さぁ、冬の季節に


雪景色
 いよいよです。雪が降りました。
 一面の雪景色。すごいです。家の前に駐めた車が雪だるまになっている。

      初雪や二の字はないが参ります
          気持ち引き締め冬を迎えん
 
 
 と、言うわけで本日はとりあえずの生存証明です。

KYなボクですが・・・


アカツメクサ(名残の・・・)
 先日、河原でのなべっこ遠足の時に見つけたクローバーの仲間。
 まだ、花の色がしっかり残っていた。
 今日は朝からミゾレが降り、いよいよ冬になってきた。この時期になるとほとんどの草花が枯れてしまう。名残の花だった。

      ミゾレ降る河原に一輪咲いている
          名残のピンク我が身を映す


KYについて
 最近、我が国の総理がKYだと騒がれている。未曾有を「みぞゆう」頻繁を「はんざつ」だったかな、そして踏襲を「ふしゅう」と読んだらしい。
 テレビではお馬鹿キャラのタレントたちがクイズ番組で似たような間違い読みを連発して人気を得ている。もしかすれば総理の間違いはこんなノリで国民は聞いているのかもしれない。

 今朝の魁新聞に立川談志が順風満帆を「じゅんぷうまんぽ」だと長い間思っていて、高座でも「じゅんぷうまんぽ、じゅんぷうまんぱんと読むようですが」と話しており妙にすがすがしかったと書いている。
 これを読んでボクもすがすがしく恥をさらしましょう。
 その昔。好きな女性がいた。同じ職員室だった。卒業シーズンになると卒業生たちが卒業アルバムを持ってお世話になった先生方を回ってサインを書いてもらうことがある。
 一人の生徒が持ってきたアルバムには「克己」と書いていた。その生徒が
「これはどう読みますか」と質問しながら、ボクにサインを依頼した。おもむろにペンを持ったボクは
「これも読めないの?これは【かつみ】と読むべ」
職員室が凍り付いたようだった。
 そして、少し向こう側に座っていた大好きだった女の先生の目がキラリと光ったような気がした。それ以来、まともに話してはもらえなかった。ふられたんですねぇ。その時にアルバムにはどんなことを書いたか記憶からぶっ飛んでしまった。
 まぁ、漢字の書き方だったらいくらでも失敗はある。例えば「慶」の文字。この文字は心の上に一本右側が下に曲がる「横棒」がある。これに気づいたのは7~8年前に漢検を受ける時だった。要するについ最近覚えたのである。実は学生の頃に「慶」のつく女の人に手紙をせっせと書いたのだが返事が返ってこなかった。まぁ当然のごとくふられたのだが、そうかぁ名前を間違っていたのか。と、気づいたのは何十年も経過した時だった。
 そして、「範」の字も「車」のとなりのつくりを「己」とばかり思っていた。黒板に堂々と間違い文字を書いていたら
「それって変じゃないですか」と指摘された。
「ムムッ」
で、誤りに気づいたのである。なんてこった。

 言い訳になってしまうようだが、一国の総理がこんな間違いをしているなんてダメじゃんとボクは言うつもりはない。いつもボクも間違ってばかりいるから。それよりも間違ってもニコリともしないで指摘する方が悪い態度はだめだろう。笑って「アレッごめん」と言える余裕が欲しい。と、思うのだが。
 KYとは漢字を読めなくて空気も読めないのではなく、せめて空気ぐらいは読みたい人間だと思うのだが・・・・。もっとも間違えないのがいちばん良いのだが。
 人は失敗しながら成長するとあらためて感じている。


本日のブログはこれにて閉店。少し遠出をします。

Yes we can.


落葉松
 今朝、通勤途中の道路を落葉松の葉が山吹色に染めていた。轍の跡にアスファルトが出ていた。山吹色の雪が降ったようだった。
 場所は秋田県畜産試験場の前。30年ほど前、ここの敷地内にあった神岡高等農業学園と呼ばれる農業自営者養成の施設に5年ほど通っていた。この学園は大曲農業高校の定時制と併設になっていたので大曲農業高校定時制の教員として勤務していたのである。
 秋田県の農政部が管轄していた施設であるが高校卒業の資格も与えようとした政策の一環である。
 そのために、いわゆる純粋な学校教育現場とは違う施設だった。そのために、対人関係などいろいろなことを学んだと思う。
 この敷地内には落葉松の大木が今でもたくさんある。だから、この時期になると山吹色の道路が出現したのである。
 その一部を撮影してみた。

         落葉松の落ち葉踏みしめ懐かしの
                解体された校舎をしのぶ


オバマさんの言葉
 先日、友人から届いたメールに
「ぜひとも新アメリカ大統領のオバマさんの演説を読んでみてください」と書いてあった。早速、シカゴで演説した内容の翻訳を読んでみた。その中で印象に残った部分を抜き書きしてみたい。

『これから先、挫折もあればフライングもあるでしょう。私がこれから大統領として下す全ての決定やすべての政策に賛成できない人は、たくさんいるでしょう。そして政府がすべての問題を解決できるわけではないと、私たちは承知しています。

けれども私たちがどういう挑戦に直面しているのか、私はいつも必ずみなさんに正直に話します。私は必ず、皆さんの声に耳を傾けます。意見が食い違うときは、特にじっくりと。そして何よりも私は皆さんに、この国の再建に参加するようお願いします。』

 耳を傾けること。正直に話すこと。意見の食い違いにはじっくりと話すこと。これらのことがどれだけ大切かを強く感じる。そして最後の部分を引用。

『今この時にこそ、私たちは人々がまた仕事につけるようにしなくてはなりません。子供たちのために、チャンスの扉を開かなくてはなりません。繁栄を取り戻し、平和を推進しなくてはなりません。今この時にこそ、アメリカの夢を取り戻し、基本的な真理を再確認しなくてはなりません。大勢の中にあって、私たちはひとつなのだと。息をし続ける限り、私たちは希望をもち続けるのだと。そして疑り深く悲観し否定する声に対しては、そんなことできないという人たちに対しては、ひとつ国民の魂を端的に象徴するあの不朽の信条でもって、必ずやこう答えましょう。
Yes we can。』

 ボクはアメリカに憧れていた。まぁ、簡単に言えばポップスに憧れていただけですけど。しかし、アメリカのやってきた世界の保安官然とした愚策には残念ながら賛成できなかった。アメリカがくしゃみをすれば日本はカゼをひく的な政策にも常に反対して来た。そして、在日米軍にも反対である。日米安保条約だって考えものだ。
 そんなボクであるけれどオバマさんがこの演説の内容を実現してくれるならば少しは良くなると思ってもいる。
 悲観しないで希望を持ち続けようという呼びかけはボクに問いかけている気もする。

さぁ、「Yes we can」で少し歩いてみよう。


と、言うわけで本日のプログ終了です。軽くビールで鋭気を養います。

伝統に挑戦


ミニ生け花展
 ボクが通っている職場でミニミニ生花展が開かれた。と、言っても本当にミニなので廊下の片隅でおこなわれていた。
 伝統芸能などいろいろなことに挑戦している一環で、日本の伝統的な生け花にも挑戦している。生け花のように大がかりなものではなく誰でもきれいな花を愛でる方法を講師をお招きして伝授していただいた。
 花器と言うのか水盤というのかはよくわからないが、それは写真にあるように身近の茶碗やカップそしてフィルムケースにビニールテープなどで巻いてデコレーションしたものを利用している。剣山はスポンジを利用しているようだった。
 そして講習を受けた皆の成果としてミニミニ生け花が廊下を飾った。少女たちが花に託したそれぞれの想いを見ることができた。
 廊下に並んでいる自分の生け花をケータイで撮影していた一人の子が
「家に帰ったらお母さんに見せます」
そんな素敵な生花展だった。

       花を愛で花を活かして花に聞き
            少女ら生ける日本の心


脳を鍛える
 少し前の話で恐縮である。11月8日付毎日新聞に「脳を鍛えたい」特集があった。その中に『余録を音読しましょう』という提案がある。「余録」とは毎日新聞の一面にあるコラム欄である。朝日新聞ならば「天声人語」だ。魁新聞ならば「北斗星」。読売新聞ならば、忘れてしまったが、その欄を読んでみようという。
 早速、読んでみた。およそ2分程度で読めれば良いとのこと。大丈夫だ。
 さて、問題はここから。自分で書いた文章を読んでみることにした。いつも黙読しているのだが音読してみることに。
 同じ分量の自分で書いた文章をプリントアウトして読み始めた。これが読みにくいことこの上ない。ギクシャクギクシャクして流れない。
 つまり、ボクの文章は悪文だと言うことだ。脳を鍛えるためには新聞のコラムを読むべきことがわかった。脳はなかなか鍛えられないなぁ


本日は妙に疲れました。ブログはこれにて閉店します。
 

相手の気持ちに


黄色の絨毯
 昨年の今頃、古い家を解体した。その家の周りには多くの木々がある。
 今朝、その木々の中で銀杏の葉がほとんど全部落ちていた。木の根もとは葉っぱで黄色の絨毯になっている。それをパチリと。
 近所のおじさんが銀杏の実は拾って持っていってくださったとのこと。何となく銀杏の木の周りは銀杏の臭いがしている。なんとなくUNKO(ちなみにウラン・チッ素・カリウム・酸素の元素記号ではありません)の臭いに似ている。

      解体しすでに更地の銀杏に
         想い出にじみ生い立ちしのぶ


ホンジ(ホジ)その後
 先日、ブログを見ている方と話をした。その方はボクに心配そうに尋ねた。
「ホジが売り切れたんですか?」
「ハイ、そうらしいです」
「それは大変ですねぇ。新しく作っている所はないんでしょうか」
「エーッ!!??」
 ウーム。困ってしまった。本当にどこかでホジが作られて販売されると思っているらしい。売り切れになったら大変だと心配しているのだ。そこでボクは
「実は・・・・」と説明。
「冗談ですかぁ」呆れられた。おそらくボクは心から嫌われただろうと思う。なんてこった。


大切なこととは
 高知県の高知中央高校で、ラグビー日本代表の大八木敦史さんがコーチをしている模様がNHKの番組で紹介された。
 ほとんどの部員が高校に入学してからラグビーを始めたという。その生徒諸君を悩みながら指導した記録でもあった。
 そして、今年の大会では高知大会決勝まで進んだという。おそくら今日か昨日あたりが決勝だろうが結果はわからない。
 ただ、2回戦だったと思うが高知中央高校が100点差以上をつけて圧勝したシーンがあった。その時に選手たちにかけた大八木さんの言葉が良かった。
「大勝したときこそ相手の気持ちになることだ。けっしてガッツボーズなどするな。普通の顔をしていることだ」

 大切なのは勝ち負けではないと大八木さんは強く考えている。大切なのは「心」なのだと生徒たちに教えている。これはとてもとても大切なことだ。と、ボクも思う。
 すべて「全力」につながってくる。


 今日はのんびりと明日から使う教材を探しに大曲に出た。新しくできた大曲のジャスコにも行ってみた。探したけど欲しい物は無いなぁ。これからインターネットで探してみよう。
 そして、今夜は古巣の野球部OB会懇談会。これから出発だ。楽しみだ。
 

嘘は罪だなぁ


桂米團治襲名披露
 今日は仲間と秋田県小坂町にある康楽館に初めて行った。康楽館は日本最古の芝居小屋としても有名だ。
 桂小米朝が桂米團治襲名披露をおこなうと言うことで行ったのである。物好きと言えば物好きだが、こんな時だから良いのかもしれない。
 桂米團治は人間国宝であり名人の桂米朝の実子である。

 写真は上が康楽館の正面と中が緞帳そして下が桂米團治のパンフレットからコピー。
 出演が結構豪華版。
 トップバッターが前座として桂あさ吉が「子ほめ」を。二番にあの柳家こさんの孫である柳家花緑が登場。「長短」を演じた三番手に林家正蔵が今もっとも得意とすると思う「煮豆」これは上野鈴本でも聴いた気がする。そして四番目が桂南光のちょっとした艶笑落語系の「目玉の噺(タイトル不明)」。
 ここで中入り。
 後半は出演者勢揃いで「襲名の口上」が入った。なかなかかっこよくきまっていた。
 そして、桂ざこばの「ろくろ首」が盛り上げた。
 トリは桂米團治が花道から登場して芝居噺を入れた「七段目」を熱演。おそらく康楽館ということで芝居の噺をもってくる演出をしたのではないかと想像した。

 これだけの落語家が勢揃いして噺を聴くことができた。中入りなどを入れて至福の3時間であった。芝居小屋が大入り満員になった。日本最古の芝居小屋と言うことで座席の狭さなどは気にならないくらいの時間だったと思う。

 それにしても落語家の噺のうまさ、間の取り方の素晴らしさ、そして笑わせようとする意気込みのすごさを感じた。

 米團治も花緑も正蔵も父や祖父の血筋を感じさせた。花緑が話していたが「落語家は世襲でない」と言ったものの「何かが」あると思わせる才能が輝いていた。

        どなたかが落語を
           聴けば良いという
             人生教え道も考え


嘘について考える
 人は真実から目を逸らそうとしてしまう。その時に嘘をつく。「嘘つきは泥棒のはじまり」とかいろいろ言われている。
 昔から「講釈師見てきたような嘘を言い」という川柳がある。この場合の嘘は問題ない。しかし、権力を持った人間が嘘を言ったらおしまいだ。
 今、こんなことを考えている。それにしても人間は弱い。と、つくづく思う。


落語を聴いてきて良い気分になっている。落語には人生を教えてくれる何かがある。と、あらためて思った。

本日のブログはこれにて終了です。

焚き火はいいなぁ(なべっこ)


なべっこ遠足
 今の時期は寒いじゃないの。と、考えた。しかし今日は小春日和ではなかった。でも無風で晴れたり曇ったりの一日。気温は15℃まで上がった。どれだけ風が吹かなかったのかを証明しよう。実は男鹿の凧博物館でもらってきたフランクリンカイトを揚げようと試みた。ところがまったくの無風状態で揚げることは叶わなかった。残念。だが、昨夜の「あの苦いニッカウヰスキー」でやった一人天気祭りが効いたぞ。
 そんな好天の本日、桧木内川河川敷では3年生全員の「なべっこ遠足」がおこなわれた。
 大きな空き缶を利用したかまど、コンクリートブロックを利用したかまどなどで少女たちは各班ごとに思い思いのナベを作った。
 カレーライス、キムチ鍋、煮込みうどん、煮込みラーメン、シチューなどなど工夫をこらして料理を作る。
 まずは火おこしからだ。これが難しいらしい。新聞紙だけを燃やして木に火が燃え移らない。新聞紙の燃えかすだけが山盛りになっている。ウーム、ここで手助け。まずは燻っている木をどかして井桁に組んでやる。そして、新聞紙の燃え残りを中心付近に置き再度着火。やはり名人伊藤がやるとパチパチと燃え上がる。
「オーッ」と歓声が上がる。まぁ、ボクは平然と次の燃やせない班に行って火を燃え上がらせる。なんていいヤツだ。
 焚き火は心を燃え上がらせる何かがある。作家の椎名誠氏は焚き火が大好きであちこちで盛大に焚き火をしたことをいろいろな文に書いていたことを思い出す。
 火を燃やす行為は人類の進化に大きな影響を与えたはずだ。人間にしか火を扱うことはできないからだ。
 それぞれの班でメニューが出来上がってくる。ボクは適当に発砲スチロールの丼を持ちながら各班を周り、一口ずつ食べさせてもらった。皆、上手い、美味い、旨い。
 まぁ、そんな「火」を扱いながら楽しい一日を過ごしたと思う。とても穏やかで素敵な「なべっこ遠足」だった。


       少女たち具材を選び火をおこし
           仲間とともにたらふく食べよ



教育で気になる記事が
 昨夜、インターネットを見ていたら下のような記事が目についた。少し長いが引用しよう。


『生徒暴行の元高校職員に無罪=「体罰に当たらない」-横浜地裁
          11月13日17時57分配信 時事通信


 神奈川県藤沢市の県立湘南高校の食堂で、食器を片付けなかった男子生徒の首を押さえ付けけがを負わせたとして、傷害罪に問われた元定時制非常勤職員の男性(38)に対し、横浜地裁が傷害の事実を認定した上で無罪(求刑罰金15万円)を言い渡していたことが13日、分かった。
 大島隆明裁判官は「体罰はできる限り避けることが望ましいことは論をまたない」としつつ、「男性の行為は生活指導の必要上行った行為で、正当な範囲を逸脱したとは認められない。規律違反に対する制裁として行ったものではなく、体罰に当たらない」と判断。「仮にこの程度の行為も一切許されずに処罰対象になると、素行が悪く指導に従おうとしない生徒らが、体に触れられた程度でも容易に教職員を警察に告訴する風潮を生み出しかねない」と述べた。』


 どうだろうか。今は生徒の身体にちょっと触れただけで、すぐにキレる子どもが多い。それを暴力だ体罰だと言いつのる場合もあると聞く。
 ボクは体罰は絶対にやるべきではないしやってはいけないの信念で長い間仕事をやってきた。甘いと言われようがその意志は変えなかった。
 しかし裁判の判決のように、今はあまりにも権利意識が強すぎるのか情報が間違って伝わっているのか何でもかんでも体罰として指導に従わない例もあるようだ。
 この判例が教育現場で今後どのように認識されるか注目すべき判決である。



本日のブログはこれで閉店です。

苦いウイスキー


10数年前のウイスキー
 先日、古紙の日があったので車庫に山ほどあった古新聞や段ボールを処理した。車の後部座席やトランクを満杯にしてで2回往復するくらいの量だった。車庫の中がすっきりしたのである。
 そこで冬場になったので露天駐車していた車を車庫に入れることにした。すると車庫の隅っこに黄金色に輝く昔のウイスキーの瓶3本と焼酎の瓶8本を発見。
 ラベルの年代を確認してみると父が存命の頃に購入したウイスキーと、母がまだ脳梗塞になる前に飲んでいた焼酎である。
 酒乱の父を嫌ったアル中の母が車庫に隠した酒類なのだった。酒乱の父とアル中の母では似たりよったりなんだが・・・・。モズの「はやにえ」のように隠したことを忘れてしまったのかもしれない。
 ウイスキーの色はかなり薄くなっている。いわゆるウイスキー色はしていない。写真を撮影してから10数年ぶりの毒味をしてみることにした。瓶の中に入っているから熟成はしていないだろう。だが、40%近い度数だから変質はしていないはずだ。
 口に含んでみると苦いし辛い。それまでビールを飲んでいたから味が変なのかなぁと思い水で口をゆすいでもう一度味わった。
 やはり、苦い。でももう飲んじゃったからドンドン飲んでみた。すると昔の味がよみがえった。なんだぁニッカウヰスキーの味だゼ。
 これを飲み終えたら焼酎「そふと新光」に挑戦しよう。貧乏人はこんなものを飲んでいるんですよ。政治家の皆さん・・・・。


        古い酒我が家の歴史父と母
           苦みかみしめグイと飲みほせ



四日連続の小春日和
 なんて良い天気なんだ。うっとりする。しかし、朝は寒い。昨日はマイナス3℃を示していたし今朝は0℃だった。でも日中は15℃前後まで気温が上がり風もない。だからとてもポカポカと清々しい。
 職場の帰りに車の真っ正面にギンギンギラギラの一番星が輝いている。この一番星の金星が明るい明るい。ビーナスを4日連続で見ることができた。
 できればもう一日続いてもらいたい。明日、外でやる行事があるのでお願いだから晴れにしてくださいビーナス様。もう西の空に消えてしまっただろうけれど・・・。まぁ、夕焼けだったから大丈夫だとは思う。


 と、言うわけで本日はニッカウヰスキーで明日の天気祭りをしよう。

信頼が人を動かす


柿の木
 毎日通っている道路の両側には黄金色の柿がたわわに実っている木がたくさんある。その中の一本を車の中から撮影してみた。
 一本の木にどれだけの実がついているだろう。日本野鳥の会会員のボクでもかぞえるのは難しい。実は野鳥の会会員と言っても鳥のカウントをしたり種類を覚えるのではない。野鳥は大切だから保護するためのバックアップ会員なのだ。もっとも数えようとしても数えられないのだが・・・。
 さて、その柿の木だが誰も収穫する人はいないようだ。全部渋柿だから甘い柿にするためには焼酎で漬けたり、暖かいワラなどに入れる必要がある。あるいは皮をむいて干し柿にするかだ。
 その手間は半端じゃないだろう。だいたい先日ヒメリンゴのジャムを作るための皮むきだけで半日近くかかったくらいだ・・・・。だからと言って、ああやって野ざらしになって初冬の陽の中で落ちるのを待っているだけの柿は悲しいものがある。
 もっと時期が冬場に経過してグシャグシャになって雪の上に落ちている柿は冷たくてそれなりに甘いがイマイチだしなぁ。難しい問題だ。

      渋柿は誰も見向きをしないけど
          甘くとろけてビタミンC!


日本シリーズを考える最後です
 申し訳ない。なぜか読売ジャイアンツが負けたのでどうしても書きたくなる。何も西武が好きなわけではない。ボクのこの一年半は西武球団に振り回されたと言えなくもない。本来ならば恨み節でも良いのだが「野球」という観点から書く。
 日本シリーズ最終戦の次の日の朝刊は休刊日だった。駅売りやコンビニ売りの一部のスポーツ紙しか発行されなかった。もちろんボクが買えるはずもない。そのため、昨日から今日にかけて各紙が特集記事や評価を掲載している。まぁ、だいたいボクが考えたことに同じ内容の論調が多い。
 そこであらためて各紙の内容を簡単に自分なりにまとめておきたい。
 
 執念。西武は前年はリーグ五位からのスタートだった。レギュラーシーズンが終わってからすぐに日本シリーズで勝つために合宿をはり猛練習で鍛えたとのこと。そして、息詰まる接戦の場面でいかに1点を奪うかを全員で考え続けた。それが片岡の走塁につながり、最後の雌雄を決するサードゴロで突っ込み1点を奪う執念だったのだ。
 渡辺監督の気持ち。渡辺監督を支えていたのは「反骨心」だったと言う。苦境で折れそうな心を支えるのも反骨心。前年の低い成績や評価を覆そうと選手たちを奮い立たせた話や手腕が良かったと報じている。そして、選手たちが「みんな監督を男にするために練習をやってきた」と言わせる信頼を勝ち取っていたのだ。
 渡辺監督は自分を「ダメな監督」とよく言う珍しい監督だった。しかし、彼には揺るがない思いがあった。それは「選手の力を信じること」。そして言い続けたのは「失敗をおそれず、どんどん個性を、自分の色を出そう」だった。それが、あの「おかわり君の中村」を開花させた。
 彼の指導者としての基礎は日本野球から台湾の投手兼任コーチとして渡った時に養われたという。レベルの違いや言葉の壁などで、はじめは戸惑ってばかりだった。しかし、劣悪な環境でも真剣に野球に取り組む選手に熱い心が動いたと言う。
 渡辺監督は「身ぶり手ぶりも使って、ていねいに根気よく伝えることを学びました。自分の感性だけでものをいうんじゃなくて、相手の視線にたった教え方」の大切さを話している。
 他人に何かを教えるときは、どんな分野でも難しい。わかってもらえないもどかしさや苦悩もあったと思う。しかし、相手を信頼して、上からの目線でいわないことが若い選手たちを動かした。そして、選手たちは大活躍をしたのである。
 つまり、信頼関係だねぇ。これを言いたかったんだ。これで日本シリーズについての感想は終了。
 
 この渡辺監督の逸話には教育的示唆が山ほどある。自分としても参考にしたい。そんわけでとても良い日本シリーズだったと言うことですねぇ。


これにてブログ閉店。

駒ヶ岳を見ながら


気温がマイナスに
 今朝、家を出るときに車は霜で真っ白になっていた。フロントガラスは凍り付いている。そこでお湯をザバーッとかけて霜と言うより氷を融かして出発である。車の温度計で確認したらマイナス2℃だった。冷え込んだはずです。
 いよいよ冬が近くなってきた。もちろん早めに昨日スノータイヤは交換。まぁ、いつでも冬よ来いとなった。
 こんな日は通常、放射冷却と言うらしい。日中はとても良い天気だった。気温が結構あがり10℃を超えた。とても過ごしやすい日中だった。
 午後から校舎の四階に上がって東の方向を見たら初冬の陽を受けて山が輝いている。
「あれって、もしかして駒ヶ岳?」と聞いてみた。すると
「そうですよ」
 そうかぁ。と、思い望遠側に拡大してシャッターを一枚。確かに噴火口などが見えるような気がする。そして、何気なく写真の左側を見ると「烏帽子」の姿が見える。おそらく乳頭山だろうと推測している。たまたま写ったものである。ラッキーだ。写真を拡大してみてください。
 この駒ヶ岳や乳頭の麓でスキーをやったのはどれくらい前だろう。と、昔を思い出していた。
 先日は湘南の海岸で烏帽子岩を見、今日は角館で烏帽子岳(乳頭山)を見る幸運に恵まれたと言えよう。良い日だった。

      烏帽子とは妙に縁あり冬の日に
          想い出浮かぶ海にも山にも


「ホンジ(ホジ)」その2
 本日、本店の社長からメールが入った。久しぶりに社長節が炸裂している。少し、引用したい。
「JCヤマサの3階でもホジ売っていたそうですが?もう閉店してしまいました。あと売っている所が、角館の横丁の「イオヤ」だけになってしまいました。
今日「イオヤ」に買いに行ったら、もう売れ切れになっていました。昔は3つ有ったそうです。角館出身の人が買っていったそうです。その3人はホジがついて皆有名人になっているそうです。
今は作る人がいなくなって中々手に入らないそうですよ。
エコバックを作った先生ですので、今度はホジを作って俺に売って下さい。」とのことだ。
 ウーム、ボク自身がホジ無しなので作るのは難しいので難しい注文ではある。
 そのうち設計図でも書いて自分自身に「ホジ」をつけようにしたい。


日本シリーズについて
 考えてみると読売は超高給取りのイ・スン・ヨプ一人の年俸で西武の先発選手の給料が払っておつりがくると言われるチームとの対戦だった。その読売が勝てない原因は何だろう。
 それは簡単に言えばジャイアンツは選手を育てていないことに尽きるだろう。西武はドラフトで獲得した選手やFAで獲得した選手を大切に育てている。その選手たちが活躍していることはすごいことだ。
 そして、大久保打撃コーチが話していたことなのだが「練習、練習、練習」だったという。早朝7時からの打ち込みも毎日のように実施したという。
 これは中日にも言える。落合監督の練習は非常にハードであると聞いた。そして、阪神の元岡田監督が二軍で監督の時にも若手に徹底的に練習させたとのことだ。その選手たちが皆努力して今の阪神を支えている。
 と、言うことで今年のジャイアンツは結構若手のたたき上げ選手を使っていたとは思う。しかし、どうしても金満球団の感じが否めない。
 それが結局最後の粘りにつながらなかったのではないかなぁと思うのだが・・・。いかがでしょうかねぇ。


と、言うわけで本日のブログは終了します。
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