3.11と短歌(1)


湿り雪

 テレビやラジオでは仙台市などで国立大学の2次試験が雪で大変だと報じている。南外付近でも10儖幣紊亮召辰神磴積もった。
 車の上にも湿った重そうな雪が乗っているのがわかる。(わからないか・・・)


3.11からまもなく一年(1)

 3.11からもうすぐ1年になる。震災を振り返ることや震災を忘れないなどの報道がなされている。正直、言って震災後1年経過してどれだけ復興が進んだのか。ニュースで報じているのは被災地の瓦礫処理は5%前後とのこと。まったく取り組みは進んでいないのだ。まだまだ絶望的な状態なのである。
 そんな中で先日(2012.2.20付)の朝日新聞の文化欄に『短歌が受け止めた震災』と題する記事が掲載された。記事のリードは次のようになっている。

『東日本大震災の直後から、全国で無数の短歌が生まれた。震災は、古代からの日本の歌の伝統が、ふだん短歌と無縁な人々の中にも息づいていたことを示した。現代短歌にも影響を及ぼしそうだ』
さらに、記事では次のようにも述べている。
『万葉集以来、短歌には、災害や戦争など社会的事がらを詠む伝統がある。「深刻な体験をなんとか言葉で表現したい、だれかに伝えたいという人々の思いを、いつの時代も短歌は受け止めてきた」と朝日歌壇選者の佐佐木幸綱さんはいう。同選者の永田和宏さんは「事件の記録は歴史書に残るが、庶民の素朴な感情はほとんど残らない。歌はその貴重な資料」と語る。多くの人が衝動的に歌を作った一方で、日ごろ歌を詠み、表現の技術を持つ専門歌人の対応は、即座に詠んだ人、詠まない人に分かれた』

 ボクもこの震災・津波のことや原発のことなどを「あだやおろそかに」下手くそな短歌にすることはできないと思った。百万言を尽くしても言い尽くせないと考えたからである。そのことを記事では次のように表現している。

『6月、秋田市で東北在住者ら若手歌人16人が歌会を開いた。幹事役の宮城県在住の梶原さい子さんは「被災していないのに被災者のように詠んでいいのか。自身のつらさをどこまで詠むか。みんな立ち位置に迷い、注意深くなっていた」と話す』
まったくこのような感じであった。それでも次のような歌もあると言う。
『今月10日、若手歌人の登竜門の一つ、歌壇賞の授賞式があった。受賞した東京都在住の平岡直子さんは27歳。「被災地には何のつながりもないが、地震の後に作った作品すべてが影響を受けていると強く感じる」とスピーチした。その受賞作の冒頭の歌。
   海沿いできみと花火を待ちながら生き延び方について話した   』

 ボクも思いだしてみると直接被災地のことを詠うことはできなかった。でも、次のような短歌をつくっている。

   なにひとつ安否わからぬもどかしさマーマレード作りてしのぐ

 3.11の直前、静岡の友人M松君から毎年恒例の夏ミカンが大量に送られてきた。いつもマーマレードにしてあちこちに分けるのが常だった。そんな中で起きた大震災。
 家人の兄が石巻港のすぐ近くの現場で働いており3日間行方知れずになった。電話もまったくつながらない。3日目になりボクは家人に言った。
「もし、今日連絡がなければダメだと考えるべ」
 そんな時にできることは気持ちを何かに集中するしかない。夏ミカンの皮と実をひたすら剥くそして刻む。焦げ付かないように煮つめる。それだけ。幸い、家人の兄は近くの中学校の屋上に避難しており4日目に連絡が入った。ホッとした。
(字数の関係で次回に続きます)

   何一つ解決能力無い日本復興の日は何時になるやら


我が家のとわちゃん。何でも食べる子だと喜んでいたら最近なかなか食べない。いまからダイエットでもいなだろう。やはり少しずつ変わってきているのだろうなぁ。
と、言うわけで例によってわけのわからないことを書いて本日のブログはこれにて終了です。
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