやんでいる。
 花火の音が桟敷席に響きお尻の穴にビリビリと響いてくる。良いねぇ。音と光を堪能できる桟敷席の醍醐味だ。
 1時間ほど飲みながら花火を楽しんだ。また、雨が降り始める。やみそうにないので今年の花火見物は早めに切り上げた。
 そして、本店の社長に駐車スペースを確保していただいたお礼をして帰宅。人出が少なくスムーズに帰れた。社長ありがとうね。
 家に帰って塩竃一家、PQX一家とあらためてビール・焼酎で乾杯。雨でも大曲の花火はしたたかに良かったゼ。

    響き来るドーンビリビリと光の波飛んでけオレのよこしまな心


本日のオリンピック野球考
 22日のブログに書いた内容とダブルかもしれないが日本チームがメダルを逃した影響は大きい。
 昨日の日刊スポーツ紙の『やくみつる打っチャイナ』に「情けない!女子ソフトの爪の垢でも煎じて飲まんかい!!」と風刺マンガを書いている。
 さらに今朝の日刊スポーツによると星野監督が「ストライクゾーンなど他の世界でやってる感じ。今日は驚きを超えた初めての野球と巡り合ったプロの審判にして」と言い訳したらしいがプロだろうプロ。対策ぐらいは立てていただろうに。この準決勝までに何試合戦っているんだ。ただの無能なスタッフと言わざるを得ない。お話にならない。
 あらためて書いておこう。五輪で金メダルを獲ろうが獲るまいが五輪野球での問題は次の点だ。
 一流プロ野球選手の集合で出場した結果から何が得られるのかと言うことだ。プロ野球の選手は双六で言えば「あがり」の人たちである。あがりの人たちは名声以外に何も得るものはない。つまり日本の野球の底上げや発展に寄与すると思わない。
 今朝のワイドショーを二日酔いのむかつきをこらえながら見ていたらコメンテーターの一人が「高校野球選抜でも連れて行ったらよかったのでは」と話していた。冗談のようにも思えなかった。高校野球選抜あるいは大学・社会人選抜を連れて行ったら良かったという根拠も充分にある。彼らの中から将来の野球界を背負う人材が出てくる可能性は大きいからだ。
 そして、もう一つはプロ野球の衰退だ。星野ジャパンなんて言う個人の名前を冠にして出場したツケは大きい。各チームに帰ってゆく選手のモチベーションの低下を考えられるからだ。
 IOCはメジャーリーグが出れば野球の五輪復活はあり得ると言ってるようだ。しかし、それはあり得ない。今回だってアメリカは3Aが出ているのだ。おそらくアメリカにとって五輪野球はその程度の認識しかないだろう。ボク個人的に野球は五輪に復活する必要はないと思っている。
 
これで本日のブログは閉店です。ビールでも飲んで二日酔いを吹っ切らねば・・・。

笑わない野球


ヒルガオ
 郵便局愛好会を作りたいくらいだ。小泉改革とかいうトンデモ政策で郵政民営化になった。大反対だ。地域に小さくても郵便局がある。どんなに豊かなことか。手紙やハガキを仲介して遠くの人との交流ができる。郵便局に向かう時に路肩に咲いていたヒルガオを撮影した。

    ヒルガオの淡き色合い夢乗せて遠くに届けボクの願いよ


今日の高校野球
 8月21日付朝日新聞に『笑わない球児に最高の栄冠』のコラムが掲載された。
 甲子園の決勝で見た大阪桐蔭の選手諸君が「笑わない」ことに気づいた藤島真人さんの署名入り記事である。記事を少し要約する。
『一回に満塁ホームランを打った奥村が笑わない理由を「試合中に一喜一憂していると、どこかにすきができると思うからです」と言っている。ニコニコと笑っていた育英の一年生投手木村、準優勝の常葉菊川やベスト4の慶応の選手は全員が明るい笑顔ですがすがしい。そして甲子園のドラマに、笑顔は欠かせない。
 ただ、今大会はその意味をはき違えているようなシーンが目立った。塁上で鳥のように両手を広げておどけてみたり、打ってすぐ派手に指を突き上げてみたりする場面。自然にわき出る喜びと、準備したかのようなパフォーマンスは違う。まして、プレーは続行中だ。その一瞬で次の塁を狙うこともできる。
 ギラギラと集中し、最後まで真剣に白球を追う。笑わぬ大阪桐蔭の選手たちが、最後に、最高の笑顔をつかんだ意味を考えたい。』

 それを読んで三田紀房著のマンガ『クロカン 9巻』に出てくる示現高校の雰囲気を主人公のクロカン(黒木監督)が感じた場面を思い出した。
「なんだ?こいつら・・・・点取って盛り上がるでもなく、声出すでもなく、ガキどものくせに修行僧みてぇになんでこう静かにしてられるんだ・・・」
 でもこれとは全然違うなぁ。

 大阪桐蔭の場合は試合中は常に前向きだったのだ。
 実際に録画した準決勝大阪桐蔭対横浜と決勝大阪桐蔭対常葉菊川を早回しで確認して見た。なるほど笑わない。ホームランを打っても派手なガッツポーズをしないでベース一周は淡々としている。得点してもハイタッチをしないで軽く手と手のタッチをしている程度。ベンチも落ち着いている。一番ニコニコしているのは監督だ。もちろん得点したり良いプレーをした時には自然に笑顔はこぼれる。
 あまりに普通のことだったのでテレビを見ていた時には気づかなかった。もし、現場にいたら声の出し方などで気づいていただろうと思うけど・・・。

 相手チームが一つアウトをとるとベンチで「オーッ チャチャン チャチャチャン チャチャチャン オーッ」とベンチで一斉にパフォーマンスをするチームを何度も見た。そんなことよりも次のプレーのことを考えた方が良いといつも考えていた。まぁ、これも意識的な指導者かどうかによるだろうなぁ。
 高校野球の方向性を見つめる、なかなか良いコラムだった。


花火の思い出
 学生の頃。電話やメールが普及する前は手紙やハガキが遠くの友人との唯一の連絡手段だった。大好きなN子さんという人がいた。まぁ、お互いに好感を抱いてたことは何となく雰囲気でわかった。しかし今でもそうだがボクはとてもシャイだから「好きです」なんて絶対に言えない。それでもお互いに大曲と盛岡の間で手紙をやりとりしていた。まぁ、内容はお互いにたわいない日常しか書いてなかった。
 夏休みの帰省時に手紙でN子さんと花火を見に行くことを約束した。彼女の仕事が少し遅れることもわかっていた。でも、ケータイなんかないので少し不安だった。
 当時、南外から大曲に出るにはバスか自転車でゆくのが唯一の手段。その頃から大曲の花火は有名。多くの観衆が集まっていた。当然、たくさんの臨時バスも出ていた。それを利用してボクは大曲に出た。
 そして、N子さんとの待ち合わせの場所にゆく。アレッいない。時間を間違えたわけではない。おそらく仕事が遅れているのだろう。ジーッと待っているとゾロゾロと人・人・人がボクの前を通ってゆく。
 突然、彼女は来ないとボクは思ってしまった。そしてボクは人波に流されて花火の会場に足を向けていた。30分もボンヤリと花火を見ただろうか。つまんねぇなぁ帰ろうと、ガラガラに空いている帰りの臨時バスに乗った。
 あとで彼女に聞いてみたらボクが歩き出してから10分もしないうちに待ち合わせの場所にきたとのこと。なんてこった。
 花火は非日常の空間だ。手をつないで「すっげーなぁ」と言いながら花火を見られたかもしれない。そして2年後に彼女は誰かのヨメさんになったという噂が聞こえてきた。あれから一度も出会ったことがない。でもまぁ、そんなもんだろう。
 そんな思い出があった。その大曲の花火を今日は観にゆきます。



花火の帰りが何時になるかわからないのでブログを早めにアップ。天気が心配だなぁ。

子どものケンカ


いやぁー・・・・屁理屈の嵐だ
 今日の写真は秋田市の教育会館。久しぶりに行った。秋田高教組の本部もこの中にある。いろいろなことでお世話になったし、今でも心の支えである。
 今日は、ある会議があり(高教組には関係ありません)久しぶりに秋田市に出かけた。その帰りに寄った教育会館の正面写真である。久しぶりの方々に会えた。

突然、父ちゃんと子どもの会話。 
「ケン坊、桃太郎の話をしてあげよう」
「ウン」
「むかしむかしあるところに」
「父ちゃん!むかしむかしっていつのこと」
「まぁ、江戸時代かなぁ」
「江戸時代って西暦で何年?」
「・・・・・」
「まぁ、いいや。それじゃあ、あるところってどこ?」
「ウーム」
「そんな不正確な話を子どもにしたらダメなんじゃないの」
まぁ、これが落語なら問題ない。ガハハハと笑っていればよろしい。しかし、現実にこんな話し合いの場面があるところで出てきた。一瞬、耳を疑った。
 突然こんな話を持ち出したのはわけがあるんだけど。もしも大人の会話にこんなことが出てきたら誰でも嫌になるだろうなぁってことです。詳しく書けなくてごめんなさい。
 簡単に言ったら子どもの喧嘩。もっと言えばボクの嫌いな酔っぱらいがからんでいる状態。超屁理屈の嵐。そんな場面を今日は見てしまった。アーァ。それが・・・・。


本日の野球
 五輪の日本チーム。韓国に2-6で負けたらしい。秋田市までラジオで聞いていたが1点差で勝っていた時に現場に到着したので、その後の経過がわからない。ただ、結果だけは夕方になってから聞いた。
 負けた腹いせで書いているのではないことをお断りしてと。
 以前から思っていた。プロ野球のオールスター選手を五輪に出すべきではないと。日本(韓国もそうであるが)はプロ野球の選りすぐりを五輪に出場させている。これには以前から反対だった。金メダルを獲るなと言うわけではない。獲ったらうれしい。
 だが、少なくてもアメリカの姿勢を見習うべきだと思う。アメリカでは3Aクラスの若い生きの良い選手を選抜して出場している。その選手たちが明日のメジャーリーグを担ってゆく。キューバだってその傾向が強い。
 以前、日本でも大学生や社会人を五輪に出場させていた。そこから古田敦也が出てきたし、その後のプロ野球を支えている多くの選手が出てきた。少なくてもオリンピックの野球はそうあるべきだ。出場する選手のモチベーションも高いと思う。韓国がなぜ強い。それは五輪で勝てば選手たちの兵役免除があるからなのだ。韓国選手の命をかけたモチベーションの違いがある。何も日本で兵役を導入しろと言うことではない。兵役なんか大反対だし大嫌いだ。
 プロ野球のシーズンが佳境に入っている時に主力を五輪に連れて行くことはナンセンス以外のなにものでもない。五輪もペナントレースのどちらも「力」が半減以下になってしまうのだ。
 もし、プロ野球の世界一を決めたければシーズンオフにやられているWBCで充分である。前回のWBCでの日本の優勝はすごかったなぁ。イチローも出てたし・・・。
 このように選手層に広がりのない状態だから五輪から削除されてしまうのだ。と、思ってしまうんです。もちろん野球に親しんでいる国の少なさはあるのだが。


 昨日から朝夕が涼しさを通り越して寒さを感じるようになった。南の空にはさそり座が見える。
 と、言うわけで本日は自宅に着いたのが午後7時半過ぎ。それからブログを書き始めたのでアップが遅くなってしまった。

    アンタレス赤く輝く南天にドキドキドキとなぜか胸キュン

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