過剰な意識


曇り空に駒ヶ岳

 今朝は曇り空。しかし、薄曇りの中から太陽は顔を出している。スカーッとした晴れではない。こんな時に日記の天気欄には◎(曇り)だろうなぁ。しかし、晴れているので駒ヶ岳は遠くにものすごく薄い墨で書いたような姿をあらわしている。
 さっぱり彩りがないので通勤の途中の赤信号を1枚撮ってみた。

   彩りの赤信号を見ていると少し留まれと言ってるような


評価の気にしすぎによって

 3月7日付けの魁新報に作家内館牧子さんが「他人の視線と評価」と題するコラムを書いている。
 少し前に某大学の豹変(ジャズピアニスト山下洋輔さんはジャガー・チェンジと言ってるが・・・)ぶりについて「素晴らしい改革である」と絶賛コラムも書いたことがある。ボクにとってそのコラムの内容はまったく支持できない噴飯ものだった。できればその後の検証記事でも書いてくれたら良いのになぁ。と、待ち望んでいるのだが・・・。
 それはともかくとして、今回のコラムはとても納得できることを書いている。内館さんの歯切れの良さは、こうであってもらいたいと思うのだ。

 さて、この回の内容は秋田市の成人式で暴れた新成人について、彼らの行動は「他人の視線」の尺度がその原動力だったのではないか。と、指摘している内容だ。彼らが単に目立ちたかったと言っていることに「憐憫をおぼえる」と書いている。ボクもそう思う。
 コラムの最後に内館さんは作家の加賀乙彦さんの言葉を引用している。この言葉の奥が深い。

『人の目を過剰に意識することは、自分の評価を他人に委ねてしまうことにつながる。そして、そういう人ほど、ちょっとしたことで傷つきやすいのです。』

 今の時代はどこでもこんな状況だろう。「評価が大切だ」のかけ声のもと、周囲をキョロキョロとながめて自分の行き場を探している。つまり、他人の目を意識しすぎている。ちょっと失敗することや評価の下がることを恐れているのかもしれない。自分で考えることや自ら行動することを放棄しているように見える。こんな場面がどんどん増えてきている。加賀さんの言うように、評価を気にしすぎて傷つきやすくなっているように感じる。

 内館さんは加賀さんの言葉に次のように書いている。
『老若男女にかかわらず、自分と重ねてビクッとする人が多いのではないか』
 ハイそうです。実際、ボクはビクッとしました。自分の考えをもとにしっかりと行動できるようになりたい。難しいですけど。常にそう思って生きてゆきたい。



天気予報の天気図を見たらものすごい低気圧が暈のように日本列島を覆っている。大雪注意報が出ている。テレビには広島空港の大雪の模様が映し出された。まだ、3月上旬これからまだまだ積雪の可能性がある。やはり、冷え込んでいる。さぁ、本日はこれにてブログ終了。


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