牧伸二師匠も逝去


ブーメラン

 授業の時に少し隙間の時間が出る時がある。そんな隙間の時間なんか作らないで「ビシッとやれよ、ビシッと」の声も聞こえないではないが・・・。車のハンドルと同じで、ある程度の「遊び」は物事をスムーズにするために不可欠ですよ。
 そんな時に良いのはブーメラン。古いハガキや使わないハガキを2.5センチから3センチ幅に切って細長い紙片を三枚作る。紙片の片方の真ん中に一センチほどの切れ込みを入れて三枚をうまい具合に噛み合せて三菱型を作り中央部をステープラーでパチパチと止める
 出来上がったら三枚の羽に飛行機の翼のように少し反りをつけて若干お皿型にして出来上がり。
これを垂直にして投げてやるとニ~三メートルほど向こうに飛んでゆきクルーンとて手元付近に帰ってくる。結構、感動的なのであります。メンコイやつでもあります。
 これをバージョンアップするには羽の先端部にビニールテープかセロテープを巻く。羽の先の重さを少し増して遠心力をつけてやると少し遠くに飛んで帰ってくる。
 もう少し大型のブーメランは厚紙を3センチ×28センチを2枚作り真ん中で十字形にする。これにやはり飛行の翼のように反りをつけて少しお皿のようにして投げ上げると5~6メートルは飛んで帰ってくる逸品ができる。

 ただ遊んでいるように見えるので若者たちには「航空力学」の勉強だと話すように指導しているのです。ハイ。


惜しい師匠がまた一人

 牧伸二師匠が亡くなった。ハワイの曲「タフアフアイ」をアレンジして「ア~やんなっちゃった」の大ヒット師匠である。ウクレレを操っての漫談。ボクはかなり憧れた人でもあります。
 2010年1月31日に秋田市で開催された爛漫寄席に来秋した。生で本人の演芸を見ることができたのがラッキーとも言える。その時の公開番組をラジオ放送した内容を録音して時前のCDにしていた。今日、あらためて聴いた。演目は『高齢社会』である。その中で話したことが印象的。

『(私には)一つ自慢があります。76歳だというのに牧伸二は虫歯が一本もない。全部入れ歯(笑)。
8年前に脳内出血で倒れたなんて信じられないでしょう。こんな元気なんだよ。とにかく68歳でくたばってたまるかぁー。この気持ちが良かったんだって。
60過ぎて倒れるとねぇ、結構あきらめる人が多いそうですよ。高齢社会60歳なんてのはまだまだガキみたいなもん、こんな元気になった見本がいるんだからあきらめちゃダメよ。
さて、ベッドに横になって色んなことを考えます。
 昨日は戻ってこない
 明日は来るかわからない
 それでは今日一日を楽しく生きよう
ってことに気がついたの。過去のこと未来のことでくよくよ悩んだってしょうがない。
今日一日を楽しく生きる、明日になったらまた今日一日を楽しく生きる。その連続でいくと毎日が楽しいんです。今日は良い話してますねぇ(大笑)』

 「今を全力で」の基本的な考え方である。
 牧伸二師匠は自分の話題を含めて割に下ネタっぽい話をしながら観客を魅了している。最後にお得意のウクレレでビシッとしめた。さすがである。その後にはケーシー高峰師匠と二人でお楽しみ抽選会をやってくれた。

 牧伸二師匠を紹介するアナウンサーが次のように話している。
『3月に東京で旗揚げ公演をすると言うことです。「牧伸二と百人の芸人たち」と題してベテランの芸人さん例えば寅さんの物真似の原一平さんですとか色んな方をお招きする楽しい計画があるそうです』
 この計画も着々と進んでいたようでどうして自殺だったのか・・・。何はともあれ享年七十八歳惜しい芸人を失ったと思う。

    歌うのは「やんなっちゃた」でありますが寸鉄人を刺す牧伸二


と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。

「ビター・スイート・サンバ」を口ずさみ


マーマレード作り

 先日、友人から送ってもらったことをブログに書いた。あらためて夏ミカンを数えたら十五個ほどある。これはマーマレードに挑戦するのが大切。と、二日酔いの頭を抱えて夏ミカンのぶ厚い皮をむいて下処理をする。
 皮はむいたそのままで一度茹でこぼす。時間をかけて水に漬けて何度か水を取り替える。できるだけ苦味を取り除くためだがまぁそこは適当に。大人の味でビター・スイートにするのである。
 ミカンの中身の房は半分に割って種を取り出し果肉(でいいのかな?)を選り分ける。ある程度の下ごしらえができたところでグラニュー糖を入れて煮詰める。夏ミカンはかなり酸っぱいので今回は果肉と皮の重さの八割くらいのグラニュー糖を入れた。
 適当に煮詰まった色を確認して加熱をストップ。もちろんかき回しているヘラが感じる粘性の圧力も確認します。その後、同時進行で煮沸していたビンに詰めこんで出来上がり。ビン詰めはひっくり返して冷えるまでしばらく放置して待つ。

 出来上がったマーマレードをスプーン一杯取り分けてカップに入れてお湯を注ぐ。シュシュッとかき回してスーッと飲むと苦くて甘い香りが立ち上がった。
 ハーブ・アルパートの演奏するオールナイトニッポンのテーマ曲「ピター・スイート・サンバ」が頭の中でかけめぐります。それじゃあギターでAm・G・F・Eとジャンと鳴らしながら「ピター・スイート・サンバ」をハミングしましょう。

 写真の上は煮詰めている段階。舌は出来上がったピン詰め。色が微妙に変わっているのがわかる。と、言うわけでマーマレードの完成でした。

  夏ミカン実と皮砂糖のハーモニーちょっとシビアなビタースイート


リーグ戦の結果

【秋田市リーグ】
 秋田南  8- 5 秋田高専
【県南地区リーグ】
 大曲工 11- 3 雄 勝(8コ)
 秋田修英17- 6 羽 後(5コ)
 増 田  5- 4 秋田修英
 


とわちゃんの好きな物。シールである。先日ジジバカは機関車トーマスのシールブックを買ってあげた。すると何と言うことでしょう。ノートや手帳や障子や壁にところかまわず貼るのは良しとしましょう。2~3日前から自分の目、鼻、口にペタペタと貼り付けている。それを見たとわちゃんのお父さんとお母さんの驚きようは大変なもの・・・。周りが驚くのが面白いのか味をしめて?何度もやる。今日も見せてくれた。
ジジバカとしては全く問題ない。とわちゃんはボクの顔にも貼ってくれるのである。
明日から連休の狭間の仕事日。がんばろう。秋田市では萬回線減が出た桜。南外付近では全く咲かない。本日のブログはこれにて終了です。

横手ふるさと村へ


終日孫と一緒に

 昨日の結婚式参列の後遺症でウロウロしていた。
 そんな中だったがとわとわかが二人来てあちこちドライブに・・・。横手のふるさと村で開催されている「わんにゃんパラダイス」(だったかな)の犬と猫の触れ合いパークに行く。
 正直ボクは犬も猫も興味がない。ただ、会場に入ったら(この入場料が高かったなぁ)フクロウとノスリなどの猛禽類が数羽展示されていた。特にフクロウやミミズクたちは置物のようにジッとしている。時々クビをくるっと動かすので生物であることがわかる。

 まぁ、孫の同伴でなければ行かないんですけれど・・・。

 そして、木製のジャングルジムに登ったのだが、とわちゃんは思ったよりも慎重な行動をとることに気づいた。

   四月末いまだ桜は開花せず寒さブルブル孫とブルブル


連休って疲れますねぇ。そんなわけで本日も生存証明。

おめでとう祐介君


雨の一日

 昨夜は呑んだなぁ。
 写真でボクと一緒に写ってる人はサイメンカアサン77歳。ひ孫がいるのである。
 ボクが小学校4~5年頃、川で遊んでいた時に川底にある(当時は川に物を投げ込むのは御法度だったから子どもたちは安心して川で遊べた時代)鋭利な何かでスパッと足裏を切った。誰かが間違って捨てたガラスだったかもしれないが・・・。
 水に浸かった傷口からは血がドンドコドンドコ出てきた。臆病者のボクは痛みよりも赤い血の色に仰天してただただ泣くしかなかった。そこにいたのがサイメンカアサン。すぐにボクの傷の応急手当の血止めをして自宅まで連れて帰ってくれた。

 昨夜、その話になったら明確に覚えてくれていた。その傷跡が右足に残っている。

  思い出は足の傷跡鮮やかに手当てした姉さん七十七歳


結婚式

 今日は山の手ホテルで結婚披露宴出席。
 古巣の野球部の卒業生祐介君の披露宴だった。野球部の仲間たちが集まり楽しく和やかだった。

 写真は祐介君のOKをもらい掲載。


そんなわけで本日のブログも酔っ払いで生存証明。

いいねぇ仲間たち


観音様

 我が湯ノ又地区には八幡神社と観音様(神社となっていないのだが・・・)の二つの社がある。メインは八幡神社だが観音様も毎年4月の末にささやかな採点(オーッと点数をつけのではなく祭典でした)が実施される。

 今朝は午前5時半から高台にある観音様の小さな社の周囲を地域の人が集い片付け方をやって、その後祈祷が実施された。

 ボクが目覚めたのが5時半ちょい過ぎ。ヤバイッ。遅れたと思いあわててかけつけたら早い人は5時前に作業を始めていたと言うことだ。まったく年寄りは朝が早いんだから・・・。

 で、ここ数年話題になるのがボクが酔っ払って社の横の崖から転がり落ち手首を骨折したことだ。あの時は酔っ払っていたからなぁ。前にブログに書いたこともあったような気がしますが・・・。

 そんなわけで今宵は観音様のお祭りで一杯やります。気をつけて呑みます。ハイ。
と書いたが生存証明・・・・・・

    バカヤロー平和の良さを孫の世に伝えずに行くはグシャグシャ


 昨夜のニュースを見ながら「ひどいなぁ」と思ったことがある。

 スイスで開催された第2回『核拡散条約再検討会議』でのこと。核兵器の非人道性を訴えた共同声明に、日本政府が署名しなかったと言うことが報じられたのだ。

 ボクは耳を疑った。広島、長崎あえてヒロシマ、ナガサキと書いてもいいが世界で唯一の被爆国の日本が「核兵器を二度と使わないようにするべ」という声明を拒否したのである。

 日本は去年開催された第1回目は事前に打診がなかったとのことで参加しなかったとのこと。今回は日本政府に10日以上前に打診があったという。それでも署名しなかった。

理由は声明文にある

「いかなる状況でも核兵器が二度と使われないことが人類存続の利益になる」という表現が安保政策と一致しないからだという。



 なるほどねぇ。アメリカの核の傘の下にいるから核廃絶は言えないわけだ。あくまでも例えばですが、アメリカが北朝鮮に核兵器を使おうという時に反対できないってことなんですね。

 もっと言えば日本は核兵器を持ちたいという気持があるってことなんだろうなぁ。そう言えば原発推進の一つの理由は核兵器をいつでも作れるプルトニウムなどを大量に作り出すためとも言われている。(このあたりは不確かな記憶ですが・・・)最近の原発推進に舵をきったのはこれを裏付けるとも言える。



 今、日本はものすごく危険な状態になってきているような気がする。それは憲法を改悪して戦争のできる国にしようというたくらみが見え隠れいや見え見えになってきたからだ。

 その一つの道が昨日報じられた日本政府の「核不使用声明」への署名拒否だとボクには思える。



 そんな国に日本はなってはいけない。痛切に思う。


と言うわけで・・・

夏ミカン届く


春は水辺から

 雄物川の岸辺にある木々から黄緑色が萌え始める。
 今朝、雄物川にかかる橋を渡るときにキラリと光る萌黄色を見てとりあえず一枚撮影してみた。薄い黄緑色が確認できるかどうか・・・。

   水辺から緑は徐々に広がりて枯れ野はいよいよ光合成を


塩害乗り越えた貴重な夏ミカン

 10年程前から雪が消える頃になれば静岡に住む同級生から夏ミカンが送られてくる。10年程前に静岡磐田方面で野球部の合宿をした。その合宿も数年続いた。
 その時にお世話になったのが中学校の同級生のM君だった。具体的な内容はM君の娘婿のAさんに難儀をかけた。
 最初に静岡浜松や磐田で驚いたのが軒並みに夏ミカンの木があったことだ。しかも、その夏ミカンの木に大きな実がたわわに稔っていたことである。
 滞在している間に夏ミカンの様子を見ていたら向こうの人たちは夏ミカンを見向きもしないようだ。アレッこれは秋田における柿の実に対する態度と似ているぞと思った。そこでM君に

「夏ミカン収穫しねが?」
と聞いたら
「酸っぱくて食わない」
「それならオレに少し分けてくれネーが」

遠征の帰りには大きな段ボールに山ほど夏ミカンをいただいてきた。それ以来毎年段ボールに入った夏ミカンが届くようになったのです。

 その酸っぱい夏ミカンをどうするか。まずは実を取り出して多めの砂糖を混ぜて酸っぱさを味わう。そしてマーマレードを作ることに挑戦するのが毎年恒例の楽しみになった。
 2年前は例の3.11前に送ってもらった。さぁ、どうしようと考えているうちに大震災。停電が続き、身内の人が2~3日行方不明。詳しいこと先月のブログにも書いた。夏ミカンが気持ちを落ち着かせてくれるアイテムになったとも言える。

 ところが今年は4月になっても送られてこない。どうしたんだろうなぁと思っていたら先日ヒョッコリと届いた。すぐに電話したらM君の奥さんが出てくれた。お礼を言いながら話を聞いた。
 すると、昨年の台風で磐田地方は海水が霧状になり飛んできて塩害になったとのこと。そのために夏ミカンも実らなかったという。塩害と言えば10年前ぐらいだったかなぁ秋田県内の沿岸部で台風によって稲や木々が真っ茶色になった風景を思い出す。
 M君の夏ミカンはそれでも何個か収穫できたらしい。貴重な夏ミカンをいただいたことになる。今年は酸っぱさを味わうだけになるかもしれないなぁ。
 クラスメートのありがたさは半世紀以上経っても色褪せないものですね。


とわちゃん。右手を出しているのはピースサインをやっているようだ。チョキを造れないのでこんな形になるんだろうなぁ。彼女と会話が成立するのが嬉しい。
と、言うわけで本日のブログは終了です。

島森路子さん逝去


寒い寒い。けれど・・・

 実に寒い。午後からグーンと冷え込んできた。こんなに寒い日は珍しい。と、思っていたらラジオのニュースでは気温は結構高めだったらしい。確かに夕方から雨が降ったが雨にあたってもそれほど冷たさは感じなかった。建物の中で冷え込むパターンかもしれない。

 朝から上空にはうっすらと雲がかかっていた。ところが鳥海山はくっきりと見える。このような気圧の日は白っぽく鳥海山が見えるんだろうなぁと素人天気予報予備軍のボクは考えた。


若き惜しい才能を失う

 今朝の新聞を見て「オッ」と思った。雑誌『広告批評』の編集者だった島森路子さんの逝去を報じる内容だった。享年66歳だったとのこと。
 ボクは特に『広告批評』の愛読者であったわけでもないし島森路子さんの本を愛読していたわけでもない。ただ、島森さんという横手出身の同年代の女性が出版業界で活躍していたのがすごいなぁと気になっていたのである。

 30年ほど前に職場でOさんという教頭が何気なく話していたことを思い出す。

「私の教え子で島森路子というのがいる」
「ホーッ」

ボクが妙に気になる存在だった島森さんの恩師が私の職場にいたことが不思議だった。たったこれだけのことだが島森路子さんの訃報がちょっと信じられなかった。

 島森さんの逝去を報じる同じ新聞に島森さんと『広告批評』の仲間だった随筆家の天野祐吉さんが『CM天気図』というコラムで『さよなら経済大国』という内容を書いている。島森さんの逝去の前に書いた原稿だろうがとても素敵な文章である。ちょっと引用します。

『安倍さんは日本を「強い国」にしたいらしい。が、作家のなだいなださんは「強い国」なんかより「賢い国」がいいと言っていた。ぼくも経済大国や軍事大国は米さんな中さんにまかせ、生活文化大国(大国じゃなくてもいいけど)に住みたいと思う』
そして旭化成グループのCMシリーズを紹介をしながら次のように結んでいる。
『この(CM)シリーズは経済大国にさよならした向こう側、つまり「賢い国」への旅行案内になっているんじゃないだろうか。そう、地下鉄を24時間走らせようなんてする国よりも、ぼくはこういう国に住みたい』

 その通りですねぇ。これから旭化成のCMを見る時には心して見たいと思っている。まぁ、それほどテレビは見ませんけれど・・・。
 賢いと言ってもいわゆる受験学力が高い(そりゃあ高ければそれはそれでいいのですけれど)のではなく生き方が素敵に楽しく賢い国になってもらいたいですねぇ。
 そんなことを思いながら島森路子さんの訃報をながめていた。

   我が親は狡い賢い頭いいまとめて「賢い」一語で表現


わかちゃん。テーブルの上に登りそうな勢いになってきた。腿の太さとお尻のでかさは天下一品。と、ジジバカは思っている。つたい歩きももうすぐだろうなぁ。
やっぱりDeNAの監督はYG出身。YGに勝とうとする気持ちがまったくない。セリーグの野球は開幕一ヶ月しないで終わってしまった。残りの5球団は2~3位狙いでPO進出を狙う体たらく。まったくなぁ。
と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。

議員定数を増やそう??!!


春になりましたが・・・

 今日は気温が15℃くらいまで上昇。何となく雰囲気は春。道路のところどころには黄色の水仙?がパッと咲き始めた。まったく突然黄色が出現するので驚いてしまう。
 秋田の気象台ではソメイヨシノの開花を宣言した。例年よりも少し遅めで昨年並みの開花らしい。。世の中はさっぱり良くならないが気持ちだけでも春爛漫になるような、そんな春が待ち遠しいです。

   水仙が突然パッと咲きましたこれ見よがしにラッパを吹いて


1.998倍の怪

 一票の格差の憲法違反判決を受けて自民公明が0増5減の議席配分をしようとする議案が衆議院で裁決されたとのこと。この案が通ると憲法違反であると断罪された一票の格差2.0倍が1.998倍になるとのこと。

 この0.002倍にはどんな差があるのですかねぇ。ボクの感覚から言えば誤差の範囲である。数字的には無視すべき値だ。
 ところで1.9998のように9と8の数字が並ぶのを見るとスーパーの安売り広告のような感じをうける。
 0増5減はスーパーの安売り作戦のようなもんだろうなぁ。とにかく何とか切り抜けようという気持ちが見え見えだ。スーパーの値札には申し訳ないが1.998倍という数字はまやかしのなにものでもない。
 さらにわかりにくいのは議員定数の削減だと大声で言っている議員達である。
 ボクは議員定数は削減しなくてもいいと考えている。もっと増やしてもいいなぁと思っているくらいだ。しかし、議員の給料を半減以下にする。その方がずーっと民意を反映させるためにはいい方法だと思うからだ。
 議員を削減してゆくと少なくなった議員様たちは特権階級になってしまう。そしてそれらの少数の人間が日本をおかしな方向にねじ曲げることになりかねない。
 議員は国のために安い給料で働くボランティアのような立場でちょうど良い。議員の皆様は日本を良くしよう住民のためになろうと志が高いはずだ。だから地方の議員であろうと国の議員であろうと給料はもっともっと安くてもいい。政治家の世襲制のような政治家稼業の状態こそ問題なのだ。

 国民が主権者である。その代理の人間が代議士だ。代議士や議員の給料を安くして数を減らす必要は無い。と、ボクは思うのであります。もう一つ言えることは衆議院議員選挙では小選挙区制を早急に止めることだ。

 0増5減のニュースを聞きながら思っているところです。アーァ今日も愚痴ッぽくなってしまった。


とわちゃん。幼稚園で習ったことと言いますかやってきたことを再現する。この写真はチューリップの歌を歌っているところ。チューリップの花の形を両手で作って「咲いた、咲いたチューリップの花が」とそばにいるジジババお母さん皆に同じポーズを強制する。もちろんボクはやります。いいですねぇ。
これにて本日のブログは終了です。

地名は文化


フキノトウ

 すでにフキノトウは盛りを過ぎているようだ。しかし、まだ雪の消えていない場所にはフキノトウを見ることができる。


地名について

 20日(土)に南外村の湯ノ又地区(学校前と呼ぶ人がいる)でツバメを二羽確認した。

 ところで「学校前」と言う言葉は正式な地名ではない。しかし、何十年も使われてきた地名だから90歳になる隣の家のお母さんが話すときに出てくる。

「今日よ学校メ(前)で皆出て雪寄せしてえだ」
「んだんすかぁ」

こんな感じの会話なのだが「学校前」は旧外小友小学校と外小友中学校のあった場所の付近である。
 半世紀以上も前の話なのですが・・・・。ボクが小学校4年生か5年生の頃に旧外小友小学校で創立80周年記念式典がおこなわれた記憶がある。外小友中学校は戦後の創立だから10周年くらいだったろうか。
 創立80周年から十年ほど経過してで外小友小学校は及位小学校と合併して南外西小になり別の場所に移転。
 約90年間小学校があった湯ノ又から一つの学校が消えた。そして、中学校も南外中学校となり消えてしまった。

 でも、その場所に学校があったという多くの人の記憶は脈々と流れて学校が無くなってもその場所を「学校前」と呼ぶのである。

 こうやって考えると地名は「文化」だなぁとつくづく思う。富士山のない「富士見町」だの不幸せな人ばかりなのに「幸町」などの地名をつけるよりは古い地名の「学校前」の方が大切な情報を多く含んでいる。
 我が村には「悪戸野」という地名がある。しかし「悪」と言う文字が良くないってことで別な文字にしようという話が出たと聞く。でも今のところそのままなので地名の改変なんてことはないんだろう。

 これだけ時代がめまぐるしく変わる時代。ゆったりと流れる時間の地名があっても良いような気がする。その意味ではボクの村では古い地名が残る素敵な場所である。

 南の地からやってきた貴重な二羽のツバメを見ながら地名の文化を思った次第である。ツバメたちは「学校前」の民家で営巣することだろう。



今朝、職場の駐車場にいたら遠くでコーコーとハクチョウの鳴き声が聞こえた。まだ北に渡っていない集団がいるようである。南から渡ってきた鳥と北に帰る鳥が秋田の空間には一緒に存在するんだなぁ。

   ハクチョウとツバメの羽色オセロ似で黒が挟んで白は北へと

わかちゃん。とても活発に動くようになった。ちょっと目を離すとハイハイで遠くでスリッパを噛んでいる。いいですねぇ。

県南リーグもスタート


巨大クレーン

 クレーンって「鶴」のことだと知ったのはそんなに古いことではない。
 今日、久しぶりに本店の社長が言う「シャバ」つまり大曲に出た。昔、ジョイフルシティーヤマサがあった場所に巨大なクレーンが2台何かを飲み込むような姿で立っていた。巨大な鶴の首が通り過ぎる車を釣り上げるように見えた。
 仙北組合病院の新築工事らしい。冷たい雨が降る久しぶりの大曲。不思議な風景だった。

    クレーンって鶴のことだと知りましたすべて釣り上げ消えてゆきます

 今日は雨が降って寒い。ニュースを見たら宮城から福島にかけては積雪もあり東北道は一時事故で通行止めになったとも報じられた。
 寒い寒い春です。


高校野球リーグ戦の結果

【県南地区】
 平 成  3- 1 六 郷
 大 曲  9- 0 湯沢翔北(7コ)
 湯 沢 12- 8 大農太田
 湯 沢  6- 5 西仙北
 大曲農  3- 0 横手城南
 雄物川  6- 0 西仙北
 角 館  4- 0 秋田修英
 大曲工  8- 6 横 手
 横手清陵 4- 2 増 田
【鹿角・大館・北秋地区】
 大館鳳鳴 6- 0 花 輪
 十和田  3- 0 大館工
 秋田北鷹 4- 2 大 館
【能代地区】
 能代工  5- 4 能代西
 能代松陽11- 5 能 代
【男鹿・潟上・南秋地区】
 男鹿工  2- 1 五城目
 秋田西  2- 0 男鹿海洋
【秋田市地区】
 秋田商  3- 1 秋田高専
 明 桜  6- 1 金足農
 秋田中央10- 3 秋田工(8コ)
 秋田南  8- 1 秋 田(8コ)
【由利本荘・にかほ地区】
 矢 島 13- 1 仁賀保(6コ)
 西 目  2- 1 本 荘
 由利工  2- 0 由 利


本日は生存証明でブログ終了です。
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