孫のためにも絶対反対


能代にて

 写真は大きや夕焼けが日本海に沈もうとする一瞬です。あわててカメラをかかえて撮ったので夕焼けが一瞬ずれています。まぁ、そんな感じで。

 その後、とわ達の両親たちと一杯。
 どうしたんだい。ビールなんか飲もうとして・・・。それじゃあ停学になるよ。孫娘とわに逢いに行ってしまった。ウーム・・・。
 お父さんとジサマとが酒盛りをしている。彼女はシルバーの缶が好きらしくかかえてなめている。なんてこった。これじゃあ。親の因果が子に移り、ジサマの因果がやばくなりだ。

   恋人を恋する歌があるならば孫の歌ですとわよとわよに


話にならないぞ

 原発の安全性が確認されたら運転再開してもらえるように働きかけると海江田通商相が言い始めた。
やっばりねぇと思わざるを得ない。財界から突き上げを食らっているのだろう。

「夏場に電力が不足すれば会社がたちゆかない。早く稼働しろ」
「でも地方が・・・」
「そんなのは金を払えばどうにでもなる。問題は早く我々の企業を順調にすることだ」
「でも国民が・・・」
「それなら従業員を解雇するぞ」
「・・・」
「次回の選挙は応援しないからな」
「それは困ります」
まぁ、あくまでもボクの想像ですがこんな構造だと思う。

 原発の再開にボクは反対である。電力が不足でも、もしかしたら停電があっても、少々電気料が上がってもある程度の我慢はする。それよりも「安心」が大切だ。

 推進する彼らは完璧な安心はありません。どんなことにも危険性はつきものてす。だから原発の安全性さえ担保できたら稼働すべきだ。と、言うだろう。

 しかし、待ってください。 一つの例としてあくまでも仮定の話を考えたい。
 最近展望台への入場料が話題むスカイツリーが倒れたとしよう。多くの犠牲者がでることは間違いない。だが被害や保証はそこの場所での解決が図られるのだ。
 だが、原発の場合はどうですか。万が一事故が起きたとすると被害は「そこの場所」で収まるものではない。日本全国いや世界各地に被害をまき散らすのだ。
 安全や安心の「質」が本質的に違う。被害や迷惑の及ぶ範囲がけた外れだ。今のフクシマを見たら一目瞭然である。
 誰かが言ってた。「開けてはいけない火」「使ってはいけない火」なのだ。まぁ地獄の釜のふたを開けたのだ。やはり閉じるべきだ。使ってはいけないのだ。核は平和利用はあり得ない。理科教師のボクでも間違いなくそう考える。


と、言うわけで本日これにて終了です。
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