高校野球夏の大会組合せ決定


ドクダミ

 四弁の花は妙に良い。なぜかなぁと考えてみると上下左右対称になっているから安心できるからかもしれない。ドクダミの花が咲いている。
 花の匂いが少しきついのだが花はとても可憐である。

     踏みつけて匂いたつ花抗議かもここに吾あり吾はドクダミ


高校野球夏の大会組み合わせ決定

 組み合わせが決まった。昨年はノーシードから能代商業が甲子園に出場。今年はどうなりますか。まずは第1シード我が古巣に行ってもらいたい。そう簡単には成し遂げられるとは思わないが一つ一つの試合を大切に戦ってくれと願う。


原発再開には国民投票を(1)

 フクシマ原発事故の収束のめども立っていない。もちろんフクシマの事故による反省も今後の展望も示していない。そんな中で政府をはじめとして原発の推進者たちは再稼働にGOサインを出そうとしている。

 昨日、経済通産大臣が佐賀の玄界原発に再開の要請に出向いた。それを受けて玄海町の町長は安全性が確保できたと再会に前向きの表明をした。さらに佐賀県知事は県議会に諮ってOKサインを出す意向と報じられている。

 だが、待ってください。経産省は原発は安全ですと言ってきた当事者だ。その当事者がフクシマ原発事故の検証もせずに安全です。と、言っても誰も信じないと思うのだが・・・・。

 昨夜、テレビ朝日の報道ステーションに出ていた原発推進をしてきた日本原子力技術協会石川迪夫最高顧問がニタニタと笑いながら話していた。ニタニタという表現はボクの感じ方だ。おそらく彼は視聴者に「安心感を与えるために」笑顔をふりまいていたのだろうが、そうは見えない。その内容を簡単に言えば次の通り。

『原発は安全だから稼働する必要がある。広島や長崎に原爆が落とされた時代。現在、われわれの環境に存在する放射線の量は米ソ仏などなどで核実験を頻繁にやっていた時代よりも格段に少ない。だから原発は安全である。大丈夫』
ざっとこんな内容だった。

 まったくなぁ。あなたのような人が率先してフクシマ第1原発事故現場で陣頭指揮にあたる必要があるんじゃないのか。フクシマ原発から多くの住民が30匏發ら避難している地域にあなた達のような原発推進者が住み込みで安全性をアピールしたらいいんじゃないの。それぐらいのことがなければあなたたちの言うことは信用できない。

 テレビ画面で見ると彼は70歳代くらいかなぁ。ま、ボクも石川氏と同じように先があまりない人間だ。放射能による被害もたいしたことがないかもしれない。
 しかし、これからの子どもたちをどう考えるのかなどの視点が欠如しているとボクの目には映る。

 石川氏がどんな考え方をしているかはhttp://www.asyura2.com/11/genpatu10/msg/200.html
に書かれている。これを読んでみても「変な人だなぁ」と頭を抱えてしまう。こんなことを考えるボクの方が変な人かもしれないが・・・。

 今朝(2011.6.30付)の朝日新聞『声』欄に『原発再開決定は国民投票で』と題した投稿があった。内容を簡単に要約すると次の通り。
『フクシマ第1原発事故によって深刻な影響が国内外広範囲にわたっている。ところが安全宣言をしながら,原発立地自治体のみに理解を求めて原発再開の意志決定が事足りると考えるのは現実認識に欠けている。九電の玄海原発の再開の説明会には原発立地県の住民7人だけが選ばれ、さらに限られた時間で説明会及び質疑がおこなわれた。経産省の下心が見寄るようだ。影響の大きさを考えたら,原発の再開には全国民参加の説明会が必要。最終決定は「国民投票」によるべきだ。関連法の整備を求めたい』

 国民投票がおこなわれたらどうだろう?ボクの予想では原発再開は否定されると思う。日本人はそれほどバカじゃないと思う。政治家たちや政治家を動かしている大金持ちたちはその空気を感じているからコソコソと事再開への道を開こうとしていると感じてしまう。

(文字数の関係で今回はここまで。この内容は続きます)




今日も蒸し暑かった。我が家の除湿器がしぼり出す水の量が半端ではない。普通だと3日~4日かかって貯水タンクが満杯になる。ところが今は一日半で一杯になっている。それだけ湿度が高い。依頼のCD製作にとりかかります。これにて本日のブログは終了です。

心機一転


花の終わり

 ブログに何回か登場したアカヤマボウシもいよいよ花の終わりを迎えた。今年、最後の写真を掲載することにします。

    この春にボクをなぐさめ散ってゆく赤ヤマボウシ初恋のよう


バカネコ

 環境が変わると人の考え方や生活が劇的に好転する場合がある。先日、我が家に遊びに来た女性の話です。

「私ね、バカネコって呼ばれるのがとてもいやでした」
「ヘーッ。なんでバカネコ」
「本名がチバ カネコですからチをとってバカネコって中学まで呼ばれてました」
「ウーム」
「還暦のお祝いのとき男子の同級生にバカネコと呼んで申し訳ないと言われて・・・」
「なるほど」
「でも、高校に入ったらカネコだからニックネームがベルコになったんです」
「ホー」
「ベルコなら良いなぁと思ったんです」
「それからズーッと?」
「はい、いまだに同級生はベルコと呼んでいます」

 まぁ、こんな感じで高校入学後に楽しく過ごしたことを大笑いしながら話してくれた。それにしても「馬鹿猫」のネーミングはすごいなぁ。
 以前、ボクらは酔っ払って言った冗談を思い出す。太田裕美が郷ひろみと結婚したら郷裕美になるんだろうかとか。タマ子さんが金さんと結婚したら・・・など。まぁ、馬鹿話ですけれど。
 何気なくニックネームをつけるのだが気になる名前。気に入る名前いろいろありますねぇ。彼女が言いました。

「うちのお父ちゃんは最近言うんです」
「なんと?」
「昔なばベルコにムラッときたども、今なばイラッとくる」
「・・・」
「マンズ・・・」

と、まぁベルコさんにのろけられてしまった。 そして、高校に入って心機一転で良いことが一杯あったそうで・・・。良かった良かった。



今宵はこれから依頼されたCDの編集に入ります。 結構、大仕事になりそうです。ビールはその後です。と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。

JA7AGOさんの葬儀


73

 今日は仕事を休んだ。それは大先輩である冨樫さんの葬儀があったからだ。冨樫さんはアマチュア無線でとてもお世話になった方である。コールサインはJA7AGO。「エー・ジー・オーさん」と呼んでいた。ローマ字読みをすると「あご」さんになる。
 「あご」さんの思い出がある。20年以上前にボクはお遊びで冨樫さんに絵手紙を出した。そこには漫画サザエさんにあった絵手紙を真似て「顎」を強調して宛先を描いた。手紙の内容も下手くそなカット絵を配置した。AGOさんはその手紙をとても喜んでくれた。つい先日まで「あれ、まだ持ってるんす」と飲めば話してくれた。

 25日(土)秋田市の川反で飲んだことは昨日のブログに書いた。実はその席で冨樫さんの突然の逝去の話がされた。参加していた誰もが驚き困惑していた。
 ADXA(THE AKITA DX ASSOCIATION)のエディターで、皆のまとめ役で、笑顔が素敵でなによりも酒好きで温厚な顔を思い浮かべたはずだ。
 ミーティングで飲みつぶれるまで飲んだこと。最近は酒量がお互いに減ったことなどなど話したことを想い出す。いろいろな思い出が浮かんでくる。

 今日の葬儀では多くの参列の方がおられた。もちろんアマチュア無線の仲間たちもたくさん参列していた。それだけ慕われていたことだ。慕われていたと言えば何人かの弔辞で7人の孫の代表で中学生くらいのお嬢さんが話した。

「おじいちゃんの膝の上が一番好きでした。そこは4人兄妹の中で私は譲れない場所でした」

ここでボクの鼻はツーンとして鼻水が流れてしまった。

「おじいちゃんに肩車をしてもらって、頭をパシパシたたきながら、おじいちゃんの髪の毛はどうしてないの。と、聞いたら・・・皆に分けてやったから・・・」

それは反則ワザだ。と、思いながら目から涙がドーッと流れ出てしまった。AGOさんがうらやましいなぁ。オレも孫にそう言われたいなぁ。そして「オレの髪の毛は皆にわけてやったから」と孫に言いたいぞ。そこまでは生きなければと心に誓った。

 JA7ZPさんもアマチュア無線の仲間を代表して弔辞を述べられた。ZPさんはAGOさんとポナペ、モンゴル、カリブ海などなど海外を一緒にアマチュア無線を運用する旅をした。もちろん国内も2人で一緒にまわっている。その様子を弥次喜多道中にたとえて思い出を話された。
 ZPさんのお話を聞きながら「仕事は趣味のように、趣味は仕事のように」と言う言葉が頭の中をかけめぐっていた。AGOさんは「趣味は仕事のように」を体現されておられたのではないかと思ったからだ。
 ZPさんが弔辞の最後に

「アマチュア無線の言葉でサヨナラを言います。73(セブンティー・スリー)」

またまた涙がにじんでしまった。

 葬儀が終わってから誰かがしみじみと言った。

「AGOさんのコールサインが変わるなぁ」

そうかぁ。それって戒名だよなぁと思いながら祭壇の正面に行き卒塔婆とAGOさんの写真を撮してきた。写真の左上に何とか遺影があります。卒塔婆には次のように書いている。

『徳匠院直道孝心居士』

和尚さんでないから戒名の解説はできないが読んで字の通りだなぁと思ってきた。AGOさんのコールサインも想い出も永遠にボクの心に刻まれた。合掌。

   ほほえみの写真はやはり冨樫さんボクは死なない忘れぬためにも



葬儀が終わり高速道路を帰る途中西仙北ICに寄った。レストランの窓から見える向こうには風が通りすぎていた。これにて本日のブログは終了です。AGOさんに献杯。

センスがない


ピント

 何だか話している内容がずれている人間を「あいつはピントがずれていていなぁ」と昔は言われた。最近はあまり使わないようだが・・・。
 昨日の『虫×撮』講座で写真を撮るときの心得というか考え方を小檜山賢二さんから教えていただいた。

 1.写真を撮ったら発表することを考えよう。
 2.写真を撮る技術を速く得よう。
   基本的には手ぶれとピンぼけは注意することは基本中の基本
   シャッタースピードと絞りを確認
 3.自分はどういう写真を撮りたいのか意識しよう

 と、まぁ写真を撮る人にとっては基本的なことなんだろうが・・・。ボクにとってはとても新鮮な情報だった。ありがたいことだ。

 吉幾三の歌を思い出していた。

 ♪テレビもネ- ステレオネ-
   オラの村には電気がネ-

 ピントもネ-、構図もネ-、オラの頭にはセンスがネ-。つまり、写真でも何でも最終的には『センス』が大切だと言うことがわかったのです。そして、実習で撮った生きている象虫(1僂曚鼻砲離團鵐箸ずれまくっている。ボクはすべてにピントがずれているのである。ウーム・・・。


木戸家にて

 秋田市川反に木戸家と呼ばれる居酒屋があった。「あった」と言うのは、この店にボクは初めて入ったからである。
 25日の夕方からアマチュア無線の仲間たちが秋田市内のゴルフ場で「もぐらたたき」と称するコンペをおこなったとのこと。参加者は北海道、岩手、東京もちろん秋田。アマチュア無線の届く電波と同じように広範囲な交流会である。
 ゴルフは数値が多くなるほど上手な人だと思っていたら、どうも違うらしいことが薄々わかってきた。数値が少ないほど良いらしい。同じ金を払ったら一杯たたいたら良さそうなもんだが・・・。ボクはゴルフをやらないのでシステムがよくわからないし、もちろん取り組むことはないだろう。
 15~16名ほど参加したが集合写真を撮れなかった。そこで3名の方を撮影。写真の三人衆は大先輩のお父さんたちです。右端の方がGDUさん。中ほどがNIさんそして右の方がJK1OPLさん。日本でDXに取り組んでいる人たちなら誰でも知っている御大たちだ。ゴルフ命。って感じの笑顔ですねぇ。
 ボクは酒ッコの冷やをグイグイ飲みながら帰った。良く言われることですが「親の説教と冷や酒は後できいてくる」の通り帰りの車中で頭がグルグル回っていました。
 楽しくそして悲しいプチ・ミーティングでした。悲しい理由は明日書きます。


雨の盛岡

 下の写真は盛岡駅から開運橋方面に出る地下通路の一部である。ブライトリング腕時計の広告がある。いつも盛岡駅前地下道を通るときに眺める。間違っても買うことはできないなぁ・・・。
 宮城から盛岡経由で帰ってきた。ズーッと雨降り。平日にもかかわらず東北道は混み合っている。被災者や罹災者への高速道路無料政策のためICの出口では証明書の確認作業で渋滞が発生していた。そして夕方の通勤時間帯には被災地にアクセスできる一関、水沢などは高速道路の部分まで渋滞がはみ出す状態だ。

 まぁ、それはともかくとして盛岡の駅前で用事が終わりそのまま帰ってきた。

  「もりおか」の駅の名前は啄木の筆跡と知りやはり盛岡



明日は大先輩の葬儀に行き焼香しなければ、自分の心の整理がつかない。今宵は献杯です。これにてブログは終わります。

写真撮影講座


虫×撮

 今日は秋田県立近代美術館で写真家の小檜山賢二さんの『虫×撮』と題する写真撮影講座と小檜山さんの本『象虫』の解説がおこなわれた。
 参加料無料。これに参加しない手はない。20人限定だったがかろうじて間に合ったようだ。
 写真は講習会で撮影した写真。これは酷評だった。うーむ…。そして下の写真は小檜山さんの本『象虫』を美術館で購入してきた表紙を一枚。なかなかに素晴らしい。こんな動物が身近にいるのです。

 話変わって…。講習会が終わってから宮城に向かった。高速は混んでいる。おまけに築館付近で事故による5キロメートル以上の渋滞。まったく頭にきます。だから渋滞を「しぶたい」と読みたくなってくる。ちょっと倒錯しています…。
 あまりの混雑と渋滞で築館ICで降りた。そしてひたすら一般道を塩竃に向かう。
 と、言うわけで予定よりも1時間以上遅れて先ほど到着。これからビールと日本酒で一杯やります。
 昨日のミーティングと今日の講習会についての詳しいことは後日書きます。本日は生存証明だけでブログ終了です。

勝手に観光協会(横手編)


古里はありがたきかな

 本日は文化祭の本番。朝方少し残った雨は午後からすっかりと晴れ上がり少し気温が上がった。
 玄関には各クラスが作った1.8メートル四方の『ちぎり絵』が飾られている。ちぎり絵とは細かく指で引き裂いた色紙をスケッチに沿って貼り付けてゆく『貼り絵』である。山下清画伯とまではいかないが『ちぎり絵(貼り絵)』の雰囲気は味わい深い。

 今年のテーマは横手をイメージすると言うことらしい。それぞれのクラスは文化祭の始まる前から放課後などに皆で一生懸命に紙をちぎっては貼り付けてゆく作業をしていた。
 それがズラーッ玄関から横並びになっている。写真に写すことができないので1枚1枚をコラージュして並べてみた。一堂に並べると見事に横手の観光案内になっている。

 本日は久しぶりに『勝手に横手観光協会』開催である。描かれているのをピックアップしてみると次のようなラインナップだ。横手が一度に満喫できるのである。まぁ、ちょっと肩を入れすぎていますが・・・・。

 横手の梵天(ぼんでん)・横手城・かまくら・大森の芝桜・十文字のハクチョウ・横手焼きそば・釣りきち三平(漫画美術館)・大雄の熱気球・横手送り盆の屋形舟。

 すごいですねぇ。別に打ち合わせをしたわけではないんでしょうが、それぞれの『勝手に横手観光協会』テーマが棲み分けされている。さらに左上隅の「横手には想いがある~ぼんでん奉納~」で紺のハッピを来ている4人の頭を見てもらいたい。形がなんとまぁ・・・・。ボクの頭蓋骨の形なんですねぇ。ハイ。

     横手には横手の祭り子どもらの心の中に豊かに住みて


そうそう今春、他の仕事場に転勤されたいろいろな人たちが文化祭に遊びに来て下さった。いいですねぇ。
ドタバタしていて時間がなく少ししか会話できなかった。だが皆頑張っていたり悩みを抱えていたり・・・。歌謡曲ではありませんがこれも人生です。若者たちよがんばってゆこうゼ。知人との再会は嬉しいことです。
さて、今日はこれからアマチュア無線の仲間たちの一杯飲みで秋田市へGOである。そんなわけで早めのブログアップです。

100年前と変わらない


洪水

 昨夜からの大雨が200个鯆兇┐燭箸里海函F邀阿琉貮瑤涼楼茲覆匹波鯑饂惻┐出ている。長い時間にわたって雨が降り続いたので下流域にあたる場所が洪水になったようだ。

 写真は帰り道、雄物川にかかる橋の上から覗いた川の様子。川幅が4倍以上になっている。氾らんを予定している部分にどんどんと濁流である。これは大変なことだ。
 我が友人。本店の社長の会社付近でも大水で大変だったと聞く。お見舞い申し上げたい。

     人多し濁流見つめて土手の上田畑思う気持ち伝わり


最後のステージ?

 今日から文化祭。大雨の中で前日祭。幸い、校舎のある一帯は洪水とは縁遠い場所。外は篠つく雨であるが室内は問題なく準備などができた。

 前日祭は生徒諸君の発表の場でもある。どちらかと言えばシャイな子たちが多い。それでもダンスやらバンドやらカラオケやらに取り組んで発表する子たちがいる。なかなかいいですねぇ。
 その間に5分間だけボクの出番を用意してもらった。演奏は基本的にはアドリブ。一曲だけは大震災の応援歌として『ひょっこりひょうたん島』をやることに決めていた。

 ♪苦しいこともあるだろさ
  悲しいこともあるださ
  だけどボクらはくじけない
  泣くのはイヤだ笑っちゃお
  進め~ひょっこりひょうたん島

 そして、ブルースコードを弾きながら歌詞をどなりまくるというパターン。ちょっと味付けにハーモニカを入れて・・・。

 考えてみればこんなパターンで何回もステージに立たせてもらった。今年はこれが最後になるだろう。と、言っても別に大きな感慨はなくただ淡々と大声でギターをかき鳴らした。シャイなボクにとってはとても素敵な経験だった。
 良い場面を作ってくれたことに感謝したい。


『東北・作られた異境』

 河西英通さんの著書。中公新書。2001年の発行で2010年に5刷になっている。これを先日、ボクの大好きな大曲の平山書店の平台から買ってきた。大震災の関連の書籍を並べていた。

 内容を簡単に言えば「東北」が歴史的にどのような捉え方をされてきたかを述べている。そこには東北に対する差別があり蔑視があり・・・・。それでも向上するために努力してきた歴史を掘り起こしている。この中に「アリャリャ、今と同じジャン」と思う内容がある。

 東北向上のために1896年頃に岩手県の山田と秋田の船川をつなぐ鉄道を計画した。ところがこの計画は二つの天災で打ち砕かれたとのこと。一つは同年6月に起きた「三陸津波」。そしてもう一つは同年8月の六郷大地震(千屋断層のできた陸羽地震)だった。三陸津波について同書では次のように書いている。

『(東北横断鉄道の計画がダメになった理由の三つ目として)津波以前にすでに醸成されていた差別的な眼差しの存在です。「海嘯地余話(三)」は、今回の津波が東京や東海道でおこったならば、世間の同情はもっと集まっただろう。三陸が「東の奥の辺僻」で人々が「未開の蛮族」と思われていたから、世間はあまり同情しなかったのだ、と報じています。赤十字の医者はまるで獣を治療するかのように患者に接し、国庫の補助も微々たるものだと指摘しています。三陸は自然災害としての津波の前に、すでに社会的な差別の波をうけていたのです』

 ここの部分を読みながら布団の上に座り直してしまった。なんてこった。100年前と今とほとんど変わらないじゃないか。
 震災復興とは口ばかり。政治家のやることは自分たちの権力闘争だけだ。
 そして、フクシマ原発の電力は東京や関東地区に持って行く。核のゴミ捨ては六ヶ所村。まったく差別そのもの。

 この内容が3.11大震災の前の著書であるところに意味がある。まったく腹立たしいのである。



と、言うわけで少々腹立ちまぎれで本日のブログはこれにて終了。日本酒で気持ちをなだめなければ・・・。

本の付録(その3)


大雨

 梅雨入りしてから本格的な雨だった。予報では大雨注意報やら警報やらが出されている。それだけ、まとまった雨になった。帰りの雄物川はかなりの濁流である。
 村を流れる川の水量がかなり減っていたので振りすぎなければ恵の雨になる。災害のないことを願いたい。

    ずぶ濡れで歩いてゆく高校生気持ちはわかる今日の雨なら


大人の科学

  本棚の片隅に「大人の科学」が何冊か並んでいる。付録付きマガジンであるが、マガジン付付録かもしれない。何年も前に購入したのだがほとんど組み立てることもなく本棚に置かれいる。そして、別な本棚には付録付きの昔の雑誌「ラピタ」などがあった。
「大人の科学」の付録として『二眼レフカメラ』『ニュートンの反射望遠鏡』『ポンポン船』『鉱石ラジオキット』『ピンホールカメラの組み立てセット』『』『エジソン式コップ蓄音機』『ベルリナー式円盤蓄音機』『紙フィルム映写機』
「科学のタマゴ」の付録として『鉱石ラジオ入門キット』
「ラピタ」の付録として『お菓子のおまけで、あの頃へタイム・スリップ』、『自走する鉄道模型』、『トヨタ2000GTという怪物(ミニカー)』。この他、万年筆が二本付録に付いていたのだが、こちらは現在使用中。
 まぁ、こんなラインナップ。

 想い出すのは『ポンポン船』である。ブリキでできている小さな船の中に二本の金属管がある。それが薄っぺらなボイラーにつながっている。そこに水を入れて下から小さなロウソクで熱する。するとポコポコポコポコと水面を走りだすのである。嬉しくて何度も何度も船を走らせた。
 そのうちボイラーが空だきになってしまったらしい。ボイラー部分と管の部分の接点が外れてしまった。
 今は亡き父が「これはラジオ屋に持って行って半田付けしてもらえばいいかもしれネーな」と言う。てっきりボクはやってくれるものだと期待していたのだが一向に父は動く気配無し。その後、すっかり忘れてしまいポンポン船は忘却の彼方に・・・・。

 それが今は本棚の中にある(はず)。付録ネタはこれにて終了です。


名門高校の野球部不祥事

 まずは仙台育英高校。4月に部員7名が多賀城市で震災で閉店していた書店に忍びこんだ事件。これを宮城県高野連も報告をせずにいたとのことで育英高校と宮城県高野連が厳重注意になった。ただし、夏の大会の出場はOKとのこと。

 火事場泥棒はただの窃盗や万引きよりももっと「たちが悪い」とボクは考える。また、育英高校かぁと言われかねない。はたして、夏の大会に出場するかどうかボクは個人的に注目したい。

 次に天理高校。3年生部員が後輩部員に暴行を加え、顔の骨を折るけがをさせていたことが23日、分かったという。暴行を受けた部員を見た野球部長が問いただしたところ、部員は「ボールが当たっただけ」と話したが、17日に外部から情報提供があり発覚したという。この部員は顔などを骨折し10日間入院した。他の2人に大きなけがはなかった。飯降成彦校長は、「学校としての責任は免れず、関係者や県民におわびする。7月9日から始まる奈良県大会への出場は辞退する」などと謝罪した。 

 暴力事件。こんな話を聞くだけでザワッとする。何しろ天理高校は今月11日に行われた近畿大会で優勝したチームだ。その後の事件。体質が問われても仕方がない。部員は可哀想だが天理高校校長の判断はある意味仕方がないかもしれない。



今朝、6時50分頃に地震。ちょうど、その時にトイレに座っていた。何だかボクを押したり引いたりするヤツがいる。なんてこった。今はトイレ中だぞ。と、思っていたら不気味に揺れている。久しぶりに長い周期の地震だった。トイレからどうやって避難するかを一瞬シミュレートしてしまいました。
と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。

本の付録(その2)


ハコネウツギ

 隣家との境の垣根にハコネウツギが咲きだした。色の変化がいいですねぇ。


「ラストイニング実況中継」

 朝日新聞(2011.6.15付)のラジオアングルというコラムに『架空の高校野球実況』という記事が掲載されている。
 
 内容は第48回ギャラクシー賞ラジオ部門で、ニッポン放送のホリデースペシャル『ラストイニング 全国高校野球 県予選決勝 聖母学苑対彩珠学院』(昨年12月放送)が優秀賞に選ばれた。と、ある。

 ギャラクシー賞って何だろう。調べてみたら次のようになっていた。1963年に制定された日本の放送文化に貢献した優秀な番組・個人・団体に贈られる賞とのこと。
 ちなみに今回の第48回目は秋田のABSが制作したNNNドキュメント「夢は刈られて 大潟村・モデル農村の40年」が選出されたとのことだ。6月26日の昼に再放送があるらしいのだが・・・。

 さて、本題。あの(何のための「あの」かわからないが・・・)名作高校野球コミック『ラストイニング』がラジオで放送されたのだ。それも実況中継として。朝日の記事を簡単に要約する(ほぼ引用・・・)。

『この番組は漫画「ラストイニング」に描かれた試合の架空の実況放送だ。同局(ニッポン放送)の煙山光紀アナウンサーが、最後は声が裏返る迫真の演技で実況し、アンジャッシュの渡部建が解説した。「カキーン」という打撃音を実際に録音しに行ったり、決勝戦の雨音を再現したりと、効果音も凝りに凝った。
リスナーからは父が「今ごろ野球をやっているよ」と言いながら帰ってきました」などと反響が続々寄せられた。
企画したパーソナリティー吉田尚記によると念頭にあったのは1938年の米国のラジオ番組火星人が地球を襲撃するSF小説「宇宙戦争」がニュース形式で放送されて、実際に大騒ぎになったと伝わることだった。
「そのくらいのリアリティーのでやりたかった。漫画には魔球は出てこないし、スコアブックがつけられるほど。一度だけ驚かせる再現の可能性を感じたんです」と語っている。
実況するというのは完成された芸なのだと感心する。ラジオにしかできない悪意のないウソが楽しい』

 で、この記事の中に『作品の第29巻には実況放送のCD付き特別版が発売されている』と書いているではありませんか。
 ヤバイ、まだ第29巻は購入していなかった。まして、こんな貴重な付録が付いてることさえ知らなかった。早速、調べたら特別版はすでにソールドアウトらしい。
 それでも探したらほぼ新品の中古として販売しているサイトがある。少し高価だが当然購入だ。おそらくここのサイトではコミックの販売と同時に買い占めたんだろうなぁ。まぁ、そんなことはどうでもいい。すぐにワンクリック。

 先日、届いたのが写真の内容だ。CD2枚付録が付いている。
 Disc-1を聞きながら「ラストイニング」第23巻を引っ張り出して1回表から県大会の決勝戦を聴いた。
 ワクワクどきどきの展開である。本当にスコアブックをつけることができるような展開なのだ。

 コミックでは登場人物の心理描写などもある。つまり、プレーヤーサイドで展開している。しかし、ラジオの(CDの)実況中継では放送室でのアナウンサーと解説者たちだけの話術で試合は展開される。これがなかなかに面白い。

 そして、Disc-2になるとクライマックス。9回の攻防からスタート。
 ネタばらしになるので詳しいことは書かないが9回表彩珠学院の攻撃。
 一死二、三塁。打者の強烈な打球はショートライナー。聖母学苑のショートがファインプレーで好捕して二塁に転送。二塁から飛び出していた走者は塁に帰れずアウト。ダブルプレーが成立。チェンジになる。
 ところがスコアボードにはそのプレー後に1点が加えられているのだ。どうしてなのか。はたしてその結末は・・・・。

 迫真の実況中継がいいなぁ。だいたい、ラジオの実況中継なんか一度聴いたら聴き捨てだ。それを改めて聴くという経験も捨てがたい。

 なかなか嬉しい付録であった。

「ラストイニングがおすすめですよ」

と、言ってくれたKK君に感謝だ。夏は実際に応援にまわろうゼ。

 と、言うわけでここ何日間で付録を楽しむことができた。

    走る捕る打ち投げすべる耳で聴き野球中継ラジオは目です


今日は群馬で35℃超えの気温を記録したらしい。栃木の友人からも暑かったなぁとメール。これから本格的な夏になる。節電と我慢。だから原発は必要ですの流れになってはいかんと思う。
と、言うわけで本日はこれにてブログ終了です。ビールを飲みながら、読書をしながら、付録のCDを聴きながら寝ます。

本の付録(その1)


アカヤマボウシ

 例によって我が家のアカヤマボウシ。少しずつ少しずつ赤みが増してゆく。ネタがないなぁと困ったときの写真で登場する可愛いヤツラだゼ。


ミニ フィールド ワーカー

 先日購入した雑誌「Be-Pal」には写真のような工具(ツール)『ミニ フィールド ワーカー』が付録についてきた。直訳すれば『小さな野外の働き者』でしょうかねぇ。十徳ナイフのようなものだ。これが欲しくて雑誌を買ったようなもの。
 何に使うの?と聞かれても答えようがない。持っているだけでうれしいのです。ハイ。
 さらにロープの結び方という冊子も一冊おまけについている。これだけで「もと」をとったような豊かな気持ちになる。本誌は正直いりませんですね。
 付録はどんなにガラクタでも心を動かす隠れた何かがあるなぁと思う。

 昔々、「少年」「少年画報」「冒険王」などという雑誌があった。毎月購読するのは親が許してくれなかった。それでも時々は買ってくれて子どもたちを喜ばせてくれた。

 お許しが出た時に悩むのは「少年」にするか「少年画報」にするか「冒険王」にするかだった。さすがに「漫画王」は読みたくなかった。

 「少年」には組み立て系の付録が必ずついていた。ちょっと厚手の紙を組み立てる程度だボクの心をくすぐった。付録で作った飛行機凧の翼がクルクル回りながら空に浮かんだ嬉しさは今でも思い出す。それが、その後凧の本などを買うようになった動機かもしれない。
 「少年画報」には十大付録などと名うってマンガの別冊が10冊もついていた。本誌よりも付録が分厚い状態だった。マンガを満喫できる。捨てがたく買おうかどうか悩ましいのである。
 そして「冒険王」は赤胴鈴の助やイガグリ君が連載されて人気があった。別冊付録にも人気マンガが掲載されていた。

 兄弟で一冊しか買ってくれなかったので組み立て系の「少年」は弟たちはあまり喜ばない。そうなれば兄弟皆で見るために落ち着くのは「少年画報」や「冒険王」だった記憶がある。

 最近は「大人の科学」という付録がメインのような雑誌(本)もある。真空管ラジオやエジソン式の蓄音機や二眼レフカメラなど、工作好きの老人の物欲をくすぐる品ぞろえ満載なのだ。
 この本を購入して何冊か持っているのだが組み立てずに保存しているだけである。いつか作ってやるぞ。と、思っているのだが何時になりますか・・・・。付録が欲しくて買ってしまうのは昔から変わらないのであります。

 付録はすぐに壊れれてガラクタ化する。でも、欲しい物は欲しい。だから幾つになってもついつい手がでてしまう。

  付録ってガラクタばかりなんだけど少年の夢紡ぐアイテム


東北地方は梅雨入りしたと発表された。今日も、朝から何となくぐずぐずした天気だったが昼頃から雨になった。
来月20日過ぎまではっきりしない梅雨特有の天候になるだろう。それはそれで日本の風景だ。しかし、震災の被災地にとっては一層つらい時期になるのが気の毒である。
これにて本日のブログは能天気に終えることにします。
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