たこたこ


白い葉っぱ

 夕方夕陽の当たる山を見たら白い葉っぱが目に飛びこんだ。なんだろうなぁ。と、思ったが正体わからず。もしかしたら猫族が狂うというマタタビかなぁ。とりあえず遠くから1枚撮影。


勝負です

 知らなかった。子どもたちが写真のように親指を出しながら「タコタコ3」などと言いながら指を上げたり下げたりしている。そして、勝ったとか負けたとか判断しているのだ。
 ウーム。わからないことは聞く限る。それは何だろうと聞いてみたら「タコタコ」とのこと。

 早速、ルールを聞いたら数字を言った人お互いに立てた指の数を当てると勝ちとのこと。まぁ、簡単なルールなのだが何度やってもボクのスピードはあがらない。簡単に言えば反応が鈍いのである。
 それでも何度か挑戦をしているうちに五回に一回くらいは勝てるようになった。しかし、それは二人で勝負しているとき。3人とか4人に増えると途端に数を数える反応が遅くなる。

 親指をお互いに向けあって遊んでいる意味がわかっただけでも収穫があったのである。

 それにしてもボクの腕のしわしわなことと、若い子のすべすべした肌の対比は少々つらいものがありますね。

   たこたこ3たこたこ4に挑戦し反応速度年齢のまま


おけら街道

先日、我が社のK君との会話。

「いやー、昨日パチンコで○万円負けましたよ」
と、言う。
「そりゃじゃー、一度も大当たりがねがったべ」
「いや、朝から夕方までやってましたからそれなりに・・・」
「まったくなぁ・・・・」

こんな会話だった。こんな話を聞くとひとごとながら何だかリベンジ心(こんな言葉があるかどうか知らないが)がわく。
 休日、妙な空き時間ができた。間の悪いことにパチ屋の前を通った。チラッと様子だけ見てみようと寄ったのが運の尽き。

 我が社のK君と同じおけら街道をとぼとぼと帰るはめになってしまった。○万円で 一度もあたりがなかった。「やらずぶったくり」だとブツブツ言っても責任は自分。

教訓。
「スケベ心を起こしてはいけない」
当たり前のことですが・・・。



今日は暑かったなぁ。30℃を超えたらしい。真夏日である。自宅に帰ってすぐに風呂に直行。その後ビールを一杯。ようやくブログアップにこぎつけた。

孫のためにも絶対反対


能代にて

 写真は大きや夕焼けが日本海に沈もうとする一瞬です。あわててカメラをかかえて撮ったので夕焼けが一瞬ずれています。まぁ、そんな感じで。

 その後、とわ達の両親たちと一杯。
 どうしたんだい。ビールなんか飲もうとして・・・。それじゃあ停学になるよ。孫娘とわに逢いに行ってしまった。ウーム・・・。
 お父さんとジサマとが酒盛りをしている。彼女はシルバーの缶が好きらしくかかえてなめている。なんてこった。これじゃあ。親の因果が子に移り、ジサマの因果がやばくなりだ。

   恋人を恋する歌があるならば孫の歌ですとわよとわよに


話にならないぞ

 原発の安全性が確認されたら運転再開してもらえるように働きかけると海江田通商相が言い始めた。
やっばりねぇと思わざるを得ない。財界から突き上げを食らっているのだろう。

「夏場に電力が不足すれば会社がたちゆかない。早く稼働しろ」
「でも地方が・・・」
「そんなのは金を払えばどうにでもなる。問題は早く我々の企業を順調にすることだ」
「でも国民が・・・」
「それなら従業員を解雇するぞ」
「・・・」
「次回の選挙は応援しないからな」
「それは困ります」
まぁ、あくまでもボクの想像ですがこんな構造だと思う。

 原発の再開にボクは反対である。電力が不足でも、もしかしたら停電があっても、少々電気料が上がってもある程度の我慢はする。それよりも「安心」が大切だ。

 推進する彼らは完璧な安心はありません。どんなことにも危険性はつきものてす。だから原発の安全性さえ担保できたら稼働すべきだ。と、言うだろう。

 しかし、待ってください。 一つの例としてあくまでも仮定の話を考えたい。
 最近展望台への入場料が話題むスカイツリーが倒れたとしよう。多くの犠牲者がでることは間違いない。だが被害や保証はそこの場所での解決が図られるのだ。
 だが、原発の場合はどうですか。万が一事故が起きたとすると被害は「そこの場所」で収まるものではない。日本全国いや世界各地に被害をまき散らすのだ。
 安全や安心の「質」が本質的に違う。被害や迷惑の及ぶ範囲がけた外れだ。今のフクシマを見たら一目瞭然である。
 誰かが言ってた。「開けてはいけない火」「使ってはいけない火」なのだ。まぁ地獄の釜のふたを開けたのだ。やはり閉じるべきだ。使ってはいけないのだ。核は平和利用はあり得ない。理科教師のボクでも間違いなくそう考える。


と、言うわけで本日これにて終了です。

地域ボランティア


河川敷清掃

 朝、6時。楢岡川の河川敷を除草や清掃をする地域のボランティアがあった。
 秋田県付近は今日あたりが夏至の可能性がある。午前4時頃になると夜が明けてしまう。気の早い人は午前4時半頃から作業を始めていたらしい。

 好天に恵まれて作業は順調にはかどった。作業が終わって除草用の刈り払い機のエンジン音が止まったら川の中からはカジカガエルの声が聞こえてきた。生活用水は間違いなく流れ込んでいるのだが川の生命力まだまだ捨てたもんじゃない。と、思った。
 何人かは仕事などで帰られたが参加者で記念写真を撮影した。ブログに掲載してもいいかどうかを尋ねたら皆がOKとのこと。みんな笑顔がいいです。


うらみはありませんが・・・・

 読売Gについて。先日、選手会長である阿部慎之助選手のことを書いた。凡打のあとにバットをグラウンドにたたきつけ、ベンチに帰ってからヘルメットを投げつけたことである。その後、どうにもGの選手たちのマナーが良くない。選手会長の態度に連動しているとしか思えない。

 まずは抑えの投手として頭角を現してきたアルバラデホ選手がリリーフがうまくゆかずベンチに帰ってからタオルを投げつけている写真が日刊スポーツに掲載された。この記事を見ながら

「タオルにあたるなよなぁ」
とつぶやいていたら、我が社のK君が
「スナップがなかなかいいですねぇ」
「・・・・」
「だからボールの質が重いんですよ」

G大好きだから「あばたもえくぼ」なんでしょうねぇ。

 次に東野投手。これは実際にテレビの映像で見た。ロッテとの対戦。8回まで2失点で好投していた。しかし、走者を一塁に出してから一死をとった。その後にリリーフ投手(これがアルバラデホだ)に替えられた。ベンチに帰ってからの態度がいただけない。
 何に対して悔しいのかタオルで顔を拭きながらジーッと前をにらんでいたと思ったら、突然ベンチを蹴り上げた。オイオイ、君は何をやってるんだ。と、ボクはテレビにつぶやく。そんな乱暴なことをしてつま先でもケガしたら今後の投球に差し支えるぞ。と、老婆(爺)心ながら心配しましたねぇ。

 そして、なんとシメは原監督。デイリースポーツ 6月16日(木)9時27分配信の記事に『帽子たたきつけ大荒れ会見』と題して次の記事が掲載された。

『9回2死から逆転され。原監督の怒りが爆発した。九回2死から、痛恨の逆転負け。3連敗で、借金は08年以来となる6。巨人・原監督は顔面を紅潮させ、会見場に現れた。「試合の総括を…」と問われると、机に帽子をたたきつけ「総括なんてできないねえ!3問!質問して!」と、珍しく声を荒らげた』

 悔しさはわかる。負けたんですからねぇ。でも、勝敗だから仕方がない。切り替えるべきなのだ。それを記者にあたっても・・・。

 注目されるチームだからこそ、そのような振る舞いは良くないなぁとボクは思います。今宵は交流戦で西武と対戦する。運良くNHKテレビで中継がおこなわれる。じっくりとビールを飲みながら観戦したい。


今朝、地域ボランティアの作業が終わってから自宅に帰ったら近くの林から珍しい鳥の声が聞こえる。鳥の聞きなし(鳥の鳴き声を日本語にすることです。例えばホトトギスなら「包丁欠けたか」などなど)で
「月日星ほいほいほい」
と聞こえる。
「ムムッこれはサンコウチョウだ」
と思い。鳥の鳴き声を『日本の鳥618』で調べた。すると間違いなくサンコウチョウ。サンコウチョウとは月・日・星の三つを鳴くので「三光鳥」と呼ばれる。鳥の鳴く林は少し離れているので鳥の姿を確認することはできなかった。

   月日星ホイホイホイと鳴く鳥の明るき歌声暗き林に

下の写真は夕方の西道路である。写真の真ん中付近に虹色に輝く雲が見えるはずなのだが残念ながらあまりよく写っていない。でも、マァ記念に1枚。

と、言うわけで本日はこれにてブログは終了です。

台林の遺蹟


どんなものだろう?

 遺跡が見つかったらしい。
 我が家の周囲は構造改善事業とかで田圃が大きな田圃に作り替えられている。そのために大型の機械が入り表土をはぎとり段差をなくし規格化された田圃にする。

 前に我が家のあった前の田圃も表土がはぎとられて黄土色の土が出てきた。その後、何だか作業がはかどっていないなぁと思ったらなんと言うことでしょう。遺跡が発見されて詳しい調査が入ったらしいとのこと。
 その事実を知ったのは調査が終わってからのことなので遺蹟の実態はよくわからない。

 掘り返された土の上には三角の穴があいたりしている。もしかすれば住居跡なのかもしれない。と、少しだが夢はふくらむ。

 考えてみれば僕の住む場所は今でこそ『湯の又』と呼ばれている。おそらく温泉が沸いたりした名残だろう。だが、長い間『台林』と呼ばれている場所でもある。つまり、台地に林があったのが名前の由来なのだろう。
 現在のメイン道路はここ何十年かの間にできたもの。要するに最近の道路である。それより昔の道路(村道)は『台林』の下を通っていた。そこは楢岡川のすぐそばを通るルートである。昔の道路から見てひょいと見上げる「台地にある林」だから『台林』になったものだと思う。

 ここからはあくまでもボクの想像である。台地ができたのは小さな河岸段丘の名残ではないかと思う。その場所に何百年も前の人たちが川のそばにひっそりと暮らしを営んでいたと考えてもおかしくはない。
いずれにしても夢のある話ですねぇ。



これから出かけますので本日のブログはこれにて早めにアップします。茶色の土ばかりだと色気がないので赤ヤマボウシの花を一輪。

面従腹背


平鹿球場にて

 今日は晴天。気温25℃前後か。平鹿球場では創立60周年記念の招待試合がおこなわれた。
栄冠は君に輝くの「♪雲はわき光りあふれて」の歌を彷彿とさせる風景。平鹿平野の向こうには鳥海山が久しぶりに見えている。
 写真で言えばスコアボードの右側に鳥海山がある。鳥海山を拡大して撮したのが2枚目。そして中腹の雪形を拡大したのが3枚目である。3枚目には「眠る少女」の雪形がボクの目にはくっきりと見えるのですが・・・・。

    鳥海の中腹に見る雪形は眠る少女のあどけなき顔

 ところで招待野球の結果は次の通りだった。

 雄物川110000000|2
 秋田商23000000X|5

高校野球を全校の生徒諸君が対戦する両校を応援しながら見る。そして試合が終わったあとに「楽しかったなぁ」という声が多く聞こえたのが何よりも収穫だったと思う。


指導者の姿勢について

 前回まで青島健太氏のエッセイを引用した。それを書きながらボクが感じたことを少し記したい。

 部活動などで指導者に殴られた生徒や部員はそのことを一生忘れない。例え一度殴られたとして面である。極言すればトラウマになっていると言えよう。
 先日、読んだ落語家川柳川柳師匠の自叙伝でもある『天下御免の極落語』に次のようなことが書いていた。
 川柳師匠の小学校時代に軍隊上がり先生が生徒たちを指導するのは往復ビンタが普通。時には鉄拳制裁も。その先生はそれが愛情だと勘違いしていたと川柳少年は思っていた。しかし、戦後その先生はガラリと態度が変わってしまった。しかし、川柳少年(もちろん本名は違うのだが)はそのビンタのことは一生忘れない。と、80歳になっても語っている。

 ボクも多くの人たちの体験談を聞いてきた。やはり、誰でも暴力をふるわれたことは忘れないという。幸い、ボクは先生たちや指導者に殴られたことはない。だからスクスクと素直に(いつも物事を斜めにみるようなひん曲がった性格とも言えるが・・)育ったのだと思う。ありがたいことだ。

 時効だと思うので書いてもいいだろう。その昔、ある先生たちと一杯飲みながら話したことを思い出す。その先生たちは野球の顧問ではなかったのですが。

「私は生徒をたたく時には信頼関係を築いてます。必ずフォローをします」
また
「生徒を殴っても強く指導することは必要だと思います」
ともいう。
要するにピリピリとした感度の中で試合をしたり練習をするためには殴ることも含めて必要だと言うのである。
それに対してボクは
「その子は単に服従の姿勢を見せているだけだとボクは思う」
と、話したことがある。

 つまり、面従腹背である。この姿勢の怖さは信頼関係が崩れていることだ。もう一つ大きな問題があるとボクは見ている。そのような指導をされた生徒や部員には全体を見る目や配慮や心遣いができなくなるという点である。
 監督や顧問の指導は素直に聞く(聞くふりをする)のだが他の先生たちや指導者たちに対しては無関心あるいは邪魔をすることまで起きる。

 ここで制限字数です。続きは後日書きます。


今日は球場で過ごすことができた。ホッペタがボーボーと燃えるように熱い。しかし、両腕はそれほどではない。実は女生徒からペースト状の日焼け止めを少しわけてもらって塗り込んだ。これが効くんですねぇ。特にボクのようななまっ白い肌には優しい。初めて塗ったのだがこれからは野球観戦の必要品かもしれない。と、思った。さぁ、それでは風呂に入ってビールでも一杯飲んで休もう。本日のブログはこれにて終了です。

野球は監督が戦う競技


古新聞パッグ

 先日、大曲の『年金者組合』で古新聞バッグ作り講習会が開催された。 その講習会に、なんと言うことでしょうボクが講師に招かれて作り方の指導をすることになった。参加者は6名ほどだった。
 ところで年金者組合とはいろいろな職場を退職してから年金生活(ボクもその一人)をしている人たちが組織を作って年金のあり方などを検討して高齢者のよりよい生活を確保してゆこうとする組合組織だ。まぁ、高齢者が組織している組合である。
 参加してくださった方もボクよりも年輩の方が多かったはず。いろいろな古新聞を持っていったのだが選んだのは日刊スポーツの一面だった。皆、若いですねぇ。スポーツは元気をつけてくれるのでしょう。
 糊付けをし、折り紙をしながら製作時間約1時間ちょい。
作るときにボクは合言葉を言いました。
「いい加減は良い加減だす」
すると母さんたちは
「エーアンベでコシェレバエーな」
「そういうことだんし」

皆ができあがったパッグを見てニコニコと。

   いいですねエコなんですね嬉しいね皆で新聞バッグを作り


「野球の指導者は、なぜ選手を殴るのか?」(3)

 前回まで野球は指導が難しいし、監督と選手が同じユニフォームを着用しておこなう競技である。そのあたりに指導者が選手を殴る背景があるのではないかと青島健太氏の推測を引用した。引き続いて。

『日本では「総理大臣とオーケストラの指揮者と野球の監督は男なら一度はやってみたい仕事だ」とよく言われる。これが日本の監督像(あり方)を見事に表している気がする。
 この三者は多くの人を指揮下に置き、自分の思い通りに人を動かせる立場だ。それが男なら一度はやってみたい仕事なのだ。
 日本における野球では、選手を自分の指揮下において、それを統率、あらゆることで命令に服従することを求めてくる。これは軍隊の指揮系統にも似ている。高校野球における丸刈りは、服従の象徴のようにも映るし、自主性を奪うための髪型としても機能してきた。
 日本の野球では選手を奔放にプレーさせようとする指導になることは必要ない。その逆に、選手をピリピリさせて、チーム全体に神経を張り巡らす戦い方を目指すとき、指揮官は選手を殴り感度を高めようとする。それは、そのまま日米の文化の差「野球」と「ベースボール」に違いとも言えるだろう。
 アメリカではベースボールを「自由な打撃のゲーム」として戦うのに対し、日本では野球を「堅実な守備」を基本に組織的に戦っている。組織と守備を鍛えるためには、練習の段階から緊張感を高めていく必要がある。

 野球はおそらくどの競技に比べても「監督が戦う競技」なのだ。先にも述べたがラグビーやサッカーではゲームが始まるとほとんど監督の出番はない。すべてを選手に任さなければいけない競技ならば、監督がいなくても戦える。自主性と創造力のある選手を育てなければ勝つことはできない。その意味では選手を自立させ、服従とは反対の方向に選手を指導していく必要がある。
 それにひきかえ野球は、監督がユニフォームを着て先頭に立って戦う。選手は監督の戦術を理解して、それを確実に遂行することが求められる。強いチームほど、高い感度と正確な技術を持ち、失敗やミスを犯さない。
 困ったことに野球には、指導者が選手を殴りたくなる場面がたくさんあるのだ。団体競技でありながら、打つこと、投げること、守ること、個々のプレーは個人単位で独立している。ゲームはイニングごとに止まり、選手の活躍の有無がすぐに分かる。打ち込まれた投手、エラーをした野手、バントを失敗した選手、チャンスで凡退した打者・・・・責任の所在が常に判明し、怒ったり説教をしたりする時間がゲームの中に豊富にある。
 極論すれば、野球は「監督が選手を使って戦う監督の競技」なのだ。野球で負けて恥をかくのは監督なのだ。逆に優勝すると誰よりも先に胴上げされて、勝利者インタビューも真っ先に受けるのが野球の監督だ。もちろん礼儀やマナーの意味で年長の監督が優先される面はあるが・・・。その価値観や上下関係も日本の野球が熱心に教えてくれるものだ。
 野球では監督がチームで一番上位にいる。その偉い存在が選手を使ってゲームをする。それが野球だ。だからこそ多くの指導者が、選手を殴ることに抵抗がない。
 野球の指導者が選手を殴る。実は、その事実か日本における野球が「監督が戦う競技だ」といことを何よりも物語っている。それゆえに野球の監督には、選手以上に知性と品格が求められている。』

 以上が青島健太氏の考えている野球の指導者がなぜ選手を殴るのかの考察である。なるほどなぁと思える点もある。ボクの考え方については字数の関係で後日書きます。


今日は秋のような冷たい風が流れる涼しい一日だった。空を見上げると空の色も雲の形も「秋」の感じだった。これで本日のブログは終了です。

監督・選手同じユニフォーム


シシウド

車に乗っている人がたずねてくる。
「道路の両側の白い花ってなんですか」
「あれはシシウド」
道路の両脇には背の高いシシウドが咲いている。梅雨にかけての風物詩と言える。ちょっと知ったかぶりである。


「野球の指導者は、なぜ選手を殴るのか?」(2)

 引き続き青島健太氏の内容を引用。

『(青島氏の)ヤクルト時代の恩師、関根潤三氏(当時の監督)は、教えるのが難しい野球の本質を見抜いて、日本中の指導者が腰を抜かしそうなことを言っている。
「だいたいオマエさん(青島氏のこと)、バッティングなんて練習しても上手くならないし、誰かから教えてもらえるなんてことじゃないからね。そりゃ~~、自転車に乗るのと同じようなことでさぁ、そのコツを一回覚えちまえば、ずっと身体に染み込んでしまうものですよ」
誤解のないように説明すると、関根さんの話は練習はムダだと言ってるわけではない。むしろその逆で、何かをつかむまでは、人の教えを当てにせず、とことん自分の感覚と向き合わなければダメだと言っている。言われたとおりの練習をダラダラやっていても何も身につかない。野球にはコツがあって、選手はそれを自分自身で見つけなければダメだと言ってる。つまり野球は簡単に教えられないということである。

監督と選手は同じユニフォーム

 他の競技と野球を比較して野球のユニークな点は監督と選手が同じユニフォームを着ることだ。
 バスケットやラグビーやサッカーではスーツ姿で監督が指揮をとることもある。
 ユニフォームを着た監督は、自軍の選手を使って戦いに挑む。必要なのは自分の手足のように思い通りに動いてくれる選手。そのためには選手に監督の考え方や戦略を感じとれる感性が必要になる。鈍感なヤツは使えない。欲しい選手は、打てば響く感度の高い選手だ。
 監督がユニフォームを着ることで、選手たちが自分の手足のような感覚に陥り、殴ることに抵抗がなくなるということもあるだろう。競馬の騎手が、大事なところで馬に鞭を入れるのにも似ている。監督が選手を殴ることは選手の感度を高め、野球を野球らしく戦うためのチームマネージメントになっているだろう。

 私も長い間、選手として取材者として野球と関わったが、野球の指導者から「自主性を磨け」という言葉を聞いたことがない。本来スポーツとは、自主性を高めるために取り組むものだが、日本における野球からそうした精神を学ぶことは難しい。

 選手は監督の指示通りに動き、練習メニューも言われたものを黙々とこなしていく。そこで身につけるものは、屈強な心身と指導者への服従。日本の多くのスポーツが、スポーツではなく心身を鍛練する「体育」だといわれる所以もそこにある。
 第二次世界大戦中、アメリカ発祥の敵性競技であった野球の活動が許されたのは軍国主義の教育を多く取り入れて廃止を免れたという指摘がある。そのおかげで、全体主義的な考え方や鉄拳制裁も野球に根を下ろすことにな。野球の歴史の中で、指導者が選手を殴るというある種の文化は、こうした時代の影響も確かに受けているのだろう。
日本では「総理大臣とオーケストラの指揮者と野球の監督は男なら一度はやってみたい仕事だ」とよく言われる。これが日本の監督像(あり方)を見事に表している気がする。 自分の思い通りに人を動かせる立場。男なら一度はやってみたい仕事なのだ。

 日本における野球では、選手を自分の指揮下において、それを統率、あらゆることで命令に服従することを求めてくる。これは軍隊の指揮系統にも似ている。高校野球における丸刈りは、服従の象徴のようにも映るし、自主性を奪うための髪型としても機能してきた。
選手を奔放にプレーさせようとする指導に殴ることは必要ない。その逆に、選手をピリピリさせて、チーム全体に神経を張り巡らす戦い方を目指すとき、指揮官は選手を殴り感度を高めようとする。それは、そのまま日米の文化の差「野球」と「ベースボール」に違いとも言えるだろう。
アメリカではベースボールを「自由な打撃のゲーム」として戦うのに対し、日本では野球を「堅実な守備」を基本に組織的に戦っている。組織と守備を鍛えるためには、練習の段階から緊張感を高めていく必要がある 。』

字数制限になりましたのでここまで。次回に続きます。



福島の高野連は夏の大会で開催球場の放射線の値が3.8ミリシーベルトを超えると試合中止にするとのこと。また降雨の場合には速やかに試合を終わらせると発表。イタリアの国民投票で原発は要らないが90パーセントになったとか。永久にイタリアでは原発はなくなることになった。
脱原発は時代の要請である。これにて本日のブログは終了です。

    イタリアで脱原発へ民の意志安らぎの道見ならえ日本

野球は指導の難しい競技


シマドジョウとキンギョ

 ちょうど1年前のブログ(2010年6月10日付)に飼育しているシマドジョウの警戒心が強くてなかなか人前に姿を現さないと書いた。

 その後、一冬を越し大震災を生き抜き水槽で生きていた。どうにも水槽の中が寂しいので金魚を3匹購入して入れてみた。

 すると何と言うことでしょう。シマドジョウたちがゾロゾロと土の中から出てきて餌を一緒にあさっているではありませんか。人の姿を見ても土の中に隠れることもない。堂々としている。やはり仲間って大切なんだなぁと思うのだが。はたして・・・・。


「野球の指導者は、なぜ選手を殴るのか?」(1)

 青島健太氏が書いたエッセイから何回かに分けてダイジェスト的に引用して考えてみたい。

『菊池雄星君がデーブ氏に殴られて西武ライオンズをクビになった。その訴えが起こされている。かつてプロ野球では鉄拳制裁が平気でおこなわれていた。あの穏やかな長嶋茂雄氏ですら監督になりたての頃は情熱余って選手を殴ったという。西本聖氏が「そのおかげて成長できた」と当時を振り返っている。

 楽天の現監督星野氏も中日の監督時代にパンチそのものが「売り」の監督だった。ゲームの途中でベンチの扇風機にパンチをしてこれを破壊する映像は「闘将・星野」の紹介に必ず流れるシーンである。
 当時、投手陣が打ち込まれると、翌日なぜかキャッチャーが腫れた顔で練習していた。おそらく監督の厳しい指導があったのだろう。しかし、それも期待の裏返し。どんなことがあっても若いそのキャッチャーはスタメンに名を連ねていた。

 2010年秋に日本学生野球協会が不祥事のあった高校にくだした処分。全8件のうち4件が監督の部内暴力である。続いて、年末の処分が発表された。12校13件が対象だったが、これまた大半が監督や部長の部内暴力だ。対外試合禁止、指導者の謹慎などの処分がなされるが、暴力事件はなくならない。実態としてはもっとあるはずだと見るのが自然だろう。

 このように高校野球でも教育的な理念や道徳的な倫理を説いても一向に暴力事件はなくならない。言ってしまえば、それが野球界の伝統であり文化。指導者が選手を殴るのは止まらない生理というか、延々と続いてる歴史そのものなのだ。

 マンガでは殴られた人の上に星が飛んでいるが、あれは事実だ。殴られると目の前が暗くなって夜空に星が輝くように何かがピカピカ光る。なんで知っているかと言えば、もちろん私も殴られたことがあるからだ。

 殴るのは悪いに決まっている。しかし、多くの指導者が処分があるというのに選手を殴ってしまう。 この事態を好意的に考えれば指導者が選手を殴ってまで伝えたいことの周辺に、また押さえきれずに殴ってしまう感情の爆発に、野球という競技の本質と難しさが潜んでいるからなのだろう。

 指導者が殴るのは選手たちの礼儀や素行が悪いばかりではないと思う。野球は教えるのが極めて難しいスポーツであるからではないだろうか。指導者が選手としての経験があるからといって、そう簡単に野球は教えられない。

 なぜなら、打つことも、投げることも、ボールを捕ることも、その動きの核心は一秒にも満たない時間の中に凝縮されていて、極めて感覚的な行為だからだ。それは一瞬の動きであり、視覚的なものへの反射ともいえる。神経に流れる情報を言語化するわけだから自分(指導者)がやってのけていることを説明するのは難しい。

 そうなるとどうなるか?

 多くの指導者は誰もが指導できる基本と、礼儀や練習態度を中心に指導することになる。野球への取り組み方を叱り、ミスをつかまえて怒る。そして緊張感のない選手を時々殴りつける。場合によっては百人近い部員をひとりで指導することになる。多くの指導者にとって、できることはある意味それしかないのだ。

 もちろん技術的なヒントはあたえられる。そして、セオリーや戦術は教育できる。しかし、打つこと,投げること、捕ることの本質的な感覚は、自分自身で発見する意外にない。それが野球なのだ。』

 と、ここまで青島健太氏の文を引用した。なるほどなぁと納得する点がある。ブログの字数制限で以下は次回にまわします。

    もしかして勢いあまる指導って迷惑以外の何者でなし


これにて本日のブログは終了です。

落語『妾馬』


外来の花

 マーガレットという白い花があちこちで満開である。外国から来た花は勢いが強く道端にもたくさん咲いている。一枚写真を撮ろうとしたらハナアブが一匹とまってくれた。

   他国にてマーガレットは繁茂して少し綺麗ね少し迷惑


停電

 この週末は飲んだくれていた。今朝、二日酔いの頭をかかえていると突然たたき起こされた。

「洗濯機の乾燥機を使ったいたら突然電気が消えた」
「・・・」

 ブレーカーを確認したらどれも落ちていない。しかし、家に入ってくる回路の一つが全く動いていない。困った時には仲人と言えば親も同然のjh7uxnに電話。家庭サービスの一日だったようだが、とりあえずかけつけてくれた。さすがに良い男だ。
 業務用のテスターでブレーカー周辺を確認していたら「アレッ」と言う顔である。電柱から配電されているはずの片方の電気が届いていない。おそらく電柱のヒューズが切れている可能性があるとのこと。
 電柱の領域は東北電力とのことで手が出させないらしい。そこで東北電力のコールセンターに電話。とても対応がいい人がでた。状況を話したらすぐに対応する旨を回答してくれた。
 大曲から派遣された人が電柱にスルスルと昇ってゆきヒューズの交換をして無事停電は回復。いろいろと質問したらだいたい次のことがわかった。

 切れていたヒューズは1999年製。切れたのは経年変化もあったのだと思うとのこと。切れた一本の他は大丈夫だったがついでに交換をしてくれた。いろいろあるんですねぇと納得したのである。

 結局、二日酔いは直らず午前中からウダウダと過ごすことに・・・・。


予習しておくべきだった

 柳家三三が『妾馬』を演じたことを昨日書いた。この噺をどこかで聴いたなぁと思ってDVDを探したら発見。昨年WOWOWで放映された『落語家Xの快楽』の中で柳家三三がこの噺をやっていた。オリエンタルラジオの藤森慎吾君に『幇間腹』の稽古をしたあとに師匠が『妾馬』を演じたのである。

 あらためてDVDで聴き直したのだが先日の落語会を思い出す場面が多かった。WOWOWでは時間の関係で噺の半分だけだった。だから生の落語会ではたっぷりと聴くことができた。

 この噺の内容はざっと次のとおり。殿様に見初められて妾になった妹のつるが世継ぎとなる男子を出産。妹のつるが兄の八五郎に会いたいと言うので殿様がお屋敷に八五郎を招待する顛末なのである。殿様ってのは好きな女をどんどん妾にするというまったく話にならない(うらやましい)人種なのだが・・・。            それはともかくとして八五郎が妹と殿様に話しかけた場面に泣けた。

「たとえ世継ぎを産んだとしても偉くなったわけではない。皆に支えられて生きている。だから下の人たちを思いながら暮らしてくれ。
そして、殿様。つるの母が喜んでいました。しかし、身分の違いで孫の顔を見ることもできません。私を招待したように母親も呼んでください。遠くの庭からでもいいので孫とつるを見させてやってください」 

 落語はゲヘゲヘと笑っているだけではない。むしろこんな人情話にジンとくるのが本当かもしれない。と、少し思った。

 ある人が言ってました。コンサートなどに行くときは出演する人のCDを聴いて予習してゆくと楽しみが増えます。
 本当にボクもそう思った。DVDを観て予習してゆけばもっと楽しめたのかもしれない。

 第2回目のあきた落語会は桃月庵白酒である。行きたいなぁ。と思っているのです。それにしても先日秋田で開催される落語会のパンフレットをたくさんもらってきた。これじゃあどんなに落語ファンでも出費が大変だぞ。



昨夜は孫のとわを見に訪れた。活発になったなぁ。ご飯を食べるにも動きが止まりません。目の周りにご飯粒をつけているのである。今日はビールをやめようかどうか考えてる暇はない。プチッと一杯ですね。と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。

    日本酒は出羽鶴でなきゃダメだよと店先で言い無くて刈穂に

柳家三三。なかなかいいです


秋田らくご寄席

 1枚のパンレットがある。そこには『県内初!ついに「月例」落語公演が実現』として第1回目の『あきた寄席』席亭のあいさつが掲載されている。
 7月、つまり昨夜を第1回目として毎月県民会館小ホール(ジョイナス)を会場にして落語家を招いて寄席を開催することにしたとのこと。

 第1回目は柳家三三。若い落語家の中で古典落語を演じたら一流であると言われている噺家である。柳家小三治の弟子。
 三三の呼び方は「さんざ」。彼は自虐ネタだろうが「ミミ」などと言ってたのだが、とても良い落語家だった。

 昨夜の演し物は「高砂や」「悋気の独楽」「妾馬」の三話。どれも古典落語として有名なものをたっぷりと三席だった。

今日はこれにて生存証明です。詳細また明日。なんと罪な「とわ」よ・・・・
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