当事者能力なしの東電


高校野球三日連続雨天順延

 ボクが高校野球に携わっていた頃に連続で3日間延びたことがあったかなぁと考えてみた。しかし、あまり記憶にない。夏の大会が3~4日延びたことはあったと思うが連続で順延はなかった。
 残念ながら高校野球がないので少し寂しい。そして、雨が降ると何だか気持ちは落ち込んでしまう。明日以降の予報もよくない。高校野球の運営に皆さんにとっては気の毒なことだ。

 夕方、ガラクタの中から出てきた小さな「ソーラーラジオ」のスイッチとなる2.5个離ぅ筌侫ンが欲しくて百均に行った。その時に雨があがり遠くの山には霧がかかっていた。

    ガソリンを給油する子は元球児笑顔と声に元気をもらう


菅直人前首相インタビュー

 菅直人前首相インタビューの様子が今朝(2011.9.19付)の魁新報に『菅前主将の発言要旨』として掲載された。
 ここには3.11に福島第一原発で起きた事故についての話が掲載されている。この記事では、これまでも報道はされていた内容があらためて前首相の言葉として記録されている。
 この記事を読んでいてあきれて口があんぐり開いてしまう内容があった。それは3月15日のこと。前通産相海江田氏から菅首相に次の相談があった。
「東電が第一原発から撤退したいと言っている。どうしましょうか」
菅首相はありえないこととして
「一体どういう事なのか」
と、尋ねると、社長から話があったと言うことだった。そこで社長を呼んで「どうなんだ」と聞いたら、はっきりしたことを言わない。「撤退したい」とも「(撤退)するつもりはない」とも言わない。放置していたらグリップが効かなくなると思ったので、政府と東電の統合連絡本部を作ることを提案し、東電本部に置くことにした。そして菅首相は次のように強く発言。
「とにかく撤退なんてあり得ない。大変なのはわかっているが、何としても皆さんで頑張ってもらわないといけない」
それからは情報がスムーズに流れるようになったと言う。

 週刊誌などでは東電が撤退する気持ちがあったと報じられていた。それが実際にその時の首相が認めている。まったくなぁ。東電は当事者の認識がゼロだった。もし、撤退したらどうなったか。菅首相は最悪の想定もしていた。
 その想定内に200辧腺横毅悪匏發糧鯑颪必要という内容もあった。そうなった場合には首都圏がすっぽりと入り3000万人の避難になり日本が社会的に機能しない状況に陥る。国が国として成り立つかの瀬戸際だった。と、前首相は話している。

 政治のトップにいた人が発言しているもう一つ重要な話がある。それは次の通り。

『原発を「危険だ」という人がいたのだから原発安全神話は作られたものである。(原発を推進した勢力は)原発を安全性を高める方向にするのではなく、原発を「危険だ」という人の口をふさぐ努力を電力業界はやってきた』

 政官学一体になって反対の声を押しつぶしてきたことを前首相は認めている。

 そのようなことがあり、菅前首相は脱原発の方向へと舵を切ったことになった。そして、今は・・・・。なんだか原発を維持してゆく方向になるような「きな臭い」空気が漂う。だが、それでも原発はいらないとボクは考える。


今日の気温は突然20℃割れ。涼しさを通りこして肌寒さを感じる。孫娘とわが今日から泊まりにくる。これにて本日のブログは終了です。
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