高校野球三年間の軌跡


大会パンフレット

 今朝、職場の皆が集えるテーブルの上を見たら「第93回全国高校野球選手権秋田大会」のパンフレットが一冊置かれていた。誰かが買ってきたのだろう。そうかぁ、もうすぐ始まるんだなぁ。

 このパンフレットの特徴は出場校の全部員名簿が巻末に掲載されている点である。確かにパンフレットのメインの内容は背番号をもらった選手名が掲載されている。だが、ベンチ入りできなかった子ども(部員・マネージャーも含めて)たちの名前も全員が掲載されているのだ。こんな体裁のパンフレットになった経緯を思い出す。

 10年ほどさかのぼる。その当時のパンフレットは同じ判型でありページ数も同じように作られていた。内容はベンチ入りメンバーがメインとなり、あとは大会展望などに多くのページが割かれていた。

 その頃に古巣の監督が大阪の高校野球視察に行った。その時に「大阪大会」のパンフレットを1冊持参した。彼が言う。

「この中には秋田県大会の秋商対金農の決勝戦で10点差逆転試合のことが書かれていま
す」
「フーン。どんなふうに」
「あきらめずに10点差を追いかけて逆転した金農についてはもちろん」
「ほう」
「試合後にお互いの選手同士が健闘を讃えあったことが美談として掲載されています」

なるほど。と、読んでみた。その試合は球場で見ていたので記憶に残っている。その後で元同僚が言う言葉が衝撃的だった。

「実はそれもそうですが、もっと別な話を伺ってきました」
「どんなこと?」
「巻末を見てください」

大阪は出場校も多い。パンフレットそのものが分厚い冊子になっている。その巻末には多くのスペースを割いて参加校の全部員名が掲載されるではありませんか。彼は続けて話してくれた。

「あるチームの保護者がこのパンフレットを3年間分を持っていて」
「うん」
「ここに私の子どもが高校野球に取り組んできた歴史がありますと言ったそうです」
「・・・・」

ボクは言葉がなかった。確かに3年間必死に高校野球に取り組んでも結果としてペンチ入りできない子どもたちはたくさんいる。この大阪の取り組みはその子どもたちに日を当てるものだと思ったからだ。秋商対金農の「あの」試合も大切だが、それを別の角度からとらえた「もの」がここにあると強く感じた。

 その頃、ボクはたまたま高野連の常任理事をしていた。大会の事前打ち合わせで大阪のようなパンフレットができないだろうかと話題にした。
 詳しい議論は書かない。結果的に当時の朝日新聞秋田支局長が大会展望などのスペースを削って全部員を掲載する英断をしてくれたのである。

「全部員の名前を掲載するスペースを確保しましょう!」

 この言葉は今に続いている。あれから10年は経過している。47都道府県でこのようなパンフレットを作っている所がどれだけあるかは知らない。だが、ボクは秋田県の高校野球はとても素晴らしいことを実践していると思う。

 高校野球は(どんなスポーツも)一部のレギュラーだけで成り立っているわけではない。多くの部員たちとの共同作業である。だから見る人たちや応援する人たちに多くの感動をうむ。子どもたちもその取り組みの中で大きく成長する。

 たとえパンフレットのレギュラーのページに名前がなくても、この一冊に刻まれている小さな部員名には高校球児が取り組んできた貴重な歴史がある。それに気づかせてくれる。さぁ、明後日から大会は始まる。

    夢に見たベンチ入れず下を向く君らのおかげ忘れまいぞと               


今日も30℃超えである。高校野球とインターハイに出場するバレーボール部の壮行会がおこなわれた。応援委員たちは炎天下で練習をくり返していた。月並みだがやはり青春だなぁ。ボクは室内でウロウロと・・・。これにて本日のブログは終了。

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