『自然誌調査 おぼえがき』


天神森の空

 歯茎が腫れた。歯医者に行くために久しぶりに天神森が一望に見える場所を走った。天神森は南外西小学校の裏手にある小高い山だ。標高にして70~80メートルぐらいだと思う。
 今では山の全体に木々が生えているが、以前は丸坊主の山だった。だから子どもたちの手頃なスキー場になっていた。場所によって傾斜の難易度があり冬になれば子どもたちの笑い声が絶えなかった。
 もちろんボクもその山で遊んでスキーを覚えていった。
 空は薄曇りである。近くにキジバトが飛んできて「テデッポッポー」と鳴いた。


「私論 自然誌調査 おぼえがき」

 大学時代の恩師である吉田稔先生から冊子が届いた。タイトルは「私論 自然史調査 おぼえがき」である。
 2009年9月28日のブログで大学時代に角館の調査に来たことを書いた。しかし、ぼんくらのボクは何の調査だったかを記憶にとどめていなかった。

 ブログに気づかれた吉田先生から一通のお手紙が届いた。
「その時の調査についてはいずれ小冊子に書いて発行する」との内容と調査の目的を書いて下さっていた。うれしかった。そうかぁ。そうだったのかと今頃になって気づいた。

 さて、「自然誌調査」をすぐに手にとって読ませていただいた。
 大学4年の時に角館に宿泊して調査した内容があった。それは「強酸性の玉川温泉による環境問題 今昔」の項目にあった。
 玉川温泉の強酸性の影響や、中和の状況を土壌学の分野から調査した内容だった。その中に次の内容がある。引用させていただきます。

『我々土壌学研究室が玉川水系の調査に入ったのは1967年(第二田沢・開田地土壌調査)、1975年~(玉川用水関係の水田調査・玉川水系の水質調査)であった。この年代は、第1図に見られるように、田沢湖~神代ダムはpH4~5台であって、酸性物質は重合アルミニウムイオンが主体である。従ってケイ酸と結合して水に淡い白濁を与えているpH範囲である』

 つまり、1967年の調査の時に角館に来て神代方面の田圃の土を調べていたのだ。そうだったのかぁ。一つ大きな疑問が解決した。

 そして、抱き返り渓谷の川水のあの幽玄とも言うべき色はpHが影響を与えていたこともわかった。

 吉田先生はいろいろなことに興味を持ち、不思議なことについて深く考え、現場に行ける時にはその場所に行って不思議さを調べて考察する。そのことがこの冊子に述べられている。この態度をぜひとも見習いたい。

 吉田先生はこの本に付けてくださったあいさつ文の中に次のように書いておられる。

『諸君もこの種の調査を少しずつでも試みれば、人生の何かのプラスになるだろうと思います。諸君の健闘を祈る』

 足元にも及ばないがそうありたい。何事にも興味を持って生きたいと思う。
 秋田弁で言ったら「腐れたまぐら」とも言われるボクではあるが、もっともっと色々なことに好奇心を持ちたい。

9月28日のブログにも書いたが伊藤信義さんの「歌集 潟のほとり」の歌を思い出す。

   自然誌の調査に寄せる師の思い八十路を越えて益々熱し

 吉田先生は今年米寿になられる。この冊子とともに3月28日に出版祝賀会の案内も届いた。その日は盛岡へ絶対に行きます。
 貴重な一冊本当に感謝感激です。


自分も一首と思ったがどうにもうまくゆきません。
   おぼえがき豊かに流る師の想い熱き心は胸にしみゆく
そんなわけで本日のブログは終了。



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