石川雅規投手のメンタル


水たまりに映る空

 夕方からはいつもの冷え込みに戻ってきた。
 帰り道、車載の温度計の指示はマイナス5℃。雪もひっきりなしに降ってくる。冬用ワイパーはひっきりなしに雪を払うのだが凍り付いてしまう。それだけの雪が降り始めた。明日の朝が少し恐いなぁ。

 朝方は小雨模様。職場の玄関前には雪の間に水たまりができている。そこに冬では珍しい空の風景が映り込んでいる。大寒の水たまり。

 夕方になったら北西に空に浮かぶ雲が遠くの西日を浴びて赤く染まった。目まぐるしいくらいに変化の激しい空模様だった。

  水の中写り込んでる曇り空ラヂオの音を吸い込んでいる?


ヤクルト石川投手(1)

 今朝のさきがけ新聞にヤクルト石川雅規投手の記事が掲載された。児童自立支援施設「千秋学園」を訪問して講演した内容である。

 石川投手は170センチ未満の小さな体でありながら毎年二桁勝利をあげる活躍をしている。彼の言葉にはスポーツをするためのメンタル面などの原点がある。記事の中から少し引用したい。

『(寝る前には)イメージトレーニングを欠かさないようにしている。自分はこれだけ続けてやってきた、という自信があればゲームでも硬くならない』
『試合前の準備について問われると、朝起きて食べる物や球場で聞く音楽、グラブ磨きやスパイクを履くタイミングまで、流れはすべて決まっているとし、「頭で理解するだけではなく、試合前に決まった行動をとることで体が自然とゲームに入っていける。同じ行動を続けることが大事」と、ここでも継続の必要性を強調した』

 地道な継続。そして勝つために同じ行動をとるルーティンを徹底していることが伝わってくる。だからこそヤクルトのエース格として10年近く活躍できるのだろう。これは我がバレーボール少女たちにも伝えたいなぁと思う。

 石川投手については次回も書いてみたい。


今日は一杯やってものすで短めのブログ。生存証明です。


土砂降りの大寒


暖冬論議はたして

 今、ブログを書いている途中でも外は雨が土砂降り。体育館が雨漏りするくらいだから今日は長い時間、強い雨である。

 今朝の気温はマイナス4℃前後。かなり過ごしやすい朝だ。これくらいの気温だと木の枝には霜の花か咲く。
 家を出るときにすでに東の空には太陽が出ている。その太陽が一片の雲に隠れている。ウーム。
 これは一枚撮影してみようとシャッターを・・・。

 さて、今日は水曜日。先週森田正光さんの「暖冬予想」がどうなるかのラジオ放送日。昨夜からの天気予報では西日本は春のような陽気になるだろうと報じている。
 朝の放送で森田さんは誇らしげに「言ったとおりでしょう」と。
 確かに日中職場の暖房にいつにもなく暖かかった。天窓を開ける教室もあるくらいだった。それだけ気温が上がったことになる。

 これからはたしてどうなるのかは良くわからない。しかし、天気予報士の森田さんは言う。
「一月中に一度暖かくなるとそのまま春になるだろうと思う一般の人が多い。だからこそ予報が外れてもいいから必ず寒さはぶり返す」と昔から天気予報の常道として言うようになっているとのこと。
 つまり、まだ一月。しかも今日は大寒。暖冬になろうとももう少し寒さは続くとのことだろう。
 ただ、北極の喚起が妙にショボいとも言っていたので暖冬の傾向は強いのだろう。まぁ、春になってみなければわかりませんけどね。

 さぁ、それてボクの乗った暖冬予想は当たったのかどうか。それは3月まで待つことにしよう。それでも外は雨。もっと気温が低ければ豪雪になっているはず。だから暖冬になってきているかもれしない。

  大寒の土砂降りの中駈け足で雪がいいねとつぶやきながら


カメラの調子が

 ボクのカメラにはオートフォーカスとマニュアルフォーカスがついてる。昨日、職場の行事を撮っているときに突然カメラのシャッターがおりなくなった。
 アリャリャこれはどうしたことだ。あわててカメラのあちこちにあるボタンを押したのだが治らない。とりあえずレンズについているマニュアルフォーカスボタンにしたら手動でピントが合いシャッターが落ちた。
 もしかしたらレンズに問題があるのかもしれない。そこでレンズを取り替えてみたらやはりダメ。つまり、本体で制御できなくなっているようだ。仕方がないので修理に出すことにする。だいたい保証期間が過ぎると故障するパターンだ。少し暗い気分になっている。

 それでも昔のカメラを考えたら全部マニュアルでヒント合わせをしていた。その方が自分の責任ある絵(と、言ってもろくな写真じゃないが・・・)になるかもしれない。デジカメは撮り直しがいくらでもできるからマニュアルのピント合わせでもいいのだ。と、一人納得。

 そうそう塩釜のお父さんはデジカメが嫌いで銀塩カメラだけを愛用している。当然、彼の写真の出来は違う。フィルムに撮し込むために写真にも気迫が乗り移る(写る)んだろうなぁ。と、いつも感心している。

 アレレ。カメラの故障から別な話になってしまった。まぁ、いいか。ついでに書いておこう。先日、仙台に行ったとき塩釜のお父さんに一番町にあるカメラのコセキに連れていってもらった。
 そこにはライカカメラの中古がいっぱい展示されていた。当然、銀塩カメラだ。値段の高さに目をむいた。それでも目の保養にとショーケースのガラス越しにヨダレを流してライカのカメラを見てきた。これは落語で言えば吉原の「ひやかし」だろうなぁと思いながら・・・。

 アルフィーの坂崎幸之助は言う。
「ギター一台とライカを一つもって旅に出たい」
彼ならかっこ良いだろうなぁ。ギターはギブソン。カメラはライカだからなぁ。ボクの場合はギターはヤイリ、カメラはオリンパス。サマになりませんね。

  心には今日までそして明日から歌って旅に桜散る前

これにて本日のブログ終了。

地道な積み重ねから


温かな冬空に

 昨日と比べると気温にして7~8℃ 上昇した。気温はマイナス1℃前後なのだが実に暖かい。体感の温度が違うからだろうなぁ。南極越冬隊などでマイナス10℃位の気温の時に半袖で外にいることがある。これなんかも常にマイナス20℃で過ごしているとマイナス10℃でも暖かく感じることからくるんだろうなと理解できる。

 職場の4階から遠くを眺めてみる。グラウンドに積もった雪の上を誰かが歩いた跡がある。そして、遠くにはうっすらと青空が広がっていた。


小林繁投手(続き)

 ちょっとしつこいかもしれない。でも、今朝(1月19日付)の朝日新聞天声人語欄に小林繁投手の追悼コラムが掲載された。一部分を引用させていただくことにする。

『(小林さんは巨人から阪神に出された)以後、江川卓さんは敵役、小林さんには悲運の影がついて回ることになる。▼実力の世界で、妙な虚像は迷惑だったかもしれない。小林さんは移籍の年に22勝をあげ、中でも巨人戦は8勝負けなし。シーズン終了後、文藝春秋誌に語っている。「ぼくを支えたものは、巨人には絶対優勝させないという意地でした」▼地力があっての話だが、逆境をバネにする生き方というものを教えてくれた。帽子を飛ばし、気迫、執念、反骨が現実の力に転じるさまは、それぞれに戦う多くの人を勇気づけたものだ▼七つの球種を際どいコースに放り込んだ。ストライクゾーンを48のマス目に分け、外側のマスを狙って投げたという。ボール一個分は無理でも、ミット半分のコントロールを自らに課していた』

 ここまで読んだだけでも負けず嫌い。絶対に負けないという気持ちが見える。地力は才能だけではなく地道な積み重ねから生まれてくることもわかる。「地に足が着いた」がどれほど大切なことか。

 天声人語は「小林氏をもっと見たかった。どんなマスを狙ったのか知らないが、運命の神様のノーコンぶりに涙が出る」と結んでいる。心から冥福を祈りたい。

 そして、今日の新聞を見るとミッキー安川と浅川マキの逝去も報じられている。まったくなんてこった。ミッキー安川のチャラチャラしたような硬派のような雰囲気がとても良かった。浅川マキも暗さがたまらなかった。ボクの好きだった人たちが去ってゆく。

  新聞を開くと今日も訃報ありまた取りだそう想い出CD


そんな年代だろうなぁ。と、あきらめるのはまだまだ早い。もっと楽しく生きなければなぁ。これにて本日のブログは閉店。

アンチGの一人言


寒い朝焼け

 今朝はサラリと積もった。しかし、太陽は顔を見せて東には朝焼けの空が拝めた。
 気温はマイナス4℃くらいか。車を走らせて角館に近づくと車載の温度計の目盛りがどんどん下がってくる。マイナス8℃まで下がったところで職場に到着。温度計の誤差を考えてもかなりの冷え込みだった。

 角館周辺が夏暑く冬寒いのは盆地状になっているからだと言われる。盆地は夏の暑さをよどませ、冬は寒さを増幅させるらしい。そんなところも京都に似ているとも言える所以かもしれない。

 写真は朝焼けの東空。雲の微妙な赤い色合いが出てるかなぁ。

  冷涼の空気爽やか冬の朝週の始まりさぁ出かけよう


野球人たちの逝去

 昨日、日本ハムの投手コーチ小林繁氏(享年57歳)、元パイレーツの桑田真澄氏の父上(享年67歳)そしてジャイアンツの王、柴田、堀内の三悪人と言われた名選手を育てた鬼寮長と呼ばれた武宮敏明氏(享年88歳)の逝去が伝えられた。
 三人とも読売ジャイアンツに深く関わりのあった人たちだ。

 ここからはジャイアンツファンの方は読まないでください。アンチ・ジャイアンツのたわごとですから・・・。

 小林繁氏のことについてボクの記憶をたどりながら少し書いておきたい。

 小林氏(ここからは有名人なので敬称略で)はジャイアンツのエースとして大活躍していた。ところが江川卓という怪物投手の出現で彼の人生は大きく曲がってゆく。江川は他人の人生を狂わすほどの怪物だ。

 江川の希望はジャイアンツ一筋。ジャイアンツにしか入らないと高校や大学のドラフトで指名した球団を拒否。政治家を動かしてまでジャイアンツに入りたいとわがまま言い放題だった。
 そして、起きたのが「空白の一日」と呼ばれるドラフト制度の隙間をついた事件。阪神に指名された江川とジャイアンツの小林との電撃トレード。

 当時、デタラメで有名だったボクもそれはないだろう。野球は巨人だと思っていた部分も少しはあったが「キタネー」とアンチになったのだ。いくら選手が欲しいからと言っても「何でもあり」ならどうしようもない。と、考えた。

 この頃に発売になった『アンチ巨人読本 嫌巨会編』を買って隅々まで読んだ記憶がある。表紙は江川の似顔絵がイラストであり顔の真ん中にガシャンとボールがぶつかっているものだった。我が家に遊びに来ていた子どもが、この本の表紙を見て「ギャハハハハハ」と笑いが止まらなかった。

 長嶋茂雄が現役引退するときに言った「巨人軍は永久に不滅です」を「巨人軍は永久に不潔です」とモジられたのもこの江川ー小林事件が大きな影響を与えている。
 「ジャイアンツさえ良ければ良いんだ」の流れは桑田の時にも起きた。早稲田に進学すると言っていた桑田をジャイアンツはドラフトで一位指名。それまで自分はジャイアンツに間違いなく入れると思っていた清原は見事にふられた。

 このように裏で自分さえよければどんなことでもするジャイアンツ体質とボクは考えている。日本の縮図だったのかもしれない。

 ボクのアンチジャイアンツの気持ちは膨れ上がった。その気持ちは今でも続いている。

 突然のトレードに出された小林は阪神でジャイアンツキラーとして大活躍。ボクは大喝采をしていた。サイドスローからキレの良いボールを鬼の形相で投げ込んでいる姿は実にカッコ良かった。その後、いろいろと苦労したようだがコーチとしての手腕を認められ始めた矢先の逝去だった。

 アンチジャイアンツの独り言でした。


これにて本日のブログは終了。フーッ少し手首が痛くなってきたかも・・・。

「桜 逢瀬」写真展


プロの素晴らしさ

 秋田は大雪傾向。しかし、仙台の一番町通りは道路のデコレーションの合間から青空が見え隠れしている。

 実は今日は仙台市にいた。1月15日付朝日新聞秋田版に次のような記事が掲載された。

『角館出身の小松さん 仙台で写真展 桜撮影「前線」追って  角館出身のカメラマン、小松ひとみさん(53)の写真展「桜 逢瀬」が14日仙台市青葉区一番町の富士フイルムフォトサロンで始まった』

 小松さんはボクが勤務している学校の出身とのことを聞いた。それでは1000円高速で一っ走り行ってみようか。と、物好き男は出かけた。

 仙台は寒くて風は強い。しかし、日当たりの良い場所はあたたかい。富士フイルムフォトサロンに着いて展示された40枚あまりの写真を見させてもらった。
 一番最初に展示されていた桜とダブルレインボーの写真にウームとうなった。ダブルレインボーが桜の木の上にかかっている。この瞬間を切り取ることのすごさを感じた。

 さらに作品「桜守の一夜」は桜の木の上空を星の軌跡が円を描いている。この作品を写した時のエピソードが新聞の記事にある。

『群馬に出かけた時のこと。地元の人しか知らないという名所を、桜好きの仲間から教えてもらい、高速道路を猛スピードで走っていた。「もっとゆっくり行きなさい」。ふと亡くなった母の声が聞こえたという。車線を変え、スピードを落としてから間もなく、小松さんを追い抜いていった車が事故を起こしているのを目撃した。現地に着いてからは偶然出会った人に、そこが星の名所であることを聞き、桜と星を組み合わせたこの作品が生まれた』

 良い写真に出会えて良かったなぁ。と、思いながら全作品を拝見してポストカード集「桜旅 桜を旅し、桜に帰るー」とポストカードカレンダー「自然からの贈り物」を購入してフォトサロンを後にした。

 まぁ一応、来訪者の名簿にも名前は書いてきた。しかし、以前職場でだったと思うが小松さんを遠くで拝見したことはある。でも、ボクにとっては初対面の人。本人とお話するのは恥ずかしがり屋のボクなので「ま、いいか」と会場から出た。

 しかし、せっかくだしなぁと思い直して再び会場に踵を返した。そして、勇気を出して自分の身分を明かして小松さんに話しかけてみた。

「どうも・・・」

 変なオヤジが来たなぁと思ったかもしれない。
 
 しかし、小松さんは快くボクが良いなぁと感じた作品の撮影秘話をお話しくださった。新聞に掲載されたエピソードの時には当時を思い出したらしく「鳥肌が出てきました」とも話された。

 写真で一瞬を切り取ることの難しさ。そして、その一瞬のための粘りと努力。そして多くの人たちとのつきあい。それは小松さんがバスケットボールで鍛えた精神力に裏付けされているんだろうとボクは考えた。そしてシャッターを押す時の一期一会とプロの素晴らしさを考えさせられた。
 勇気をもって会場に戻って良かったなぁ。どうも内気で無口で訥弁な男はいかんゼ。サクサクッと物事を進めることができない。ウーム。

 本日の空は仙台一番町から見上げた空とポストカードカレンダーから4枚選んだもの。

  妖しくも儚くもある桜追い一期一会のシャッターチャンス


さぁ、明日から勤務開始。これにて本日のブログは終了。


努力とは


雪の晴れ間に

 道行く人たちは
「エグ降るんすな」
「ンダンスナァー」
と、あきらめ顔で家の前の雪かきをしている。いや、雪かきなどと言う情緒的な作業ではない。完璧に除雪労働である。手や足腰に大きな負担がかかっている。
それでも誰もが自嘲気味に
「いい運動ですよ」
あきらめ顔で言わざるをえない。

 そんな雪も今日は小康状態になったようだ。朝、勤務先に向かう途中。西仙北町の土川地区を通る。普通の日だったら何気なく通り過ぎる道だ。
 ところが今朝は太陽が差し込み雪景色がとてもきれいだった。これはこれはと路肩に車を停めて一枚撮影してみた。

努力の歌が

 昨日(1月15日)の朝日新聞天声人語に東洋大学が募った第23回現代学生百人一首の入選作が紹介されていた。そうかぁと思い東洋大学のホームページを確認した。
 昨年、ボクのブログでも過去の入選作から高校野球に関する内容を高校生の感性は良いなぁと思いながら引用させていただいた。
 今年は高校野球を直接詠んだ歌はなかった。しかし、なるほどなぁと感じさせてくれる歌があった。

  夢を追うあなたの背中が美しい努力という字が見える気がする                   千葉 市川東高校 高橋由佳さん

 この歌を我らがバレーボール少女たちに部報で紹介した。
 みんなの努力は誰かが見ていてくれるはず。しかし、努力は他人に認めてもらうために見せるものではない。自分を納得させるものであるはずと書いて・・・・。さらに努力をしない人も他人はよく見てるんだよとも書いた。

  努力って必ず実る時がくるその日夢見て跳べ打て守れ


昨日滑って転んで大分県だったのだが、朝起きても何ともなかった。ウーム鉄人28号だと思っていた。ところが夕方になって腰や肩そして手首が微妙に痛んできた。別人28号になってしまった。少し遅れて筋肉痛などがやってくるのと同じかもしれない。ここにも寄る年波が・・・。

ところで昨夜一緒に飲んだ大好きな男との会話。
「転んだんですよ」とボク
「すんなり転んだから良かったんですねぇ」と彼
「????」
「踏ん張ると骨折の恐れが・・・」
彼は昨冬滑って転んだときに踏ん張り足首の骨折で痛い目にあった悪夢を思い出したらしい。フフフフ。

いろいろとお見舞いの言葉感謝感謝です。大丈夫です。

これにて本日のブログは終了。さぁ、一杯飲むぞ。

まだ寒さ厳しく


大失敗

 ズデーン。一瞬、何が起きたのか。ボクは車から降りようとして運転席から転がり落ちてしまった。

 今朝、6時前頃に村の除雪車が通り過ぎた。グレーダー系の道路の雪を削り取って道路の両側に置いてゆくタイプである。
 除雪車の通ったあとの道路はテカテカのツルツルになる。アレレ、これって何かに似ています。ボクの頭ですね。
 それはともかくとして本当によく滑る。

 昨夜降った家の周囲の雪を簡単に除雪。さぁ、出勤だ。と、車庫から車を引っ張り出した。荷物を積もうと家の前で車を降りることにした。

 不用意に車から降りた。長靴の滑り止めが効かない。そのために運転席から全身が道路の向こう側にズルーッと滑り落ちたのだ。堅い雪面に腰から落ちて右手をついてしまい手首が若干痛い。さらにボクの車は車高が若干高い。生意気に車の両側にはアルミのステップもある。そのステップに後頭部をガーンと打ち付けてしまった。

 幸いなことにニット帽をかぶっていた。それも今朝は本店の社長お薦めのMヅノ社のニット帽。毛糸の厚みが違う。だから助かったのかもしれない。

 これはショックである。こんな転び方や滑り方の経験がない。年相応に恐る恐る車から降りたらいい時期になったのか・・・・。

  雪国の育ちのはずが雪道で転んでしまい年齢を知る

 写真は久しぶりに太陽が長い時間顔を出してくれた。神岡町から中仙町方面を眺めた田圃からの空。


昨日のブログに暖冬になるのかもしれない。と、予想したのだが寒いですねぇ。はたして・・・・。本日、軽く一杯新年会。これにて早めにブログは終了。

油も凍る寒さ?


エッ暖冬傾向?

 午後からどんどん気温が下がってきた。朝方、マイナス5℃前後。積雪も増えてきている。
 写真は神宮寺駅前の信号から見た電柱と空。雪空の予感をさせる空の色である。

 先日、車の中でラジオを聴いていたら気象予報士の森田正光さんが
「今年は暖冬ですよ」
と話していた。エッと思い耳を傾けた。すると事情は次のようなことらしい。

 今は寒波が来ているので寒い。しかし、月別の平均気温を見ると平年よりも暖かい傾向がある。
 しかも、太平洋には「暖波(だんぱ)」が張り出しているとのこと。だいたいボクは「暖波」という言葉を初めて聞く。そんなのありかよ。と、思っていたら森田さんは
「寒波に対する暖波です。気象用語では常識です」
ウーム。ダンスパーティーの短縮用語?ダンパなら聞いたことがありますけどね。昔、ダンパに行ったことがある。でも、内気なボクは「踊ってください」と言えずに壁に張り付いていた。仕方がないのですぐに帰って安ウヰスキーをあおっていた。

 話がそれてしまった。森田さんによれば、その暖波が今週つまり今来ている寒波が通過すれば張り出してくるらしい。それが今週末になるとのこと。
 だから、この厳しい寒さも今週末には終わり暖冬傾向になると予想していた。どうにも信じられない。しかし、有名な気象予報士だからなぁ。

 これを聞いたときにボクも気象予報士の資格をとろうかなと一瞬考えた。だけど、難しいからやめます。

 さて来週、本当に暖冬傾向になるかですね。ラジオでは気象予報士の森田さんが豪語していた。来週の水曜日にラジオに出演の時に
「どうです暖かくなったでしょう!」
と言うかどうか。一聴?の価値はありそうだ。

 そこでボクは暖冬傾向の予想にのるか?。もう除雪も飽き飽きしてきたので、来週からはそんなに積雪のない暖冬傾向になる予想にのることにしよう。

  じんわりと除雪の疲れ重なってすがる思いの暖冬の声


油って凍りますか?

 練習が終わって帰り道。車の軽油がまもなく無くなる。いつものセルフスタンドで給油のために立ち寄った。給油の準備が整って給油口にノズルを入れて、さぁ給油しようとしてトリガーを握るとチョボチョボと入ったらストップ。これは変だなぁと再度トリガーを握りしめる。するとチョボッと入ったら止まる。何度もこの繰り返し。これじゃあダメじゃん。もしかしたらボクが壊したのかもしれない。あわてて店員さんを呼んだ。
 すると店員さんも戸惑った顔で何度もチョボッ、ストップを繰り返す。10リットルも入った頃にようやくスムーズに入り始めた。店員さんも安心したように
「これで大丈夫です」
と、ノズルをボクに渡してくれた。そこからはスムーズに給油できた。
わからないことは質問するにかぎる。

「どうして給油が止まったの?」
「凍ったと思います」
「エッ、油も凍るの?」
「いや、ノズルの先端に着いていた水滴が凍ったと思います」
「???」

気温を見るとマイナス8℃くらいだ。それにしても初めての経験だった。


帰ってから除雪。結構降りましたねぇ。これにて本日のブログは終了。


日常生活が勝利をよぶ


色気のない空

 なんて色気のない。なんて明るさの乏しい。そんな空色ばかり続いている。まったくボクのような陰湿な空である。

 今朝、職場に出る時に北の空を見ると一カ所だけ青空が出ている。
 オッこれは久しぶりの「色気」だ。あわてて車を停めてカメラを出した。カメラを取り出しレンズキャップを外しピントを合わせる。そんな動作を10秒やっていただろうか。ところが雲の動きは速い速い。青空の部分は鉛色の雲にドンドン覆われてゆく。青い部分がどんどん塗りつぶされる。

 なんてこった。これじゃあ久しぶりの「お色気」が出せないではありませんか。ドーンと青空ではなく空の一部にそこはかとなく出ている青空の雰囲気「ちょっとだけよ」をイメージしていたんだが・・・。
 つまり、ボクには色気なんて言葉は似合わないことがわかったのである。そんな今朝の空である。

   天気図は西高東低風強く黒雲流れ心ざわめく


サッカー青森山田(昨日の続き)

 昨日の続きを少々。青森山田高校サッカー部が全国大会に出場するようになったのは現監督の黒田さんが十数年前に就任してからと言う。

 昨日の日刊スポーツ紙に次のような記事がある。

『(黒田さんは)94年から青森山田に携わるが、当初は「裏話でも言えないほど素行が悪かった」という同校を改革した。寮長として24時間、選手と向き合い、私生活から改善した。「規律の厳しさで負けなければ自信になる」と信じた』

 この前、読んだバスケットボールの仙台高校「ふつうの子が全国一になった」でも学校生活など日常生活で「日本一」になることは運動能力とは別にできる。と、つながると気づかせてくれる。

 確かにこれらの記事のすべてを鵜呑みにはできない。しかし、監督が「明確なビジョンをもって」子どもたちと接してきたかは明確に知ることができる。

 普通の子たちにもできることがある。それは「心」の持ち方。それを指導できるかどうか。そこが問題であるし大切なんだろうなぁ。


さぁ、明日から3学期が始まる。がんばろう。これにて本日のブログは終了。

地道なトレーニング


灰色の空

 終日、家の中にいた。と、言っても空の写真を1枚写すために5歩ほど外に出たのだが・・・。

 バレーの大会も終わったので久しぶりに休暇をいただくことにした。
 休暇をもらってもやることは何もない。ボーッとするだけ。正直に言えばやりたいことは山ほどある。しかし、手をつけるには少しまとまった時間が必要だ。こんなことを書いているようでは「やる気がない」ってこととイコールですね。

 外はあくまでも灰色の空。雪は湿って重い。木々は着雪でほんの少し薄化粧である。


全国高校サッカー

 昨日、国立競技場で決勝が行われた。青森山田と山梨学院附属の試合だ。前半途中からテレビで見ていた。

 山梨学院の走りが違うなぁと感じる試合だった。とにかく山梨学院のボールを追いかけるスピードと粘りに感心した。今朝の朝日新聞に「ペースなんか考えなかった」と見出しにあるくらいだから、走りへの意気込みが画面から伝わってきた。
 スポーツは「足」だなぁとあらためて大切さを教えられる。当然、山梨学院も青森山田も選手のリクルートはやっているはずだ。才能豊かな選手が集まっているだろう。その選手たちが必死になって練習を積んできた結果がこの決勝戦だった。その必死さが胸を打った。

 この試合や試合後のコメントなどから魁新報に掲載された桜庭和志の言葉を思い出した。秋商出身で総合格闘技の桜庭和志が一冊の本『独創力』を出したと魁新報の書評欄に掲載された。その書評に興味深い桜庭和志の言葉があった。

 桜庭は秋商の厳しいトレーニングに手を抜かなかった。そのために高校3年生になるとレギュラーとして活躍。桜庭は言う。
『センスはあるがトレーニングを続けるのが苦手な人より、センスがあまりなくてもトレーニングを地道に続ける人の方が確実に強くなる』

 ここ大切なんだよなぁ。

 で、ここから秘密なんだけど・・・。ボクは桜庭和志という名前は聞いたことがあるのだがテレビでも見たことがない。つまり総合格闘技を見たことがないのです。

 山梨学院の監督さんの年齢が67歳。やるもんだなぁと思う。そう言えばバスケットのウインターカップで優勝した宮城明成の監督さんも60歳を過ぎている。と、言うことはボクもまだまだ年老いては「いかん」ってことなんですね。

 なんだか、いつものように話が散らかってしまった
┐( -""-)┌ ヤレヤレ


今日の大きなニュースでJAL日本航空再建のことが出ている。断末魔の状態だなぁと思う。少し前に山崎豊子原作の「沈まぬ太陽」の映画を観た。これはJALの内実を描いていると言われている。正直言ってテレビCMであれだけ宣伝していた「すごい映画」ではない。と、ボクは思う。
 だけど会社内の権力争い政治家との癒着などの醜さが映画で出てくる。フィクションだろう。でも、もしもJALにこんなことが欠片でもあったら今の状態はあり得るだろうなぁ。

  JALマークけさがけされて赤い血を流し続けてどこへ飛んでく


これにて本日のブログは終了。明日から勤務。さぁ、がんばろう。


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