『100歳の叫び』

すごいなぁ。むのたけじさん

 NNNドキュメンタリーという番組が1月25日(日)の深夜に放映されていた。ABSテレビで何度かオンエアの予告が放映されていたがすっかり忘れていた。
 今日、ラジオを聴いていたら「むのたけじ」さんのことを話していた番組があり「アッ」と思い出した。あわてて1週間録画されている地デジ番組を確認したら録画されていました。

 あらためて、じっくりと『100歳叫ぶ! ~元従軍記者の戦争反対~』の番組を見た。
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 1月2日で100歳になられたむのたけじさん。まだまだお元気である。番組で話されたことで印象に残ったのは次のこと。
『戦争はダメかどうかを一人一人が考えることが大切。そしてダメだと考えたら戦争をおこさないように行動する』
そうだよなぁ。と、思う。番組では戦争を知らない親から生まれた将来教師を目指している学生たちが戦争について学んでいた。その学生たちにむけて、むのたけじさんが話した言葉である。

そして
『戦争の兆しを見逃さないこと』
と、言う。
 太平洋戦争は1941年12月8日の真珠湾攻撃から始まったと言われる。だが、実は何年も前から準備はなされていた。それは冊子にもなって一部の人間だけが握っていた。知らぬは国民である。しかし、ひたひたと大戦への足音は感じていた。と、むのさんは話しかける。だから戦争の兆しは見逃さないことが大切だと熱をこめて話している。

 今、集団的自衛権行使容認閣議決定が戦争への道だと各方面では反対している。もちろんボクも集団的自衛権容認には大反対である。しかし、安倍政権や安倍応援団たちは「そんなことはありません。左翼のあおりです」みたいなことを言っている。
 でもこの集団的自衛権行使容認は「兆し」であることは間違いない。しっかり見極めなければいけないと思う。

 この番組を見ていたら「アレッ、この場面はどこかで見たことがある」と思った画像が出てきた。何ということでしょう。2年前に潟上市で開催された「むのたけじ講演会」が出てきたのです。そこに一瞬ボクが映っているんです。オリョリョ・・・。テレビ局は今回のドキュメンタリーのために2年も前から準備していたのかもしれない。
 それにしても100歳のむのたけじさん。すごいなぁ。気持ちと気力を学ばなければいかんぞと思ったのであります。もちろん、この30分のドキュメンタリー番組はハードディスクから自動的に消える前にDVDにして永久保存である。

    戦争の兆しは絶対見逃すな百歳のむのたけじさん語る


宮城では大雪のようだ。メールで配信される河北新報のニュースヘッドラインを見ると『宮城県内は降雪凍結、事故続発 宮城・交通に乱れ』となっている。大変だろうなぁ。
我が南外村はそれほど積もらなかったが重い雨雪である。とわちゃんとわかちゃんのお父さんに手伝ってもらいカーポートの屋根の雪下ろしをしてもらった。
ボクは屋根の下で恐る恐る除雪機を動かして落ちた雪をふっ飛ばしたが、足を引きづっているため能率の悪い作業しかできない。まだまだだなぁ。と、思いながらも「ここまできた」という感じもある。
本日のブログはこれにて終了です。
 

リハビリの友

ドキンちゃん

 左脚全体にギブスを巻かれて1ヶ月半。その後ギブスが取れて2週間。その間にボクを支えてくれた一つのアイテムがドキンちゃんである。
 これは、とわちゃんが子どもの頃に抱っこしたりして愛用していたものだ。むくみ防止や脚のバランスのためにギプスを装着している時の就寝時には脚を少し上に持ち上げて寝るのがいい。

 その時に脚を持ち上げる「まくら」になるのはあまり高くては寝付かれない。低すぎると効果が無い。座布団が1枚か2枚くらいの高さがちょうどいい。だが、座布団だと広すぎて右脚が邪魔になる。二つ折りにする時には起き上がったりして面倒だ。と、言うよりも左脚がギプスで固定されているので身体を曲げられずに二つ折りにできない。我が儘な要求だがそんなものです。

 その状態を解消してくれたのがドキンちゃん。
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彼女の優れているのは小型であること。さらにどきんちゃんの足の部分から背中にかけてゆるい傾斜がある点だ。
 自分の脚の状態によって、ドキンちゃんの足の部分から背中のどこかに脚をスライドさせて載せると高さが微妙に調整できるのである。
 ギプスの外れた今でもむくみ予防で役立っている。まさに「リハビリの友」なのである。ありがとうドキンちゃんなんですねぇ。



222222

 カウンターを見たら「222059」となっている。下二桁が「59」とは何とも縁起が良い。もうすぐ「222222」と「2」が6並びになりそうだ。
 もしかして「きりの良い番号」に出会った方で気が向きましたらコメントに一言でもいただけたら・・・・。



本日のとわちゃんとわかちゃん。
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とわちゃんの左手に抱えられているのは落花生である。二人とも大好きなのであります。パキッと割って薄皮をむいてやってザ・ピーナッツ(このギャグは古いかも・・・)実を出すとポリポリと食べる。何だかハムスターみたいだが・・・。
保育園で知恵のついたとわちゃん。
「ジジ」
「ン」
「鬼は外やろう」
「まだ早いよ」
「・・・・」
おそらく節分は知らないだろうが「鬼は外」は知っている。近いうちに三人で家中で「鬼は外」をやることになるだろう。松葉杖はつくが二階に昇れるようになったので楽しみですね。
週末は2日間会えないなぁ・・・。

   孫二人落花生見て「鬼は外」一月三十日日脚も伸びて

本日のブログはこれにて終了です。

イチローの言葉

積雪30センチ

 昨夜から家の周囲は無音の状態になった。こんな夜の外は音もなく雪が降り積もっていることが多い。しんしんと降る雪が音を吸収するから、なおさら音が聞こえてこない。案の定、朝におきたら久しぶりに30センチ以上の雪が積もっている。
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 最近、我が家の周辺の杉林で間伐をしている。林の中がすっきりして明るくなった。これまで長い間見えなかった向こうの家が見えるから不思議な感覚だ。

 こんな状態の雪を見ると少しだけ我が家にある山林の手当も必要だなぁと思うのである。
 さぁ、本格的な冬に戻ったなぁ。



とてもいいなぁ

 ラジオを聴いていたらMLBのイチローがヤンキースからマーリンズにFA移籍した記者会見の様子を放送していた。その記者会見はわざわざ日本でおこなったらしい。
 その記者会見でイチローの話した内容がとても気に入った。
「大変申し訳ないんですが、僕は41歳です。25歳でも45歳に見える人がたくさんいます。その反対であることができるように、ちょっとずつ前に進みたいと思っています」
どうですか?この気持ちの持ち方はとても参考になる。これを少し数字を変えてみると・・・。
「ボクは(まもなく)70歳です。50歳でも70歳に見える人がたくさんいます。その反対であることができるように、ちょっとずつ生き方を楽しみたいと思っています」

 メジャーリーグで40歳を超えた選手は珍しいようだ。しかも活躍できるかどうかは、やってみなくてはわからない。それをイチローは年齢のせいにしない。むしろ、年齢に挑戦しようとしている。与えられた場所で精一杯取り組んでゆく気持ちが伝わってくる。そんなイチローに共感をおぼえたのであります。


我が家にとわちゃんとわかちゃんが来ていた。夕方「ティンカーベル」のアニメを見始めたら二人ともソファの腕かけにアゴを乗せて真剣に見ている。
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こんな真剣さがうらやましいですねぇ。
と、言うわけで本日はこれにてブログは終了です。

リハビリの日に

冬が戻ってきた

 これまでがあまりにも冬は楽で順調だった。大寒の冬が戻ってきた。
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 今日はギブスを外してから2週間になる。
 大曲の病院の整形外科に出かけた。
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2週間前にギブスを外した時にはリハビリとして左脚に30%体重加重の指示を受けていた。それで少しずつ少しずつ自分でリハビリを続けた。
 そして本日、ドクターの診察で脚の曲げ伸ばしについては順調のようであることを言われ一安心。そしてリハビリについては2/3の体重をかけても良いことを指示してくれた。
 その後リハビリ室で指導を受けた。左脚に2/3の体重をかける感覚をコンピュータ接続の体重計でやってみた。結構、体重をかけなければ2/3(65~70%)の加重にならないことがわかった。
 2/3加重にトライしながら
「この体勢は何かに似ているなぁ。そうだ、(休めっ)の姿勢だ」
と、気づいた。大発見のような気がしたのである。そこでリハビリを指導してくれる女性に
「この姿勢は(休め)の姿勢だなぁ」
と、語りかけたら
「????」
「ほら昔、集会とかあった時(休め)と言われれば片足をちょっと前に出したべ」
「アーッ??!!」
半分、わかったようなわからなかったような・・・。
 まったく年寄りはいかんですねぇ。余計なことを言う。
 でも、あのお姉さん(かな?)はリハビリの間中、根気よくつきあってくれてありがたかったなぁ。

    我が儘なリハビリ患者に付き添うは難儀だろうな療法士さん

と、言うわけで本日は少々疲れました。「リハビリは裏切らない」を胸に少しずつ回復することにしたい。と、言うわけで本日のブログは生存証明です。

読書めったくたガイド(その2)

ウロウロと本を読んで

 昨日に引き続いて治療期間に読んだり見たりした本や雑誌を取り上げたい。
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 まずは左から『笹の舟で海をわたる 角田光代著』「本の雑誌2014ベスト10」の1位の一冊。
 戦争中に小学生で疎開していた女性が、戦後豊かさに向かう時代をたんたんと生きたことをそれこさ淡々と描いている。正直、途中で読むことを何度もやめようと思った。
 劇的なことが何もないのだが「もしかしたら何かが・・・」と思いながら結局最後まで読んでしまった。帯に書かれている「激動の戦後を生き抜いたすべての日本人に贈る感動大作!」かもしれないのだが・・・。

 『殺人犯はそこにいる 清水潔著』栃木の足利市と群馬の太田市の半径10キロの県境で17年間に5人の女児が姿を消した事件が起きた。4人は無残な死体で発見され、1人はいまだに行方不明。この5件には多くの共通点があったのだが犯人はいまだに逮捕されていない。
 ところが、3件目の事件で1人の男が誘拐犯として逮捕された。菅谷さんという人だ。この逮捕劇によって地元の人たちはこれで連続誘拐事件はなくなるだろうと安心した。しかし、その後2件の幼女誘拐事件が起きたのである。
 菅谷さんは逮捕されてすぐに自白をした。それは警察や検察によって「筋書きが書かれた事件」を肯定する自白だった。すぐに無罪を主張したが自白したと言うことと,当時のずさんなDNA鑑定によって無期懲役になり17年以上服役していた。
 ところがDNA鑑定や自白が信用できないと言うことで菅谷さんの事件は冤罪と言うことが認定され保釈された。この冤罪事件は5年ほど前に大きく報道された。
 つまり、5件の幼女誘拐事件は未解決ということだ。この事件を追いかけた清水さんという新聞記者の見事なルポである。
 「殺人犯はそこにいる」。清水さんは警察に情報を教える。だが、情報を教えても警察は動かない。この1冊はアッという間に読み終えた。ある意味「別の日本の姿」を見ている思いがした。
 
 『文化昆虫学事始め 三橋淳・小西正泰著』虫を見るとキャーキャー逃げ回る若者たちが増殖している昨今の日本。人と虫はどんなつきあい方をしてきたのかを害虫駆除、昆虫食、昆虫の美術工芸、文学、昆虫の鑑賞、ホタル、虫のオブジェ、昆虫切手、昆虫の音楽、昆虫の映画などの文献を調べた内容。まぁ、読むと言うよりもパラパラと開いて人類は昆虫と密接につながりを持ってきた文献がこんなにあるんだなぁということがよくわかった。
そうそう、少し前の笑点で木久扇師匠が答えた内容を思い出した。
木久扇師匠「先日、イナゴの佃煮を買っていったお客さんがクレームをつけてきたんですよ」
歌丸師匠「どうしてですか?」
木久扇師匠「商品に虫が入っているって」

 この1冊を見てから『昆虫はすごい 丸山宗利著』の新書版を購入。
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これからチビチビと読んで楽しみたい。

 『曾野綾子大批判 佐高信×山崎行太郎著』要するに左寄りの佐高氏と右寄りの山崎氏の対談。惹句に「今の日本の論壇を、右から左までメッタ斬り」。面白かったなぁ。

 『語る兜太 聞き手黒田杏子』95歳。俳人金子兜太氏がこれまで生き方を語った。それを黒田杏子さんが聞き取っての1冊。兜太さんがつきあってきた人たちへの思いが語られている。
 そして、95歳になった兜太さんは次のように語っている。
「ともかく私は自宅で自然に命を終えたいね。延命装置は必要ない。それとね、アニミストとしてね、戦争はよくない。絶対によくない。この国の憲法九条は宝ですよ。戦争で命を落とすことほど無残なことはない。これは二度とくり返してはならんです。大学を出て戦地に出向き、辛くもこの日本に生還させてもらった人間が言うのだから、よく聴いてほしいですな。何度でもこのことは申し上げたい。
この国は二度と戦争をしてはならない。そして、天災は人間の最大の配慮で防ぎ、被害を可能な限り少なくする。原発のようなものは、この美しい日本に要らないんじゃないか。狭い狭い国土だよ。ともかく、人間がコントロールできない装置は廃止してほしい。安全神話は見事に崩壊したんだ」

写真にはありませんが文庫本二冊。
 『キミは珍獣(ケダモノ)と暮らせるか? 飴屋法水著』メッタにない珍獣を売り物にしていた飴屋さんの飼育法のレクチャー。ボクにはほとんど無縁な内容だった。ただ、後半のエッセイ「エコロジーについて」「台湾からのFAX」などなどの内容は人間の生き方について考えさせられる。2007年の発行だから今も飴屋さんの珍獣店はあるのかなぁ。
 『球団と喧嘩してクビになった野球選手 中野渡進著』これはすごい。横浜ベイスターズに4年間在籍してクビになった中野渡選手。現役当時、球速はなくても気合いで押さえ込むという投球術。
 中野渡氏は「気合い」とは何かを追及する。そして、中野渡氏は常に悪口の連発をやっていても選手や(知っている)ファンには愛される男。つまり、悪口の奥には素晴らしい人間性が潜んでいることが読み取れる。
 帯には「本の雑誌」が選ぶ2014年度文庫ベストテン第1位とある。基本的にはハチャメチャに見えるけれど読んでみると「筋」が通っている。すごい男の自伝である。

 と、こんなところですね。仕事が始まったら全く本を読めなくなった。積んでおくだけである。仕方がありませんね。


とわちゃんとわかちゃん。今日もジジバカと遊んでくれた。
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ジジバカの脚が痛いというと玩具の聴診器を持ってきたり注射器を持ってきたりして
「ハイッ、大きく口をあけて」
などと言う。ジジバカは喜んで大口を開けてしまうのであります。

明日は本当のドクターに行く。リハビリなどの指示があると思う。はたして・・・。
本日のブログはこれにて終了です。

   何となく今日は良い日の気がします全部青なり三つの信号

読書めったくたガイド(その1)

リハビリの合間に

 骨折した当初は新聞もテレビも何も見る気がしなかった。周囲50センチの世界で、ただボーッと過ごすのみ。
 それでも少しずつ回復してきたので何となく気持ちも上向きになってきた。実は新聞は紙面があまりにも大きすぎて見にくい代物だと言うことがわかった。そのために新聞を手元で広げて一遍に見ることは難しいので休み休み時間をかけて見るしかない。
 本や雑誌は手元で見ることができるので実に扱いやすいのである。寝ている時には両手で支えて読むのも悪くない。
 ボクをこの7週間支えてくれたのはもちろん家人である。とわちゃんやわかちゃんである。家族である。これは間違いの無いことだがもう一つは本や雑誌たちだった。と、言うわけで枕元に読み終えて積み重ねられた仲間(本や雑誌)を振り返ってみたい。
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 写真の左端から順に・・・。

 『芸能人の帽子 中山千夏著』その昔、中山千夏という女優がいた。子役で「がめつい奴」に出て有名になり、その後「ひょっこりひょうたん島」などの声優としてアナログテレビ時代のスターだった。と、思う。「あなたの心に」という歌もヒットしたりして当時のsuperstarの一人かもしれない。その後、参議院議員にもなった。その時代、中山千夏が週刊誌や雑誌「平凡」「明星」(知らない人が多いだろうが・・・)などで「中山千夏」について書かれた記事をもとにして、本人が客観的に「中山千夏」をみつめて分析している「かつて私は芸能人だった・・・」の内容。ボクも1960年代後半から1970年代前半までの想い出に浸れる550ページだった。中山千夏。とても素敵な人だと思う。

 『日本国憲法の逆襲 佐高信著』2001年発行。読まずに積んでいたものを引っ張り出して読み始める。田原総一郎、辛淑玉、むのたけじ、など多くの人たちと佐高信氏との対談集。当時から憲法の危機が言われ続けていることがわかる。憲法は政治家たちが守らなければいけない。ところがその政治家たちが憲法改正(悪)を言い募る。ここに大きな問題点があることに気づかされる。日本国憲法99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」があらためて思い出させられた。

 『小言大言2 やくみつる』以前もブログに書いたがあらためて見直した。先日、フランスでイスラム教の予言者を風刺した絵によってテロ事件が起きた。テロは許されることではない。しかし、ボクはあの風刺画については表現の自由という点について若干??と思うところがある。その点、やくみつる氏のこの4コマ漫画は政治家の風刺。これこそ表現の自由だと思う。

 『漫画版 野武士のグルメ 原作久住昌之・画土山しげる』定年になった男が暇な日中にビールを飲みながら焼きそばを食べたりする漫画。正直、どうでもいいなぁと思ったのである。

 『いろは判じ絵 岩崎均史著』年末年始のクイズ特別番組で紹介されていた一冊。江戸時代の浮世絵による「なぞなぞ判じ絵」である。ちなみに一つ紹介。
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ヒント。ハ虫類であります。答えはこのブログの最後に・・・・。これをパラパラとめくりながら「南部めくら暦」につながるなぁと思った。

 『科学入門教育WORKS No.1 楽知ん研究所発行』「しゅぽしゅぽ」と呼ばれる大道仮説実験の深い内容。脚が治ったら再度この実験を実践したいと思いながら読んだ。「30倍の世界」もなかなか良いなぁ。

 『山賊ダイアリー 5 岡本健太郎著』リアル猟師奮闘記というサブタイトル。岡本君が実際に猟師をしながらの漫画。前の4巻を持っていて、そろそろ5巻が出ているはずだと思い調べたら出ていた。アメリカザリガニ、山菜(危ないものも・・・)、ヌートリア、アカミミガメ、ヒヨドリ、ウシガエル、トノサマガエル、マムシ・・・などなど相変わらず何でも喰う。すごいぞ岡本君。

 『カラスの教科書 松原始著』動物行動学のれっきとした京都大学理学博士。松原さんは普通の研究者がほとんど興味をもたない(かもしれない)カラスを研究した内容。難しいことを易しく。易しいことは深く。堅苦しくない語り口がとても良い。

※さっきの判じ絵の答。これで「とかげ」とのこと。その心は「戸の陰(かげ)」ウーム。



本日の画伯たち

 夕方、家に帰ったらとわちゃんとわかちゃんが来ている。すでにカレンダーの裏側に絵の具で何だか塗りたくっている。
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お母さんが
「これなぁに?」 
と聞くと、とわちゃんは色を見ながらバナナだのトマトだのと言う。明日、聞いたら別の名前になるのかもしれない。それでいいのである。ちなみにわかちゃんはウンチだと言います。

   四歳がドンドン塗った水彩画何を描いたかわからぬのがいい


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リハビリは裏切らない

3月並の好天

 何ということでしょう。終日、青空が出ていた。気温は2~3℃なのだが陽の当たる場所はどこもポカポカと暖かい。ラジオの天気予報を聞いていると「3月並の天気」とのことだ。
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雪に映る家の影も青空が染みこんでいるような感じである。

 まだ、大寒の時期。これから忘れた頃の冬のしっぺ返しが少々心配ではある。



大曲工業高校野球部センバツ出場から

 好天に誘われて本店の社長が言うシャバに出た。要するに大曲まで行ったと言うことですけれど・・・。
 イーストモールというスーパーに寄ってみたら、そちこちに「祝 大曲工業高校選抜出場」のポスターが貼れていた。あらためて大曲全体でセンバツ出場を祝っていることが伝わってきた。

 ところで、センバツが決まってから昨日配達された新聞を見たのであります。嬉しいことは同じ内容でも何度でも見たいのである。
 その中で「日刊スポーツ」に次のような内容で記事が書かれている。

『創部53年目でつかんだ夢舞台。あいさつで歴代の野球部長やコーチらの名前を口にした就任19年目の阿部大樹監督(43)が実感を込めた。「涙が出そうになった」』

短いコメントだが、これを読んだ時に多くの人を思いやる阿部監督の謙虚さが夢舞台を引き寄せたんだろうなぁ。
 考えてみると野球で大切なことは「感謝の気持ち、謙虚さ、素直さ」である。と、二人で言い続けての10年間だった。それらのことが彼の気持ちの中に走馬燈にように駆け巡ったのではないかと思う。

 いよいよ甲子園で応援することが楽しみになってきた。



 今日、3日ぶりに自称「むくみ度」チェックをした。見た目ではむくみは結構とれている。しかし、実際にメジャーを当ててみるとそれほど減少していない。
 先日は「むくみ度1.08」だった。さっき測定したら「1.055」となっている。少しずつ少しずつ良くなってきているのだろう。そして、松葉杖をつかずに自分の脚だけで右・左・右・左・右とギッコンバッタンと進めるようになった。
 水曜日に病院に行ってリハビリのことを指示される予定。今もリハビリ中なのだが・・・・。真実かどうかはわからないが長嶋茂雄氏が言った言葉がある。(アンチYGでも長嶋さんの闘病生活は別物)
「リハビリは裏切らない」
これを座右の銘にして取り組みたいと思っている。

    「リハビリは裏切らない」と言われても脚を曲げられ「痛いっ」と裏切る

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徘徊老人になってしまった?!

湯治に

 好天になった。雪もそれほど降っていないので久しぶりに湯治に出かけることにした。打ち身・打撲・筋肉痛など諸々に効能のある戸波鉱泉にGOである。自分で運転もできるし、ちょっと遠出するのも悪くない。
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 と、言うわけで本日は家人同伴で戸波鉱泉で湯治をした。弱アルカリ性の鉱泉に入り脚の曲げ伸ばしなどを何度か行ってきた。なかなか良い感じである。


 戸波鉱泉の帰り道。十文字町にあるラ○キーというスーパーセンターに寄った。少しは脚も回復しているだろうと思い、松葉杖を一本だけでノコノコと大きなスーパーの中に入った。つまり、三本脚での買い物である。
 久しぶりにスーパーセンターに入ってみると見る物、聞く物珍しい。
 この感覚は中学校3年生の時の修学旅行に似ている。わが外小友中学校の修学旅行は東京だった。東京では銀座三越(だったと思う)の店舗に入ることもコースに入っていた。
 田舎者のボクは大きなデパートなんかは見たことがない。せいぜい秋田市の木内デパートを見て仰天していたくらいだ。東京の三越は広いし品揃えがものすごくウロウロキョロキョロした。集合時間などはすっかり忘れてしまった。まるで浦島太郎状態。
♪乙姫様のごちそうに 鯛やひらめの舞踊り ただ珍しく面白く 月日のたつのも夢のうち
アッと気づいて、集合時間をかなり遅れて合流した記憶がある。まったくの、お上(のぼ)りさんですね。
 今日の十文字ラ○キーではそんな状態だった。松葉杖で歩いていると休憩所では将棋を指している小父さんたちが二組居る。ウーム、と思い遠くから少し観戦。すると何となく小父さんたちに睨まれたので退散退散。
 オッ、本屋もあるなぁ。どれどれと眺めたら郷土の本や雑誌のコーナーが充実している。何冊か手に取ってみて「よしよし次に来た時には買おう」。
 除雪機もあるなぁ。この冬はなかなか売れないかもしれないなぁ。ブツブツブツ・・・。
 いろんな物体や人物を観察しながら、徐々に車を降りた入り口に向かっているつもりだった。そして、自動ドアで外に出たら・・・。アレッ見知らぬ場所だ???慌ててもう一度店の中に戻った。
 ピョコタンピョコタンとスーパーセンター内で結構な距離を歩いたのは確かだ。でも、自分が入店した場所を間違うはずがない。
 するとポケットで携帯電話がブルブルとうなっている。家人が
「どごさエッタンダァ!」
と、ご立腹の様子。
「車に戻ると思っているんだども・・・」
結局、スーパーセンター内で迷子になってしまった。

 映画「ショーシャンクの空に」で刑務所から仮出所した老人が働いている時に、いちいち「トイレに行っていいですか」と聞くなど狭い範囲だけで生活してきた後遺症の場面を思い出した。
 ボクも、しばらくは50センチの世界でしか生きていなかったので荒野(広野)に放たれて右も左もわからなくなってしまったのだ。

 これは徘徊老人の典型だろうなぁと思いながら、もと来たルートをとぼとぼ帰ってみたら、いましたいました鬼の形相の家人が・・・。結局ボクは捕獲いや捕縛違うなぁ収容(かな)されて自分の車に帰ることができた。
 反省。キビキビと動くためには、まだまだ松葉杖は二本必要であるってことですね。

と、言うわけで本日は気づきのあった良い日だったことにしよう。でも、少し疲れました。これにて本日のブログは終了です。

大曲工業高校センバツ出場!

良かったなぁ

 大曲工業高校野球部創立52年になりセンバツ出場が決まった。夕方、大曲工業高校の卒業生が
「楽しみにしているはずだから」
と、秋田魁新報の号外を持ってきてくれた。
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ありがたいとことです。

 ボクは19年前から10年間(つまり、9年前まで)大曲工業高校野球部の部長だった。今の阿部監督とコーチ・スタッフと甲子園めざして懸命に取り組んできた。
 正直に言えば、その当時は甲子園は夢のまた夢の段階。秋田市内のチームに歯も立たなかった。もちろん県南地区のチームにもなかなか勝てない状態だった。
 それでも一歩前進、二歩後退。そしてまた前進しようとお互いにもがいてきた歴史である。

 そんなことが10年間発行し続けた「野球部便り」に記録されている。この時の野球に対する考え方や思いは今も脈々と流れていると思う。
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 先ほどパラパラと見直したが10年間に発行して手渡した約3000枚はボクにとってある意味貴重な宝物と言えるかもしれない。

 そうそう、これは1年分を縮刷版にして部員に手渡した。卒業する時には部員は3冊持っている計算だ。時々、町中ですれ違う野球部OBに
「野球部便り3冊今も持ってますよ」
と、言われると妙に嬉しくもあり妙に気恥ずかしさもある。

 いずれにしても大曲工業高校野球部のセンバツ出場。地元に勇気を与えてくれると思う。そして、ボクは脚を治して甲子園のスタンドに自力で昇るように努力しなければならない。と、心に誓っている。

 たくさんの人からお祝いの電話やメールをいただいた。まだ、大曲工業高校野球部の部長だったことを知っておられる人がいることに感謝やら面はゆさを感じた。
 でも、図々しいボクは素直にありがたくお祝いを受け止めたのであります。ハイ。
 そして、本店の社長とよく話した
「オレだぢ目のクレーうぢに大工甲子園さエッテケレバエーナ」
が、本当になったのである。

 大曲工業高校野球部のセンバツ出場おめでとう!エガッタナァ。

と、言うわけで本日は祝杯をあげようと思ったがやめました。脚をしっかりと治すまで自省(自制)して甲子園のスタンドを自分の脚で歩くことを目指すのであります。ハイ。
これにて本日のブログは生存証明です。

    大曲工業高校野球部のセンバツ出場ただただ嬉し

イブリガッコ

 イスラム国から人質二人の脅迫問題で日本は揺れているのだが、経緯を見守ることにしたので解決を祈るしかない。

 さて、本日の本題。写真は本日Wさんにいただいた秋田名産の「イブリガッコ」です。
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このイブリガッコの産地は山内村(の、はずです)。2年ほど前に我が社に青い虎の絵を描く「画伯」がいた。その子のばあちゃんがイブリガッコ作りの名人。横手地区で行われている「イブリンピック」で表彰されたとも聞く。Wさんがそのおばあちゃんの作ったイブリガッコが大好きで毎年購入しているとのこと。その貴重品をいただいたわけです。

 早速、切ってもらいカリポリカリポリ食べた。甘すぎずしょっぱく過ぎず煙の風味が口中に広がる。噛んでいると少し大根の辛みがありウーム大人の味である。

我が社のK君が言う。
「これを食べたらダメっすよ」
「なんで!」
「ケガしているのに酒を呑みすぎるすべ」
「ムムッ」
正解なだけにギクッとしている。でも、もう少しの間は酒っこは呑みません。まずはケガの回復が第一。回復してから呑むことにします。です。アレッ動揺しているのか言葉遣いが変だぞ。

 ところでイブリガッコ(もしかしたら正式には燻り香々かも・・・)、要するに燻製をした漬け物である。秋田では漬け物を総称して「ガッコ」という。
 我が家の家人が若い頃の話。秋も深まった南外村の道路を彼女が車で走っていたら、道端の小さな小屋からモクモクと煙が出ている。
「大変だ、火事だっ」
とあわてて、そこの家に駆け込んだ。すると、その家の人は慌てず騒がず
「あれがぁ、エブリガッコいぶしてるんだぁ」
と、言われてすごすご引き返したとのことだった。
 そりゃそうだ。他県からヨメに来て煙の出ている建物を見たら火事だと思うでしょうねぇ。

 あらためて写真の大根の「イブリガッコ」を見てみると燻されてしなびた大根を漬けた感じが伝わってくる。このジナァとした歯ごたえがいいんですねぇ。
 今は大根ばかりでなくニンジンのイブリガッコもある。

 と、言うわけで本日は「ガッコ茶」でノンビリと休みます。ン?、ガッコ茶がわからないですか。それはですねぇ。ガッコをカリポリかじりながらお茶を飲む。そして、ガッコ・・・とお茶を楽しむ時間のことを言う。Wさん感謝感謝。

    辛みあり甘さもありて塩っぱさもイブリガッコは人生の味


わかちゃん。今日、帰ったら少し熱が出ているようだ。でも、元気がいい。彼女が彼女の家に帰る間際に
「今日はジジといる」
と、言う。ウームなかなか泣かせるではありませんか。
先日、届いた小包の段ボールに色を塗ったお面をかぶってご機嫌なわかちゃんであります。
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本日はこれにてブログは終了です。

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