綱渡り人生の始まり


入試の思い出

 職場の窓から近くの山(標高100メートルほどか?)を見ると頂上はうっすらと霧にかすんでいる。それだけ周囲は濃霧に包まれた一日だった。

 今日は秋田県の公立学校入試日。受験生諸君の気持ちも霧の中のいる状態かもしれない。それでも、とりあえず挑戦は終わったのでホッとしているだろう。

 高校入試と言えばオフクロを思い出す。

 ボクらの中学校は山奥にある全校生徒200人くらいの規模だった。今だったら大規模校に匹敵するんだけど・・・。ボクらのやることと言えば山や川で遊ぶことだけ。漫画家の矢口高雄さんが書いている「ぼくらの学校は山と川」そのものだった。
 当然、受験勉強なんかしたことがない。自宅には自分専用の勉強机なんかもなかった。もちろんミカン箱のような机にする台もなかった。
 毎日肩から下げる白いズック製の「さげカバン」を腰ぐらいまで下げて通学していた。教科書はカバンに入れっ放しで自宅と学校の間を往復するだけだ。もちろん時間割に合わせて持ってゆくわけはない。
 ノートも副教材もなし。教科書だけだった。だからそんなに重くもないしカバンは軽かった。
 そんなグータラなボクにも入試は迫ってきた。冬になるとボクの村は陸の孤島になる地域だ。高校入試でも町の旅館に2泊しての受験になる。

高校入試に旅立つ?前夜。母はボクに行った。
「ヒロオ。明日入学試験ダベ」
「ンダ」
「準備したべ」
「ナンモ」
「鉛筆はあるのが?」
「ネー」
「消しゴムは」
「ネー」
「バガケ!!!」

 おふくろは慌てて近くの奥山商店にかけ込んだ。そして鉛筆・消しゴム・三角定規を買ってきてくれた。大雪の夜だった。なんてバカ息子だと思ったのだろう。本当にバカでした。

 この頃からボクは常に綱渡り人生を送っていたようなものだ。クレイジーキャッツの歌ではないがボクには
「そのうちなんとかなるだろう---」
と思っていた節がある。

 ところで、現在は英・数・国・社・理の5教科である。ボクらの時代の高校入試は9教科だった。主要4教科は国数社理で100点満点で400点。残りの5教科は80点満点で保体・美術・音楽・技術家庭・英語で400点。合計800点満点だったと思う。ボクらの頃には英語の比重はそんなに大きくなかった。しかし、その後は英語に大きなウェイトがかかることになった。ボクにとっては幸いだったかもしれない。

 それにしても今思うと冷や汗ものだ。今の子どもたちには綱渡り人生なんてしないで堅実に準備して着実な勉強しなさいと言っておこう。

  鉛筆を三角定規を買ってきた母の苦みをかみしめる今


そんなわけで今日は緊張の一日であった。これにて本日のブログは終了。

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