捨てたもんじゃない


大晦日

 塩竃は晴天。風強し。柿の木に実はまだついているのだがカラスもあまり寄っていない。もっと熟するのを待っているのかもしれない。

 孫のとわちゃんと塩竃の家から散歩に出る。晴れてはいるのだが風は強い。彼女の頭に帽子をかぶせているが邪魔で仕方がないらしい。まぁ、こんなもんでしょう。過剰防衛でちょうどいいのかもしれない。

 今年のことは日本のことを考えたら何と言っても3.11につきるだろう。何があろうと被災地の復興が最優先だとボクは考えている。もちろん原発事故の復旧も(と、言っても相手が放射能だから難しいのだが・・・)大切なことだ。

 ボク個人のことになるのだがそれなりに生きてこれた。何よりも孫のとわちゃんが同居していることがどれだけジジにとっては生きがいになっていることか・・・・。
 そして、教壇に立っていられることの幸せである。「もう辞めてもいいんでねーの」いろいろと言われる。だが若い子どもたちとの交流と彼らの成長を見ることの豊かさと楽しさを仕事としてできることにありがたさを感じている。もちろん職場で若い同僚たちとの交流もいいなぁ。
 一つの趣味として短歌を考えることがボケ防止の効果を実感できたことも今年の一つの成果かもしれない。
 そして、有馬記念で5-9当たり。これでまぁ、宝くじは当たらなくても良しとしましょう。

 下の写真は本店の社長の家に飾られていた雪だるま。彼の家でも初孫が誕生した喜びでジジである社長が雪だるまをこしらえていた。いいですねぇ。

   生きている人はジンワリ生きているだから世の中捨てたもんじゃない

これにて本日のそして2011のブログは終了です。この拙いブログを見ている方には感謝いたします。良い年をお迎えください。それでは乾杯。 

宮城にて二日目


塩竃にて

 今日はいつもの年末よりも寒い日だったようだ。朝、起きたら小雪がパラついている。風も冷たい12月の年の瀬を思わせてくれのだ。
 終日ウロウロと孫娘のとわの散歩につきあったりしながら過ごす。

 午後は隣町にある新しい温泉まで行きノンビリと過ごす。とは言っても何ともかんとも混んでいましたねぇ。まぁ、年末はこんなもんでしょうね。


新聞から

 少しうろ覚えで書いておきたい。それは福島の原発事故による放射性物質の除染(これもすごい言葉だが・・・)によって生じた中間のゴミ処理の中間施設を福島県の双葉郡に作りたいと政府が依頼しているとのこと。
 予想されたことなのだが双葉郡の人たちにとっては「泥棒におい銭」をせよと命じるようなものだろう。
 新聞などには、このことによって除染作業が進むという人もいる。だが、中間処理の貯蔵をしようとするのだが時間的にいつまでなのか永久的なのか。まったく予想もつかない話であることは間違いない。
 受け入れるのかどうか。それは地元に任されたことなんだろう。だが、遠くから見ているだけなのだが納得がゆかない。原発が作られたことに根本的な問題はあるのだから・・・・。



我が家のとわちゃん。今、滞在している塩竃の家にはセキセイインコがいる。興味津々だが怖いところが半分以上。籠から出ているセキセイインコ(名前をツヨシ)
と言うのだが)見ながら強がりを言っているのである。ウーム可愛いのぉ。と、言うことで本日もボーっとしてブログは終わりです。

    フラフラと何も考えず生きるのは気持ちはいいが辛さ後日に

長靴を履きながら


楽な除雪

 今朝は久しぶりに降雪がなかった。これはありがたいことである。これまで屋根から落ちていなかった雪の塊が玄関先にドサッとあり簡単な除雪作業にかかる。
 当然のように我が家のとわちゃんが手伝いに出てくる。おもちゃのシャベル持っていくらかでも雪をどかそうとするのでありがたいことだ。
 簡単に除雪作業が終了した。


塩竃にて

 年末の休日を利用して宮城に出発。この冬は宮城県も雪が多いような感じを受けた。とは言えまったく無い状態でもある。
 南外にいるときの冬のユニフォームは長靴である。もちろん通勤の足もとも長靴に決まっている。
 当然、本日の履物は長靴。家人は「あやーっみだぐね」と言っているのであるがボクには全く関係のないこと…。


そんなわけで今日から2~3日は宮城県の人になります。生存証明で本日のブログは終了です。

   震災の傷跡いまだそのままで宮城の苦悩すべての苦悩

談志と三平


寒気が少しゆるむ

 さすがに寒気も少しゆるんでくれた。ありがたいことである。少しの休暇時間をとり家の周りの除雪をした。
 寒さがゆるむと屋根には雪止めをしていないので屋根の雪がどんどんと落ちてくる。車庫の除雪に取りかかった時、頭上で一瞬ゴーッと音がする。ヤバイッ。屋根から雪が落ちてくるっ。一瞬、飛び下がったら目の前にドドドドドドトと重い雪が地響きをたてた。直撃だったらクビの捻挫ぐらいなったかもしれない。

    降りしきる冬田の選挙古看板三年前の笑顔ひきつり
 

立川談志と林家三平

 立川談志のCDに「源平盛衰記」がある。これは談志の十八番とも言える一席であるようだ。この「源平盛衰記」は昭和の爆笑王と呼ばれる?故林家三平に教わったとか教えたとかの話がある。

 手元に先代林家三平のCD(もともとはカセットテープだが自前でCDに)の「源平盛衰記」があるので聴き比べてみた。この噺はその時々の世相を噺の中に入れながら噺の筋があるのかないのかはっきりわからない魅力がある。
 談志はポンポンとテンポのよい噺をして客席を盛り上げている。三平は三平流のギャグを噺に放りコミながら噺を進めてゆく。二人には大きな違いがあり当然「源平盛衰記」はまったく違う噺になっている。

 林家三平のCDにおさめられている「湯屋番」の中三平師匠が立川談志について話している。そのままコピーしてみましょう。

『今、落語界で1番頭のいいのが立川談志。この間、大阪で殴られて余計頭がキレたという位でして(笑い)大変です。2番目が林家三平、3番目が月の家円鏡、1番頭の悪いのは、もうどうしようもないのは三遊亭歌奴という。あれはバカですよ、トッチャン坊やのような顔をしていい歳をして「山のあなあなと・・・」。ご親戚の方はいないでしょうね。あれはなかなか良い落語家ですよホントに。私とは同期の桜というんでよく昔よく遊びに・・・・』(昭和43年12月収録)

 この中に出てくる落語家の中で林家三平と立川談志は逝去。月の家圓鏡はいま橘家圓蔵として、三遊亭歌奴は三遊亭圓歌として活躍している。

 談志のCDでも大阪の事件のことを自分自身で振り返っている。次のように談志は話す。 『笑点の収録で大阪に行った際、道頓堀で暴漢に刃物で切られた。その傷を見た毒蝮が「おい、貯金箱だな」と言った』

 まぁ、そんな談志師匠が亡くなってからCDなどを聴いたり、著書を読んでいると色々な関わりが見つかっておもしろいなぁ。と、言うわけです。落語は色々人生を教えてくれますゼ、ダンナ。


我が家のとわちゃん。今日、雪をどかす作業を終えてから一緒にプラスチックそりで遊んだ。ボブスレーの大変さを味わったのです。彼女の喜びはそれはそれは・・・。弾丸娘になるかもしれない。
本日、御用納め。明日から約1週間年末年始休暇です楽しみですねぇ。と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。

原発事故報告書の記事を見ながら


雪の被害

 いやーこの雪には参ってしまいます。この冬、ボクにとっては初の雪の被害が出た。それは車。朝からモサモサと雪が積もった。およそ20センチは積もっている。気温が上がったので重い雪になった。いったん駐車場の車に積もった雪をはらうために外に出た。
 そこでルーフトップに積もっている雪を押したり引いたりしながら取り除きはじめる。車の後方で何だか雪が落ちにくい。ちょっと力を入れたらスイッと雪が落ちた。
 何だか車の屋根を見ると何だか物足りない。アリャリャ。屋根の上にチョコンと付いていた小さな角(つの)のようなラジオアンテナが消えている。あわてて、除雪した雪の中を探したら折れたアンテナがありました。アーァッ最初の雪による被害である。
 アンテナが隠れるくらいの雪が屋根に積もっていたのだ。自分の車のアンテナにも気づかないなんて・・・・。

   ドッドドドー屋根滑りゆく轟音は苦闘の冬の幕開けの音


福島原発事故は起こるべくして起きた

 昨日、事故調査報告書が発表された。各新聞はじめマスコミでは大きく取り上げている。原発の事故に対して「過酷な事故は起きない」という想定で事故を処理しようとした経緯が明かされている。
どこのテレビも新聞も東電と政府とが適切な対応をしなかったために「起こるべくして起きた事故」だったことが浮かび上がる。
  さらに、放射線の飛散する実測データや予測データを公表せずに非難させずに放射線が大量に流れ込んだ地域があったこと(隠蔽)。浪江町の町長は後で報告にきた役人に対して「殺人罪じゃないか」と詰め寄ったという。どんな状況だったのかの一部がピックアップされている。

●非常用復水器の停止、誰も気づかず
●高圧注水器停止報告、1時間遅れ 事態悪化招く
●消防車の使用 ホースの送水口すら知らず
●水素爆発 テレビ報道でやっと事態把握
●15.7メートルの試算 大津波、来ないと背を向け
●過酷事故 想定し出すときりがない
●過去の大地震評価 東電「表現工夫して」
●住民への情報提供なく 避難の先には放射能が・・・

 この報告によって当事者能力の無さが東電にも専門家にも政府側にもなかったことが明らかになってきた。安全に対する配慮が欠如していたことがよくわかる。
朝日新聞には次のような解説もあった。

『報告書は「特異な事態だったからという弁明では済まない」と切り捨てた。とっさの対処に限界があるからこそ、もっと事前に手を打っておくべきだったとの考え方だ。津波など特定の事故原因を求めるのでなく、安全の考え方自体を問題視している。裏を返せば、国全体が40年にわたって危うさを見落としたまま原発を使い続けてきたことになる。我々に原子力を扱う能力があるのかという根本的な問いを投げかけているとも言える』

 今後、日本は危ない施設を使い続けることができるのか。そして何よりも福島をもとに戻せるのか。そこが問われる。ボクははっきり言いたい。原発はいらない。


我が家のとわちゃん。やはり、カメラに向いてくれない。カメラのレンズを見るとそっぽを向いてしまう。それはそれで自我の目覚めなんでしょうねぇ。
と、言うわけで12月の大雪の中でブログは終了です。

ワタの実


一時的に晴れ

 朝方、少し晴れ間が見えた。朝日が昇り始めた時間帯に軽く除雪を始めた。隣の家に朝日のあたる輝きに少し気持ちが引き締まる。そして、横手地方は終日真冬日だった。


コットンボール

 ボクは商売柄テストを作ることを避けて通れない。しかし、テスト問題が簡単すぎたり内容が少なすぎたりすると生徒諸君が解答する時間は余ってしまう。こんな時は受験する諸君には50分の半分ほどはボーッと過ごすことになりかねない。さらに悲惨なのは試験監督の方たちと生徒諸君との「にらめっこ」の時間になってしまうことである。かと言って「ガバッ」と机に突っ伏されて眠られるのはとても残念なことです。

 そこで、ボクは短い「読み物」を試験問題の付録として添付することにしている。読んだ感想も書いてもらう。そして、せっかく書いてくれるのだから行数に応じて少し加点する。今回の付録?は仮説社刊『新総合読本機,覆召箸物語 板倉聖宣・村上道子著』から引用した『ワタの実』だった。 内容を少し紹介すると・・・。

「あなたはワタの実を見たことがありますか。ワタというのはふしぎな植物です。実がよくじゅくすと、からがさけてはじけます。すると、実の中からふわふわした綿のようなものがふきだしてきます。(中略)
いまの日本の農家では、ワタをほとんど栽培していません。しかし、百年ぐらい前までは、日本の農家でもワタをたくさん栽培していました。そのワタの実からたねをとりのぞいて、糸やきれを作っていたのです。わたの毛を何本もよりあわせると、糸になるのです(後略)」

このような内容の短くて読みやすい大人でも十分に楽しめる読み物である。

 生徒諸君が書いてくれた感想をじっくり読んだ。すると「ワタの実」を見たことのない子がほとんどである。もっともボクも実物は見たことがないのです。それじゃあダメじゃん(*◇*)。

 ネットを調べたら(財)日本綿花業振興会を発見。ここでは「コットンボール」を1個250円也で販売している。早速、発注した今日出勤したら届いていた。

 早速箱を開けてみる。直径が5~6僂らいのフワフワとしたとても感触が良いワタの実が入っていた。ワタの実がはじけた瞬間が目に見えそうだ。「コットンボール」を見ていた人が
「アラッ、綿って羊ばかりじゃないんですか?」
「植物性のワタもあるんですよ」
こんな楽しい会話を交わしながらコットンボールを皆でふわふわと触りながら楽しんだ。知るッてことは楽しいことなんですねぇ。

 さて、その感想文に一人の子が「私の家ではワタを少しですが植えています」と書いてくれた。その子は「読み物」でワタの歴史や現状を確認して自分の家にあるワタの木をあらためて見直したと書いている。なるほど少しではあるが趣味で植えている家もあるんだなぁと気づかされた。

 ビーチボーイズの歌に「コットンフィールド」がある。ボクがギターのコードを覚え始めた頃、練習したアメリカフォークソングの伝統的な曲である。ビーチボーイズはサーフィン、ホットロードなどから脱皮し始めた頃に新境地を開こうとして発表した曲とも言える「コットンフィールド」の中に次の歌詞がある。

『Oh when them cotton bolls got rotten』

「コットンボール」と言う言葉が出てくので「綿花の球」と思って単語を調べたら「綿花のサヤ」らしい。なるほどねぇ。労働歌であるから「綿を摘むことは汚いことになるけれど・・・」って感じの歌かもしれない。それっぽくは歌えますが意味はよくわからないでいた。

この「コットンボール」を見て生徒諸君は喜んでくれるだろうか。3学期が楽しみである。

     本物のコットンボール柔らかし綿花の歴史ふうわり抱え


我が家のとわちゃん。コンピュータのキーボードをバンバンとたたく。そしてマウスもあちこちに動かし回る。そうするとコントロールできると思っているらしい。ボクの行動を真似しているのだろう。仕事が終わって自宅に帰るとキーボードとマウスの位置がとんでもない場所にあるのが、またいいのである。ハイ。
これにて本日のブログは終了です。

59


西高東低

 テレビの天気予報で天気図を見ると細く長い等圧線が日本列島を貫いている。典型的な西高東低の気圧配置である。さきほど、競馬のテレビ中継を見ていたら東京でも雪がちらついていたからクリスマス寒波と言われるほどの寒波襲来だろう。我が家の周辺では、ここ2~3日の積雪量は40儷瓩になったと思われる。写真はその1枚。


有馬記念

 我が家の車のナンバーは「59」である。ボクの趣味は人生の半分近くをアマチュア無線と言っても間違いない暮らしをしてきた。何年か前に車のナンバープレートを希望の番号をつけることができるようになった。
 車の番号はもの忘れが激しくなったので忘れないように、長い間つけていたナンバープレートの番号を希望でつけてもらっている。

 その中の一つの番号は「59(ファイブ・ナイン)」である。「59」はアマチュア無線ではとても良いナンバーである。遠くから聞こえてくる電波の信号の聞こえ具合(これを了解度という)を5段階に分けて最もよく了解できる信号を了解度5としている。そして、信号の強さ(信号強度という)を9段階に分けて最も信号のメーターが振れる津ヨソを信号強度9とする。それが「59」となれば最高レベルの状態で相手に届いているし、自分にも聞こえていることになる。だから「59」はアマチュア無線にとっては素敵な番号なのです。その番号を車のナンバーにすることも最近はできる。

 さて、本題。今日は今年のJRA競馬の最終日の有馬記念である。競馬は時々インターネットの投票(i-pat)でチビチビと買っていた。そして、いつも負けているのである。その結果としてi-patの残金が200円程度しかない。
 まぁ、今回は「なし」にしようと思っていたら、横手に行くという人がいた。その人にお願いし馬券を買ってもらうことにした。
 ボクの予想では馬連の車のナンバーである「5-9」が一番候補。そして、ケチくさいボクは本命っぽい「馬番の1番」を少し厚めに購入。あとは適当に。投票する金額を反対にしろよなぁ。まったく・・・。

 で、テレビで競馬観戦。レースはスローペースで進みボクの購入している馬たちはどの馬も先頭グループを走っていない。こりゃあダメだ。
 ところがゴール寸前で9番のオルフェーブルが抜け出して5番のエイシンフラッシュが後についた。そのすぐ後方を7番のトゥザローリーが追いかける。
「エッ、これってもしかしたら!!!」
数秒後に9-5-7とゴールに飛び込んだように見えた。ウームどうかなぁ。すぐにスロービデオをテレビは流した。確かに「5-9」は入賞したようだ。
 と、言うわけで配当は31.7倍。本日は少~しのクリスマスプレゼントをもらったような気がした。


ネックウォーマー

 我が家のとわちゃん(どうにもピンぼけですが・・・)。朝の除雪に出る時に重装備で一緒に外に出る。ところが積雪が多いので転んでばかり。ソリに乗っても滑り降りるだけだから身体はドンドン冷えてくる。小さな子どもの冷え方は半端ではないはず。それでもしばらくは雪と格闘をしているのだがギブアップ。
装備の中にネックウォーマーがある。この水玉模様がなかなかに「さま」になっている。と、ジジバカは書いておこう。

    初孫の初の雪上そり遊び初の冷たさ初の雪国

これにて本日のクリスマスブログは終了です。有馬記念のビールを一杯・・・。

サンタはいますか?!


大雪に

 クリスマス寒波である。気温は低いし積雪量も多い。今日は孫娘のとわちゃんのクリスマスプレゼントを買うために秋田市まで向かった。ジジバカですけれど・・・。車の往復とも吹雪だった。

 おもちゃ屋でのジジバカは孫娘が指さした物体は何でも買ってやろうと意気込んでいた。ところが孫娘の欲しい物は決まっているとのこと。まぁ、一安心しながらゲットした。

 ケーキを買ったり、コーヒーを飲んだり、絵の具を買ったり、絵筆を買ったり、ささやかな浪費を楽しみながら帰途についた。


「サンタさんはいます」

 そうそう、今朝の朝日新聞の人生相談〈悩みのるつぼ〉に「めいがうそをつくのを直したい」という31歳の主婦の相談があった。回答者の評論家岡田斗司夫さんが味のある回答をしている。相談の内容を要約すると次の通り。

『小学校2年生のめいが最近、うそをつくことが多くなった。自我の発達段階だと思いますし、理由があってうそをついているのだと思うが、なにか犯罪に巻き込まれたりしないかと心配です。低学年の子どもにうそをつくのは良くないとわからせることができるでしょうか』

この相談に対しての岡田さんの回答の一部を紹介。

『信じて、だまされてあげましょう。サンタさんはいるの?と聞かれたらどう答えますか?「いるよ」または「どうだろうね?」。前者はうそで答え、後者は答えない。うそをつく人と、隠し事をする人。人間はこの2種類どちらかです。うそはいけない、と考える人は「隠す・ごまかす」のが上手(うま)い人です。もちろんあなたは後者です。
中の部分大幅に抜いて・・・
徐々に「うその怖さ・隠し事のつらさ」を教えてあげましょう。うそはダメ、と教えるんじゃないんです。うそや隠し事との正しい付き合い方を教えましょう。「サンタさんはいるよ」と答える素敵(すてき)な大人になってくれることを願って。』

 なんとカッコいい回答でしょうか。で、ボクは隠すタイプの人間かもしれない。結構、嘘つきですし・・・。で、今宵は「サンタはいるよ」と言いながら一杯呑みます。

    ウソは罪そんな言葉もありました騙されましたそれも人生


帰りの車の中でスヤスヤ寝ている我が家のとわちゃんです。これにて本日のブログは終了です。

三遊亭白鳥師匠の落語会


暴風雪注意報

 昨夕、秋田道を通って秋田市に向かった。「第7回月例秋田寄席」を聴きに行くためだった。職場を出発する時には雨模様。ところが高速道路を走っているうちにアラレになってきた。遠くの山際にはピカーッと稲妻が光る。日本海をものすごい低気圧が近づいているらしい。
 荒れ模様だなぁ。ラジオから流れてくる天気予報では秋田の沿岸部は暴風雪警報、秋田県全域に雷注意報が発令されたとアナウンサーが報じている。
 落語が開催されるジョイナスに到着した頃には雷雨とアラレの勢いがドンドン増してきた。

 そして昨夜からズーッと南外村は風雪である。ヒューヒューと風切り音が鳴り続いていた。このヒューヒューとなる音を我が母は「カザ(風)パッコ」と呼んでいたことを思い出す。
 終日、荒れ模様の1日。

    軒先を風雪ヒューとカザバッコ思母の昔っこ思い出します


第7回月例秋田寄席

 第7回月例秋田寄席の今回の出演者は三遊亭白鳥師匠である。白鳥師匠と言えば2010年3月29日のブログに「秘密落語会」に行ったことを書いている。今回は2回目である。

演目は次の三席だった。
 一席目は「創作落語 シンデレラ伝説」。「シンデレラ」や「三匹の子豚」やその他多くの童話をクロスオーバーさせて最後は「桃太郎」に持って行くハチャメチャストーリーの新作の一席。
 第二席は「マキシム・ド。呑兵衛」。田舎の流行らない居酒屋「呑兵衛」を経営する老夫婦がいました。孫がバーちゃんを東京に招待。バーちゃんが孫に連れられて花の東京「マキシム・ド・パリ」の店を見学。そして孫は「マキシム・ド・パリ」の真似をして居酒屋呑兵衛を繁盛させてもらいたいとの孫の期待を背負って帰郷。居酒屋呑兵衛を「マキシ・ド・呑兵衛」に解明して再建しようとするドタバタ噺。
 そして、最後の三席目が「鉄砲のお熊」。白鳥師匠が言うには作りたての新作落語。ストーリーがしっかりとした内容だった。設定は江戸時代の女相撲の大関が主人公。恋あり、ハラハラドキドキありなかなかに楽しい演出である。そうそう、オチが「撫子」になり、今年の大和撫子ブームにつながっている。お客さんが最後のオチを聴いた時に「オーッ」と歓声をあげたのが印象的だった。ハイ。

 三席とも白鳥師匠独特の感性で噺を組み立で、さすが新作派の三遊亭圓丈師匠の弟子の落語家である。と、思わせてくれた落語会だった。

 また、兄弟弟子の秋田県男鹿市出身の二つ目三遊亭たん丈さんも一席演じた。たん丈さんは42歳で脱サラをして上京し圓丈師匠に入門。見習い・前座を経て今二つ目の落語家である。彼が42歳で入門したことは落語協会で問題になり、今は31歳が入門年齢制限となっていると彼が話していた。日本海チケットのCMに出演しているようだ。
 たん丈さんは古典落語で有名な「金明竹 秋田弁バージョン」を話してくれた。本来は関西弁の語りを秋田弁に置き換えている。がんばっていたなぁ。今度、機会があったら男鹿でたん丈さんが定期的に開催しているという「なまはげ寄席」にも行ってみたい。
 
 寄席がはねてからも楽しみがあった。三遊亭白鳥師匠がインターネット上で連載で書いていたネット小説が単行本『ギンギラ★落語ボーイ』になり白鳥師匠が落語会終了後にサインしてくれるサービス入りなのだ。白鳥師匠の太っ腹なところは購入した本にサインをしながら一緒に写真におさまってくれたことである。嬉しいじゃありませんか。写真はその1枚。撮影してくれたのが弟弟子のたん丈さんである。

 そんなわけで大荒れの秋田市の夜は落語の夜でもあった。


我が家のとわちゃん。両足を着いて、漕ぎ出す自転車に乗り御満悦。まだまだバランス的には難しいので一人では動かせない。そのうち上手になるでしょう。ジジバカです。
そんなわけで今日はこれにてブログ終了です。

冬至になりました


マイナス7度

 今朝は冷え込んだ。やはり放射冷却現象である。小枝には細かな樹氷が貼りついている。南外から大森に抜けるグリーンロードの峠道は雪面が鏡のようにぴかぴかに輝いていた。おそるおそる峠越えをした。
 ところがバカヤローがいるもんだ。そのゆっくり走っているボクの車を追い越してゆく。命知らずとも言えるドライバーだ。もっともそんな運転をする人は事故らないんだろうなぁ。
 亀と言われようがノロマと言われようが雪道はゆっくり走行ですゼ。ダンナ。

 午後からは雨になった。やはり、今は雨の方がありがたい。そして、今日は冬至です。

   冬至からホントの寒さ忍び寄り小寒大寒その後立春



金持ちYGの野望

 やはり、今のうち書いておきたい。
 読売ジャイアンツがいよいよ牙をむきだした。それも金をばらまいて他チームの四番やらエースを取り込んでいるのだ。横浜の村田そしてソフトバンクの杉内・ホールトンを獲得した。何年か前に得意としていた戦力アップの方式である。
 これまでジャイアンツは育成選手などを地道に使って底上げをしてきた。だが、とうとう音を上げてしまったのだろう。戦力アップの一番の近道である横取り作戦である。まったく・・・。いわゆる「ずる」であります。

 さて、これで2012年のセリーグは勝ち抜けるのか。ボクは今から断言しておく。「それは無理である」と。野球は各チームの四番やエース級を揃えても9人しか出場することができない。それぞれの役割を果たせなければ打線にはならない。投手だって毎試合順調というわけにはゆかない。さらにセリーグの5球団、交流試合になればパリーグの6球団が他の試合は捨ててもジャイアンツ戦だけには勝利をめざして取り組むはずだ。まだまだ要素はあるんだろうが要するにプロ野球の実力は「紙一重」である。

 ついでに書いておきます。来夏、秋田のこまち球場ではヤクルトスワローズ対読売ジャイアンツのカードが2試合予定されている。AKT(秋田テレビ)の主催のようだ。そのCMが大笑いだ。

「秋田にジャイアンツがやってくる!」

なのである。アレッAKTってフジテレビ系列だからヤクルトの主催試合のはず。それがいかにチケットを売りたいからと言ってジャイアンツを前面に出すんですかねぇ。意図が見え見えだから笑ってしまう。まぁ、可愛いと言えば言えますけれど・・。



我が家のとわちゃん。手袋をしてくれとチョコチョコと持ってくる。ジジバカは「おーよしよし」と言いながら両手にはかせてやる。すると、すぐに外に出ろと命令する。
まだパジャマのままだろう。と、言っても聞くわけがない。そこから大騒ぎで着替えが始まるのである。外遊びが本当に好きなんですねぇ。写真は両手に手袋をして車に乗っているところである。
今宵は「第7回月例秋田寄席」。三遊亭白鳥と秋田の男鹿出身の三遊亭たん丈の落語会が秋田市のジョイナスで開催される。一っ走り聞きに行こうと考えている。
と、言うわけで本日のブログも早めにアップします。
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