風化する震災の被災地


1100日目

 昨日、塩竃から東松島市の野蒜海岸に行った。もちろん塩竃も津波の大きな被害の痕は目にしている。
 野蒜海岸は45年前にボクが仕事を始めた時にキャンプの引率で行ったことがあるのでとても思い入れのある場所である。そして、2001年の獅子座流星群の時に流星雨とも呼ばれる流れ星を野蒜の浜でズーッと見ていた。

 3年前にその野蒜海岸が津波で壊滅した。その様子を3年前に見て3年後にどうなっているのかを確認したかったのである。
 写真は野蒜海岸である。何だか海が後退したよう感じがする。湾のはるか向こう側は石巻になる。
 そして、もう一枚は浜から野蒜の町方面である。浜と町の間にあった豊かな松林は根こそぎ無くなっている。向こうの高台のはげた部分は高台移転予定の場所らしいがまだまだ本格的な作業にはなっていない。

 震災復興は遅々として進んでいないと感じる。やはり気になったのは浜に巨大防潮堤を築くための高さの表示である。そんなことよりもまずは住居や電車などの復興が先だろうなぁと思う。
 いずれにしても復興の感想を一言で言えば「風化を待っている」のではないかと言うことだ。
 これが東京(仙台も含めて)などの大都会だったら3年も経過したらほとんどが復興されているはずだ。しかし、仙台から20~30キロメートル程度離れていると復興を急ぐ様子は見えないのである。そんなことよりもムダな巨大防潮堤を築く金儲けの方が得策としているんだろうなぁと思えて仕方がない。

 あの日から数えて3年目。日数にすると1100日である。東北の過疎地はただただ震災の風化を待つ風景に見えた。
 いずれマスコミでは震災の特集記事を組んでいる。なぜか読む気にならない。行政のやろうとすることに「本気さ」を感じないからだ。
 地元の建造物や自然の風化と人の心の風化が進んでいる。

  あの日から千百日が経過して被災地はただ風化するのみ



まだまだ雪が積もり続けている。それでも真冬と違い日差しの強さでベタベタするので雪は早めに溶けてくれる。春を待ちわびているのだが遠いですねぇ。
これにて本日のブログは終了です。
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