鉄道の復旧


真剣な姿

 素晴らしいなぁ。と、思う瞬間がある。それは若者たちが懸命に自分を表現しようとしている時だ。
 高校は新入生が入学すると応援練習がある。応援委員たちは一生懸命に声を張り上げて全部の生徒たちに範を示すのだ。
 精一杯に取り組んでいる姿が潔く純真で良い。それに呼応して全学年が大きな声で応援練習に取り組む真剣な姿に感動している。

   応援のバンカラ声に青春と辛さと若さそしてプライド


色のない風景

 雪消えがドンドン進んでいる。しかし、写真で見るように窓の下にはまだまだ積み上げられた雪が残っている。
 ようやく温かさも戻ってきた。しかし、まだまだ色のない世界。大地の緑もまだ見えない。だから建物のエンジ色に少しホッとさせられる。


在来線続々開通

 子どもの大好きなオモチャに鉄道模型がある。ほとんどの子どもたちは「ガダンゴドン」と言いながら電車や汽車の模型を見たり走らせたりすることで成長しているはずだ。

 鉄道は人の交流や大量の物流を促してきた。3.11大震災で大動脈とも言える上野から盛岡までの東北線が不通になった。東北新幹線も打撃を受けて1ヶ月ほど運休していた。新幹線が動かなかったよりも在来線の不通が人々に大きな影響を与えたとボクは思う。

 新幹線は拠点の都市しか通過しない。さらに言えば「人」しか運んでくれない旅客に特化している。毎日、乗車する人はほとんどいないだろう。
 だが、在来線ならば毎日毎日乗車している人が多い。さらに沿線の住民にとっては「足」として大切な存在になっている。

 もちろん物流の担い手としての役割も大きい。今回の震災で活躍したのは日本海側をまわり、青森経由で盛岡までたどり着く、在来線の鉄道を利用した燃料や支援物資の輸送だった。それだけ在来線の役割は大きい。

 昨日、東北線が全線開通したことによって多くの人たちは勇気や希望を持ったことだろう。
 塩竃から栗駒市まで電車で通っている塩竃のお父さんから2~3日前に次のようなメールが入った。

『明日から電車通勤ができます。これで通常の生活が待っています』

このメールの前に半分冗談で話していた。「電車が動かないので会社にも思うように通勤できない。会社に自分の席があるかどうか・・・」

 これで無事に会社に通勤できることになった。良かった。良かった。

 昨日のラジオニュースでは壊滅的な被害を受けている仙石線にも自衛隊と米軍が開通をめざして片付けに入ったと報じていた。当面10日間取り組むという。
 ボクも仙石線で被害を受けた線路を実際に見た。ハンパではない壊れ方をしていることは事実だ。しかし、新幹線を直すくらいの馬力がJRにある。だから仙石線を早く復旧するパワーはまだまだ持っているはず。

 3.11震災の何日後かに三陸鉄道リアス線は短い区間だが無料で運転を再開させた。線路の上を電車(もしかすればジーゼル車かもしれない)がガタン・ゴトンと動く姿は沿線の住民をどれだけ勇気づけたか計り知れない。仙台から海岸沿いに石巻めざして走る仙石線の復活する姿を早く見たいものだ。復活したらぜひとも仙石線に乗りたいとも考えている。

 福島原発の沈静化とともに鉄道の復旧を心から願っている。ただし、原発はこれにて終了にすべきだが鉄道は間違っても廃止にならないことを含めてである。



ブログのカウンターを先ほど確認したら「77247」になっている。まもなく「7」が並ぶ日が来そうである。もっとも今は「7」の数字はあまり良い数字ではない。何しろ福島原発の危険度がレベル7だからだ。でも、まぁここでは「77777」となったら喜びたいと思っている。もしもその番号にあたった人はコメント欄にでも遠慮せずに一言書いて下さい。掘り出し物市で見つけた楢岡焼をプレゼントします。
と、言うわけで激動の1週間はこれにて終了。明日はボクの住む地域の小さな祭りの幹事役。どうなりますか・・・。これにて本日のブログは閉店です。
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