大曲工業高校センバツ出場!

良かったなぁ

 大曲工業高校野球部創立52年になりセンバツ出場が決まった。夕方、大曲工業高校の卒業生が
「楽しみにしているはずだから」
と、秋田魁新報の号外を持ってきてくれた。
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ありがたいとことです。

 ボクは19年前から10年間(つまり、9年前まで)大曲工業高校野球部の部長だった。今の阿部監督とコーチ・スタッフと甲子園めざして懸命に取り組んできた。
 正直に言えば、その当時は甲子園は夢のまた夢の段階。秋田市内のチームに歯も立たなかった。もちろん県南地区のチームにもなかなか勝てない状態だった。
 それでも一歩前進、二歩後退。そしてまた前進しようとお互いにもがいてきた歴史である。

 そんなことが10年間発行し続けた「野球部便り」に記録されている。この時の野球に対する考え方や思いは今も脈々と流れていると思う。
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 先ほどパラパラと見直したが10年間に発行して手渡した約3000枚はボクにとってある意味貴重な宝物と言えるかもしれない。

 そうそう、これは1年分を縮刷版にして部員に手渡した。卒業する時には部員は3冊持っている計算だ。時々、町中ですれ違う野球部OBに
「野球部便り3冊今も持ってますよ」
と、言われると妙に嬉しくもあり妙に気恥ずかしさもある。

 いずれにしても大曲工業高校野球部のセンバツ出場。地元に勇気を与えてくれると思う。そして、ボクは脚を治して甲子園のスタンドに自力で昇るように努力しなければならない。と、心に誓っている。

 たくさんの人からお祝いの電話やメールをいただいた。まだ、大曲工業高校野球部の部長だったことを知っておられる人がいることに感謝やら面はゆさを感じた。
 でも、図々しいボクは素直にありがたくお祝いを受け止めたのであります。ハイ。
 そして、本店の社長とよく話した
「オレだぢ目のクレーうぢに大工甲子園さエッテケレバエーナ」
が、本当になったのである。

 大曲工業高校野球部のセンバツ出場おめでとう!エガッタナァ。

と、言うわけで本日は祝杯をあげようと思ったがやめました。脚をしっかりと治すまで自省(自制)して甲子園のスタンドを自分の脚で歩くことを目指すのであります。ハイ。
これにて本日のブログは生存証明です。

    大曲工業高校野球部のセンバツ出場ただただ嬉し
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