黄砂の誕生日


黄砂現象

 甲子園でセンバツが始まった。開会式を見ていたら、アナウンサーが「黄砂の影響で日差しも弱く少し肌寒い状態です」と話している。そうかぁ高校球児も黄砂の中を歩いているんだ。片手を上げるハイル・ヒットラー型ではない北照高校主将の選手宣誓は良かったと思う。

 開会式をテレビ観戦?後に、塩竃から電車で仙台に行こうと一歩外に出たら北向きの強風とともに周りがボーッとかすんでいる。これは甲子園でも起きている黄砂現象だ。全国的な現象になっている。風速25メートル前後の風が吹き荒れている。東北本線も運休が相次いだ。ウーム。これはどうしようもない。身動きがとれない。写真は黄砂現象のつもり。少し向こうの方がかすんでいる。

 電車は動かない。仕方がないので車を引っ張り出して仙台に向かうことにした。昼頃になったら黄砂は収まった。強風は吹き荒れ続ける。

 帰りの秋田道は猛吹雪。もしかしたら視界不良で高速道路は封鎖されるのではないのかと少し心配になった。しかし、何とか乗り切って自宅にたどり着いた。
 彼岸の頃の天候は侮れない。と、強く思った。


77777

 今回の塩竃・仙台行はいつもの車ではないブルーの車で出かけた。すると何と言うことでしょう。車の走行距離メーターの指示が「77777」を示したのです。

 数字には何の意味もありません。しかし、揃うと何となく嬉しくなる。そう言えば、かなり前の話を思い出した。日本銀行の職員が一万円札の左上と右下にあるナンバーが「GP111111P」とか「QD777777C」などのように「ぞろ目」になったものを抜き出して自分の持っているお札と入れ替えた事件?があった。数字が揃うのはそれだけ人を狂わせる「何か」があるのかもしれない例だろう。
 立川志の輔が落語の枕でこの事件を取り上げて「いいじゃありませんか」と皮肉たっぷりに話していた。
 そんな例のようにボクも数字の揃ったことに喜んで写真を1枚撮影。


仙台駅には素敵な店がある。「ザ・スタディールーム」と呼ばれるブースである。今日はたっぷり時間があったのでキョロキョロと店の中を見て歩いた。と、言っても十畳ほどのスペースなのだが・・・。楽しい1時間半だった。詳しいことは後日書くことにしよう。

スターバックスコーヒーにも初めて入った。このコーヒー店は全国あちこちにあるようだがボクは恥ずかしがりだからこのような店にはオドオドして入れない。
 今日は勇気を出して入ってみた。コーヒーとサンドイッチを注文。サンドイッチをほおばりコーヒーをすすりながら、ふとカウンターを見ると一冊の本が置かれている。『人魚猛獣説 スターバックスと私 穂村弘著』である。

早速カウンターの店員さんに勇気を振り絞って

「これ欲しいんですけど売ってくれますか」
「ハイ。でも在庫はなくて展示しているのだけですが・・・」
「それでも良いですから売ってください」
「良いですよ」

改めて手に取ってみると「スターバックス限定版 オリジナルタンブラー台紙付」なのだ。これだけでも買い得ですね。この中に穂村さんのファンが書いた歌がある。

  「本日のコーヒーください」って言う勇気が無くてまたショート・ラテ
                       辻井竜一(埼玉)

辻井さんの気持ちはものすごくよくわかる。本当は「あっちのコーヒー」を味わいたかったのに店員さんを見た途端「いつものヤツ」になってしまう気持ちの弱さに納得なのだ。ボクがそんな人間だからよく理解できる。
まぁ次からはスターバックスコーヒーにドキドキせずに入れるかもしれない。

  本当はサンドイッチじゃなかったよケーキを食べるつもりだったのに


そうそう今日はボクの誕生日でした。大ジョッキ一杯、中ジョッキ一杯、350缶を3本やっつけました。
と、言うわけで本日のブログはこれにて終了。

送別会に感謝


マッターホルン?

 昨夜は飲んだ。仲間の開催してくれたボクの送別会だった。この3月で1年半勤務した角館南高校を去ることになる。
 とても楽しい時間だった。教師をやれることのありがたさを感じる日々でもあった。と、言うわけでビールを飲み、久しぶりに日本酒を飲み・・・。

 ところで日本酒は「もっきり」。マスに入れたコップに一升瓶からなみなみと刈穂を注ぎ込む。そしてあふれ出した酒はマスに貯まってゆく。マスの縁に酒が表面張力で丸くなるところでストップ。よく落語にあるように
「オーッととと。口から迎えにゆかなくては」
などと言いながらコップに口を近づけてズズッと一口。これが旨い。

 ありがたい送別会だった。今日は二日酔い気味。昼過ぎまでグダグタしていたがようやく復活。

 外は曇り。撮影すべき空は灰色一色。家の周りを見ると屋根から落ちて積もった雪が融け始めている。上の写真が全景。その絵の左側にある雪のスロープを上った頂上が下の写真。何となくマッターホルン?の感じがする。しませんか・・・???。こうやって雪の山はどんどん汚れが目立ち、雪融けも進み少しずつ小さくなって春になる。

  年寄りを送ってくれる若者の気持ちに感謝春はすぐそこ


彼岸です。ブログを早めにアップしてこれから宮城にお墓参りに行きます。


まもなく四万ヒット?


零下5℃の樹氷

 放射冷却の影響でキーンと冷え込んだ。
と、言っても5℃前後だけど・・・。それでも小枝には樹氷がついた。
 家を出る時にフロントガラスは凍り付いていた。エンジンをかけて凍り付いた窓の氷が融けるまで、小枝の樹氷を撮影。青空まぶしい。

 昨日、書いた三日月の中にある影のように見える月は『地球照』と呼ばれるそうだ。地球に反射した光で月の暗い部分がうっすらと光って見える現象だとわかった。なるほどなぁ。
 しかも、この現象は三日月の頃によく現れるらしい。つまり、有翔ちゃんはとても良いタイミングで「不思議だなぁ」と疑問に思ったのである。その気持ちはとても大切だ。


まもなく40000ヒット

 ブログのカウンターを見るともう少しで40000回ヒットになりそうだ。
 四万という数字は地球一周の距離である。つまり四万劼地球一周。
 そんな意味から言えばボクのブログのカウンターは地球一周して元に戻ったとも言える。

 ブログがスタートした時にはどうなるかと思っていた。労働審判の経緯などを書こうと思って始めたのだが諸事情で最近は身辺雑記になってしまった。それでもボケ防止には役立っているのかもしれない。


本日は送別会。飲みます。しかし、飲むには今日予定していた歯の治療をやってはダメだと思った。そこで歯科医院に連絡した。

「今日は飲みがありますので治療は・・・」

と、受付の彼女に電話。
「少々、お待ちください」
電話には待ち受けの音楽が鳴っている。
「お待たせしました。23日においで下さればいいとのことです」

受付の方はかなり前に某高校の教え子だった。彼女の配慮に感謝しなければ。
と、言うわけでバンバン飲もうかな・・・。それでは本日のブログは生存証明のみで終了です。


大雪の彼岸の入り


大雪

 今朝、起きると外から悲鳴が聞こえる。
「アヤー、降ったごど」
どれどれと一歩玄関を出てみたら20儷瓩の積雪に驚いてしまった。そりゃあ南外の中でも豪雪地域だから一晩にこの程度の雪には驚かないのではある。しかし、今の時期になると、少しひいてしまうほどの雪の量なのだ。
職場に行ってから、南外でボクの家から少し遠く離れた子とボクの会話。

「オーイ、そっちの家の方は雪どれくらいだった」
「ハーイ、あまり降って驚きました!」
「ンダベ。それでオメのスカート短くなったんだべ」
「エッ??」
「あまり雪が深くてスカートが引っかからないように短く折ってきたんだべ」
「ンダ」

それだけ深い積雪だったのだ。ってが・・・。


彼岸の入り

 出勤前に墓参り。ところが我が家のお墓は雪の中。とりあえずシャベルでお供えの場所を掘り出してお参りした。
 今年は豪雪であることの証明だ。

   墓参り暑さ寒さも彼岸まで語りかけてる父と弟


三日月

 夜、有翔ちゃんから電話。
「もしもし、ブーさん」
「ハイ」
「今日の月、見た?」
「見たよ」
「あの三日月変じゃなかった?」
「どんなふうに」
「三日月の上に黒っぽい月がみえるんだけど。どうして?」
「ウーム」

 と、言うわけで電話で解説。顔の正面に光が当たると満月。横から当たると半分しか見えなくなるんだけど、もう半分は消えたんじゃなくて影になってるんだよ。それが地球からの光の反射などの関係で見えてるんだ。で、三日月は・・・・
 いろいろと話した。しかし、わからなかっただろうなぁ。今度、22日に会うことになっている。その時に図を書いて月の満ち欠けを説明しよう。不思議だなぁと思う気持ちは良いぞ。小学四年生の女の子に電話で説明するって難しいなぁ。

 昔、今もやっているけれど「こども電話相談室」というラジオ番組があった。
  ♪ダイヤルダイヤルダイヤルダイヤル
   まわしてパカスカパカスカ当てチャオ
   もしもしどひゃどひゃ 何でも聞いちゃお
   電話相談室

 大好きな番組だった。無着成恭さんの物真似をよくやった。子どもたちの質問を聞きながら、自分ならば、こう答えるとよく考えたものだ。
 でも、ラジオで回答者が答える内容を聞きながら、これって子どもは絶対に理解してないよなと考えていた。
 しかし、今宵のように実際に電話相談を受けてみると難しいことがよくわかる。有翔ちゃん22日はわかるように話すからね。ついでにガムテープバッグの基本的な作り方もやってみよう。
 良い勉強になった。
 写真は夕方まだ空の明るいうちに撮影したので三日月の上にある影の部分は写っていない。夕方、とても良い月だったので撮影していた。


本日にて平成21年度の授業は終了。やりがいがあった。明日は終業式。角館の街から去る日は少しずつ近づいてくる。これにて本日のブログは終了。

 

勇気と反骨心を考えた


寒さ逆戻り

 粉雪が横に流れている。真冬である。
 それでも春に近づいているために地面の熱によって積もった雪はどんどん消えてゆく。今朝は角館地区の方が積雪が多かった。わがふるさと南外は角館よりも雪の量が少ない。この時期は積雪に地域差がある。

 そう言えば数年前の4月末のことを思い出す。角館はゴールデンウィークに入って桜祭り一色。
 この時期は秋田県の高校野球の各地区リーグ戦が開かれる。4月末の休日は緑の日だったと思う。この日のリーグ戦会場は角館落合球場だった。3試合予定されていた。
 ところが朝からベタ雪が積もった。10センチほど積もった。球場全体が雪に覆われてしまった。大会運営委員だったボクはあまりの雪の多さにあきれてしまいリーグ戦を中止する判断をせざるを得なかった。
 大会を中止してから懐かしい人から電話が入った。30年以上前に会津に嫁いだ教え子からだった。嫁いだ地元の観光旅行で角館を訪れたとのこと。何十年ぶりかで再会した。
 彼女は桜の花に乗っている雪を見てあきれると言うよりも感動していたことを思い出す。

 3月から4月にかけての積雪はこのように油断ならない。そんなことを思いながら季節はずれ気味の雪を撮影してみた。


大会スローガン

 少し時期遅れですが・・・。職場の休憩所に秋田県高体連の発行した冊子があった。これは6月に実施された秋田県総合体育大会の全種目の日程を掲載したものだ。

 職場の仲間がその冊子の中を見ながら平成23年度全国高校総体秋田県・青森県・岩手県開催の愛称決定のページを見ていた。大会スローガンの入選者の名前を読み上げた。その時ににオヤッと思った。

「秋田M高校のS.Yと秋田北の・・・」

 秋田M高のS.Yさんと言えば同姓同名を知っているなぁ。3年生だったから卒業して進路も決まっただろうなぁと思った。しかし、同姓同名かもしれない。
 気になって、そこのページを見せてもらった。名前には見覚えがある。でも間違っているかもしれない自信がない。そこで高校野球の夏のパンフレットを引っ張りだして部員名簿を確認したら同じ文字だ。おそらくあのS.Yさんに間違いないだろうなぁ。

 前向きに一生懸命な子だったから大会スローガンの募集にも応募してたんだろう。もし、そうだったとすれば不思議な出会いだった。

 それにしてもボクは野球からどんどん遠い所に来ているなぁとあらためて感じたのでもある。



昨夜、妙に眠れずにいた。枕元にある「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」を手にとった。辺見じゅん著の第二次大戦後にシベリアに抑留された山本幡男さんのドキュメンタリー。読むことを途中で止めれず結局読み切った。午前1時を過ぎていた。

山本さんは10年以上シベリアの収容所に入れられ帰国できずに亡くなった。彼は収容所で句会を催し迫害にも負けなかった。そんな彼を慕う人たちが山本さんの遺書を暗記して家族に届けたのである。収容所から帰国する人々はソ連兵に紙に書いた物すべて没収されたという。証拠隠滅だろう。そのために暗記したのだ。そして、その暗記した遺書は山本さんの家族に届いた。
家族に当てた遺書の一部を引用したい。

『君達はどんなに辛い日があろうとも、人類の文化創造に参加し、人類の幸福を増進するという進歩的な思想を忘れてはならぬ。偏頗(へんぱ)で矯激(きょうげき)な思想に迷ってはならぬ。どこまでも真面目な、人道に基く自由、幸福、正義の道を進んで呉れ』

人が生きるとは何かを知らされた。涙がとまらなかった。

   極寒の収容所にてつらぬいた家族を思う折れぬ勇気を

と、言うわけで本日のブログはこれにて。


お薬手帳


雨があがって

 朝から雨降り。今日は休暇をもらった。終日家の中にいることにしたのだが、どうにもケツがムズムズして落ち着かない。気になっていた雑誌の内容を読み終わってから外に出ることにした。
 雨もあがっている。いつもと違う方向に向かった。要するにいつもだったら左折するところを右折して車を走らせた。ちょっと違う風景が見える。
 大森町に入ると田圃の中ではオオハクチョウが北帰行の準備をしている。田圃の泥に首を突っ込んでいるヤツらはクビの周りが黒くなっている。栄養をつけて帰ってくれ。

 夕方、大森にある温泉施設に立ち寄った。少ししょっぱい温泉(南外よりは塩っからくはないが)ですべすべする泉質である。地域のお年寄りだろう、ひっきりなしに風呂場に入ってくる。まてまてボクもお年寄りだった。自分だけ若い振りをしても無理なこと。ウーム。
 湯船から雄物川が見える。雨を集めて泥水がどんどん流れている。ちょっとした入り江を見ていたら二羽の白い水鳥と茶色ッぽい水鳥が泳いでいる。ジーッと目をこらしてみるとパンダガモとも呼ばれているミコアイサの雌雄だった。彼らも間もなく北に帰るのだろう。
 外に出たら太陽は雲の間に隠れているが金色に空を染めていた。

  鳥たちは春の気配を敏感に感じ取ってるまもなく北へ


お薬手帳

 昨日、歯茎が腫れて歯医者に行った。歯医者に今まで生きてきて4回ほど行った。いつ行ったのかすべて思い出すことが出来る。以前書いたことがあるかもしれないが診断歴をメモってみよう。

 1回目。右の親知らずが虫歯になり抜いてもらった時。跡形もなく抜けている。これでまったく問題がない。

 2回目。親知らず事件から約30年後。
 オレは歯が丈夫だと自慢げに飲み屋でスルメをバリバリ食っていた。左の奥歯で噛みしめた時にピリッと痛みが走った。酔いが覚めた時にはすっかり忘れていた。ところが少しかたい物を噛むと突き刺すような痛みが襲う。これはヤバイ。と、歯医者さんへ。レントゲンを撮ったら
「歯の骨折」
との診断。つまり糸よりも細い割れ目が奥歯に入ったとのことだ。
ボクはそれじゃあ役に立たないと思いドクターに
「抜いてください」と懇願。
するとドクターは
「その歯は丈夫な歯です。たまたま歯が割れただけですので歯を残して治療を考えてみましょう」
結局、歯の周りを削って細くしてその上に金属をかぶせる方法をとった。
 これが快適。元に戻ったのです。

 しかし、寄る年波には勝てません。かぶせた金属がカツカレーを食べている時に外れてしまった。あわててドクターにかけ込んだ。
「飲み込まなくて良かったですね」
再度チェックして接着し直した。これが歯科医院に行ったのが3回目。

 その時から3年目が昨日の4回目である。レントゲン撮影してもらう。これが痛いのなんの。妙な器具が口の中でひっかかっている。痛いんです。吐き気がしてくる。それでも何とか我慢をして撮影終了。

 診断はかぶせた歯の奥の奥が化膿している可能性がある。良いギャグでしょう。まずは抗生物質とうがいで数日様子を見てみましょう。とのことで診断終了。

 そして薬の処方箋をもらい薬局へ。薬局では
「お薬手帳をお持ちですか」
と聞く。
「薬嫌いですから薬は飲みませんし、手帳も持っていません」
「それじゃあ当店でお作りしましょうか」
どうしよう。これから坂道を転げるように病気になるかもしれない。そうなったらお薬手帳は必要になるかもしれない。
「ぜひ、作ってください」
それが写真の手帳である。常に持ち歩くことにしよう。


そんなわけで今日は普段行くことのない近場に行ってみた。しっかり、うがいして寝ることにしよう。本日のブログはこれにて終了。


 

『自然誌調査 おぼえがき』


天神森の空

 歯茎が腫れた。歯医者に行くために久しぶりに天神森が一望に見える場所を走った。天神森は南外西小学校の裏手にある小高い山だ。標高にして70~80メートルぐらいだと思う。
 今では山の全体に木々が生えているが、以前は丸坊主の山だった。だから子どもたちの手頃なスキー場になっていた。場所によって傾斜の難易度があり冬になれば子どもたちの笑い声が絶えなかった。
 もちろんボクもその山で遊んでスキーを覚えていった。
 空は薄曇りである。近くにキジバトが飛んできて「テデッポッポー」と鳴いた。


「私論 自然誌調査 おぼえがき」

 大学時代の恩師である吉田稔先生から冊子が届いた。タイトルは「私論 自然史調査 おぼえがき」である。
 2009年9月28日のブログで大学時代に角館の調査に来たことを書いた。しかし、ぼんくらのボクは何の調査だったかを記憶にとどめていなかった。

 ブログに気づかれた吉田先生から一通のお手紙が届いた。
「その時の調査についてはいずれ小冊子に書いて発行する」との内容と調査の目的を書いて下さっていた。うれしかった。そうかぁ。そうだったのかと今頃になって気づいた。

 さて、「自然誌調査」をすぐに手にとって読ませていただいた。
 大学4年の時に角館に宿泊して調査した内容があった。それは「強酸性の玉川温泉による環境問題 今昔」の項目にあった。
 玉川温泉の強酸性の影響や、中和の状況を土壌学の分野から調査した内容だった。その中に次の内容がある。引用させていただきます。

『我々土壌学研究室が玉川水系の調査に入ったのは1967年(第二田沢・開田地土壌調査)、1975年~(玉川用水関係の水田調査・玉川水系の水質調査)であった。この年代は、第1図に見られるように、田沢湖~神代ダムはpH4~5台であって、酸性物質は重合アルミニウムイオンが主体である。従ってケイ酸と結合して水に淡い白濁を与えているpH範囲である』

 つまり、1967年の調査の時に角館に来て神代方面の田圃の土を調べていたのだ。そうだったのかぁ。一つ大きな疑問が解決した。

 そして、抱き返り渓谷の川水のあの幽玄とも言うべき色はpHが影響を与えていたこともわかった。

 吉田先生はいろいろなことに興味を持ち、不思議なことについて深く考え、現場に行ける時にはその場所に行って不思議さを調べて考察する。そのことがこの冊子に述べられている。この態度をぜひとも見習いたい。

 吉田先生はこの本に付けてくださったあいさつ文の中に次のように書いておられる。

『諸君もこの種の調査を少しずつでも試みれば、人生の何かのプラスになるだろうと思います。諸君の健闘を祈る』

 足元にも及ばないがそうありたい。何事にも興味を持って生きたいと思う。
 秋田弁で言ったら「腐れたまぐら」とも言われるボクではあるが、もっともっと色々なことに好奇心を持ちたい。

9月28日のブログにも書いたが伊藤信義さんの「歌集 潟のほとり」の歌を思い出す。

   自然誌の調査に寄せる師の思い八十路を越えて益々熱し

 吉田先生は今年米寿になられる。この冊子とともに3月28日に出版祝賀会の案内も届いた。その日は盛岡へ絶対に行きます。
 貴重な一冊本当に感謝感激です。


自分も一首と思ったがどうにもうまくゆきません。
   おぼえがき豊かに流る師の想い熱き心は胸にしみゆく
そんなわけで本日のブログは終了。



春を探して


風は冷たくても

 昨夜は遅くまで飲みまくった。とても楽しかったからである。角館という街に別れを告げる時も近づいてきている。だから角館の街が妙に愛おしく飲むビールも美味かった。

 今朝、外を吹く強い風の音で目が覚めたのは午前10時過ぎ。まだ酔っ払っているのかもしれない。ボーッとした頭で起きた。水をコップ一杯ゴクゴクと飲みほして一息つく。あらためて感じる。酒は酔い覚めの水を飲むために飲むんだゼ。と、言う言葉を・・・。

 これでは一日中二日酔いの頭を抱えていなければいけない。それじゃあダメじゃん。そこで家の周りを散歩することにした。晴れているが気温は4~5℃前後だろう。風が吹いているので体感温度はけっこうきついものがある。
道ですれ違った近所のおばさんが語りかける。

「さびんすな(寒いですね)」
と、おばさん
「んだすな」
ボクは一言。すると
「天気エーども風サビモナ(風が冷たいものねー)」
「ンだすな」

 自分のアンテナを下から眺めて空を撮った。14&21MHzの5エレメントアンテナが健在である。実際に電波を出すのはいつになることか。
 そして、杉林の中をのぞくと春の日差しが入り込んでいる。雪の表面が黒くなっている。どんどん雪解けが進むだろう。

 午後からは少し遠出をすることに。と、言っても大曲市付近からいつもと違う大森方向に向かった。そして仙北平野の向こうには奥羽山脈が広がっている。その山並みの左端に駒ヶ岳が見えることに気づいた。写真を1枚撮った。遠景であるために写りが小さい。それでも左端に駒ヶ岳が映り込んでいる。当たり前のことだが、いつも職場から見ている駒ヶ岳とは一味違う山容である。いいなぁ。

 そんな春を見ていた二日酔いの一日だった。

   青空に溶け込んでいる山並みに春はすぐそこ奥羽山脈



夕方午後5時過ぎ。ガタガタと外の戸が揺れる音がする。アレッ来客。すると横揺れがきた。ムムッ地震。
震度3ほどと予想してすぐにテレビにスイッチオン。宮城県と福島県の沖合が震源地のようだ。少しずつ情報がテレビ画面に出される。ボクの住む地域はやはり震度3ほどだった。先日、通った常磐道も通行止めになったらしい。大地は動いている。
と、言うわけで本日のブログは終了。


旅立ちの日になれ


雨の朝

 PPMの歌に「朝の雨」というのがある。「Early Morning Rain」なんだけど歌詞の最初だけを勝手に訳すと
「朝早い時間に雨が降っている
 手の中には1ドルしかない」
それからはどうなるかわからないが、だけど元気をだしてゆくんだぜ。と、なるんだろうなぁと思っていた。
 PPMのマリーさんは昨年亡くなった。惜しい人を亡くした。

 そんな朝の雨。車のフロントウインドウに雨が打ち付けている。今朝は少し早めに出たのでまだ少し暗い状態である。もっとも絞りを絞りすぎたこともるんですけどね。
 昨夜から大風が吹いた。通勤道路には大きなゴミのポリバケツやどこかの屋根が飛ばされてきたトタン板が散乱していた。それだけ強いあめだったんだろう。


センバツ秋商は北照と対戦

 今日の抽選会で1回線最終日に決まったと報じられている。全体のトーナメント表はコピーするのが無理なので秋商付近だけをコピー。すでに皆が知っていることだからあらためてコピーする意味もないのだが、備忘録として書いておこう。
 北国どうしの対戦。ある意味楽しみでもある。


高校入試合格発表

 本日は秋田県公立高校の合格者の発表だった。我が職場でも合格発表があり合格の番号を確認して大喜びしている光景が出現した。
 これまでの義務教育から新しい世界へ飛び出してゆく。素晴らしい高校生活であってくれることを祈りたい。

   新たなるたびだちの日に拍手する少女の未来幸あれかしと



と、言うわけで本日は休日出勤日だった。これから軽く「飲み」が入ります。と、言うわけで早めのブログアップでスタートします。
写真の花は最近あまり色気がないので廊下に飾っていた花を彩りに1枚添付。春は黄色の花である。と、断言しておこう。
これにて本日のブログは終了。


素直・感謝・謙虚が大切


朝日のあたる家

「There is a house in New Orleans
 They call the Rising Sun」
 アニマルズの「朝日のあたる家」の歌詞を思い出しながら朝日を眺めていた。予報では晴れ。気温も10℃近くまで上昇するらしい。先日の大荒れ天候から一転春らしい陽気になるかもしれない。
 そんな予感を持たせてくれる朝だった。杉の木の間から太陽が輝きを久しぶりに1枚撮影。

懐かしき思い出の曲アニマルズ朝日のあたる家の貧しさ


大切なことは何か

 昨日の続きを少々。
 野村克也氏が監督を歴任したのは次の5チーム。南海(選手兼監督)、ヤクルト、阪神、社会人野球のシダックスそして楽天である。
 この中で彼の力が発揮できたのはヤクルト、シダックス、楽天といえるかもしれない。南海も阪神も「伝統」という見えない「何か」に押しつぶされたような気がする。

 実際、先日のテレビでも野村さんは「阪神は自分に合わなかったかもしれない」と述懐している。同じBクラスのチームであっても素直に教えを聞くチームと聞かないチームになるってことだろう。
 それについては非常によく理解できる。阪神以外のチームは野村さんの持っている緻密な野球を吸収しようとする気持ちがあったと言う。
 野村さんはデータを重視はする。しかし、「情」の部分でも選手を扱う。そのことは「野村再生工場」と呼ばれるお払い箱になった選手たちの活躍ぶりを見ているとよくわかる。

 彼は番組の中でおもしろいことを言っていた。
 阪神では野村ノートと呼ばれるミーティングノートをプリントして読んでおくようにと配ったということだ。しかし、残念ながらチームのメンバーは読まなかったようだ。

彼は言う。
「やはり白板でも黒板でも大切なことを書いて、それを書き写させてたたき込む。そうしなかったことは反省材料だ」

 なるほどなぁ。教育現場にも通じる話だと思った。副教材とかいろいろな資料を湯水のごとく与えても読んだり書いたりしなければただの紙ッ切れに過ぎないことが多い。

 さて、そこで野村さんの考え方が浸透して伸びてゆくチームと浸透しないチームの違いは何か。それをボクなりに考えてみると次のようになりそうだ。
 ま、簡単に言えば選手たちの中に「謙虚」「素直」「感謝」の気持ちがあるか無いかだろう。アレッそうなればなんてこった。全力チームのモットーにつながってしまうではありませんか。しかし、これらのことの徹底は選手にとっていかに大切であるか。チームを運営するためにどれだけ必要であるかは想像に難くない。
 ヤクルトや楽天の躍進にそれは如実に現れているとボクは考えたい。



秋田商業が甲子園に出発した。昨日のテレビで放映していた。明日は抽選会とのこと。活躍を期待しよう。まだまだ咳がゲホゲホしている。今日も早めに就寝しよう。これにて本日のブログは終了。

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