秋田県高等学校野球大会記録集

野球を通した「縁」がある

 秋田県高野連発行の『平成26年度秋田県高等学校野球大会記録集』が届いた。
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今年度開催された高校野球の硬式・軟式の大会記録が記載されている。この記録集を作るための労力は大変だったろうなぁと思わせる渾身の1冊だ。

 実はこの中にボクにとってもおそらく永久に記録と記憶に残ると思われる部分がある。
 それは試合経過を記録した内容だ。
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 実はこの試合の日だけ、ボクの所属するチームの監督K君がのっぴきならない事情で試合の指揮がとれないことになった。そこで仕方がないのでボクが監督として、そして職場のKMさんにお願いし責任教師つまり部長を引き受けてもらうことにした。すぐに高野連に一時的に部長・監督交代届けを出してボクは1試合のみの監督になった。
 そして、臨んだこの試合。序盤からリードされてしまう。それでも焦らずにしかも諦めずに少しずつ追いつくことを部員たちに確認しながら試合を進める。5回で何とか追いつくことができた。
 5回までは「待て」のサインを出したつもりが突然「ダブルスチール」になったり「アリャリャ」と大慌ての采配となっていたのである。それでも少しずつサインを部員たちと確認しながらどうにか同点まで追いついた。
 この段階で投手交代をして試合はしのぎ勝負に・・・・。

 何とか、しのいでと言うよりもボクは無策で何とか同点で9回裏までたどり着いた。
 さぁ、9回裏。足の速い選手が先頭打者。絶対にセーフティーバントをやるようにとの指示を出した。彼もやる気満々。アリャリャ1球目失敗。
 2球目も当然「セーフティーバントGO」のサインを出そうとしたがサインを忘れたので「セーフティーバント」とジェスチャーと小声で指示。ウーム長嶋ばりだのぉ。YGに対してボクはウルトラアンチだが長嶋はまぁいいか・・・。
 緊張していた相手投手は2球目にデットボール。何てこった。労せずして無死一塁。当然、次打者に送りバントなどをやってもらっているうちに相手チームの失策などでサヨナラゲームになった。
 生まれて初めての公式戦の監督で初勝利をあげることができたのである。まったく何てこったですね。

 そして、何よりもこの試合で「野球を通しての縁」を知ることになったのが自分的にはとてもすごいことだと思っている。
 それは45年前にさかのぼる。
 45年前にN高校が軟式野球大会の秋田県代表で神宮球場で開催された全国大会に出場した。N高校はその大会で勝ち上がりベスト4になったのである。
 そのチームの部長がボクの父。監督が今回急遽臨時部長をお願いしたKMさんのお父さん。そして、選手の中に今回どうしても事情で采配をとれなかったK監督のお父さんがいたのである。
 つまり、45年前にボクとKMさんとK君の3人の父親たちは年齢と立場は違えども神宮球場の同じベンチ内にいたのだ。これほど不思議な縁はないと言ってもいい。と、この記録集を見ながらあらためて感じているのであります。

 野球は記録と記憶のゲームだなぁとつくづく思うのである。あらためてこの1冊の記録集を作った人に敬意を表したい。

     野球とは記録のゲームと言いますが底に流れる思いは深し.


本日は家から出ることもなくボーッと過ごしていました。夕方から雨になってきた。明日から大荒れの天気予報。立春前からこれまで楽に過ごした日々も雪に襲われるかもしれない。覚悟して新しい週を迎えよう。
と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。
 

「ら・ぐう」にて

リハビリの日

本日はちょいと遠出のリハビリに
まずはジャスコへ行きました
店を端まで歩いたら
ケガした脚が痛みだし
どうしようかと思ったら
ジャスコは百貨店と気づきます
杖を一本買いまして
ちょこちょこちょこと歩き出し
広場の真ん中ミニコンサート
「アラジン」と言う名のグループが
ギター・ボーカル・ハーモニカ
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何とか息をつきました

夜は酒のリハビリに
焼き肉「ら・ぐう」で挑戦と
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出羽鶴冷酒一本を
チビチビチビと断らず
呑んで元気を出しながら
反省しながらリハビリの日は
無事に過ぎそうです


と、言うわけで本日は生存証明です。
元気です。

ピース又吉「火花」を読む

 まったく物好きなんだから・・・。
 先日、ラヂヲを聴いていたら大竹まこと氏がお笑いコンビのピース又吉が書いた小説「火花」を絶賛していた。小説雑誌「文学界」に掲載されたとのこと。あまりの人気と売れ行きで「文学界」始まって以来の増刷が出たらしい。
 秋田弁で言う「流行りの半纏着ね者バガだ」という言葉があるかどうかはわからないが流行りに乗ることにした。

 ところが「文学界」を探したのだが全部売り切れ。アリャリャそれじゃあダメじゃんと思って古本を見たら少し高価だが売りに出ている。東京駅開業100周年スイカではないが、儲けには目ざとい人がいるものだと思いながらポチった。

 先日それが届いた。
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そして、一気に読んだ。ピース又吉こと又吉直樹さんの自伝的な内容だが表現の仕方が面白い。内容が大阪弁なので正直読みにくいところもあるが・・・・。
 師匠と尊敬する先輩と、おそらく又吉さん本人の漫才を通しての交流小説とでも言いましょうか。そんな内容である。ボクはこれを詠みながら野球にもつながるなぁ。と、思った。理由は漫才界も野球の世界も負けを通して将来に向かって「何を学ぶか」を小説にあるなぁと思ったからだ。
 ネタバレになるのでストーリーの詳細は書かないがピース又吉、なかなかすごいなぁと思ったわけです。才能のある人っているもんですね。
以上、物好きのボクの読書日記でした。

 小説の雑誌を読むのは何年ぶりだろう、新潮社から出ている(今も出版されているかどうかは不明)雑誌「yom yom」を知人から借りて読んで以来だ。いろんな作家の短編小説が読めるのがおもしろい。


 本日は横手である会議があった。社会復帰の一環として出席。その後、夕方から交流会があったが酒を呑まずに先ほど帰宅。一杯呑まずにつきあうことは難しいなぁ。もう少しの我慢ですね。
 と、言うわけで本日のブログはこれにて生存証明です。

「かまいたち」?

好天の杉林

 朝、家を出てすぐに杉林がある。先日もブログに書いたのだが間伐をおこなったのですっきりと明るい杉林が出現している。
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ところで自分のHPを作っていたのだがズーッと長い間立ち枯れ状態になっていた。要するに手をつけずに何年かそのままにしていた。もう少しで契約が解約になるのでそのまま閉鎖しようと考えている。
Hi-Rock's ROOM
最初は意気込んで作ったのだが・・・・。まぁ、そんなものでしょう。


久しぶりの鳥海山

 今朝はキーンと冷え込んで遠くの山も見えるようになった。
 鳥海山が久しぶりに顔を出してくれて職場に向かうボクを出迎えてくれた。
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頂上をよく見ると雪煙が上がっているようで上空では強風が吹き荒れているなぁと思わせた。
 ところが,この後でちょっとした事件が・・・・。職場に着こうとする2~3分前。町中を普通に走っていたら助手席側のドアミラーの付近で「ドンッ」と音がする。「アレッ」と思いチラッと見るとドアミラーが少し折れている。
 アリャリャと思い自動的に折り曲げて元に戻したらまともになった。不思議な現象だなぁと思いながら職場の駐車場に着いて確認したらドアミラーの端っこが割れている。しかも中に入っているウインカーの豆電球が切れていた。
 何かがぶつかったことは確かである。しかし、現実的には何もない場所。もしかしたら上から凍った雪の小さな塊が落ちてきたのかなぁと考えたのが原因はわからない。「かまいたち」みたいなんだなぁ。と、思ったが余計な出費になってしまった。
 冬は何が起きるかわからないのである。



とわちゃんととわちゃんはテレビアニメが大好きである。この写真は「アナと雪の女王」を見ているところ。
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何度も何度も見ているのだが飽きることはなさそうだ。
ある意味とてもうらやましいと思う。
と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。

NHKドキュメンタリー「イスラム国」を見て

蒸気の道路

 気温は2℃前後なのだがアスファルトの出ている道路からはほわほわと蒸気が立ち上がっている。
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それだけ太陽は高くなっているのだろう。
 と、言うわけで立春である。


38年ぶりの立春の満月

 ラジオを聴いていたら今日の立春の満月は38年ぶりとのことだ。
 夕方になり、とわちゃんとわかちゃんが自分たちの家に帰る時に見送りで外に出たらきれいに満月が出ていた。
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 38年前。何をやっていたんだろう。まだ、ボクには子どももいなかったので毎日飲んだくれていた頃だ。もっとも子どもが産まれてからも飲んだくれてはいたが・・・。神岡町にある高等農業学園という校舎で勤務していたことを思い出す。いまは存在も建物も影も形もない。そう言えば、先日そこの卒業生のW君から電話が来たなぁ。最近、何だか懐かしい卒業生から電話がきたりメールが来たりする。不思議なことだ。

 立春と満月の巡り合わせを見ることができたのである。



忘れないために・・・

 2月1日。イスラム国に人質にとられていた後藤健二さんが殺害されたと報じられた。その晩に放映されたNHKドキュメンタリー『追跡「イスラム国」』を見た。
 ドキュメンタリーの最初の画面に釘づけになってしまった。
 それはロンドンの町中を走る車の中で話す一人の男の映像である。
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その男は手に持った携帯電話に流れるメール(ネットかもしれない)のテキストをジーッと見ている。そして女性のアナウンサーは次のように語る。

『先月、二人の殺害予告の出される2日前。イスラム過激派組織〈イスラム国〉を支持する男が突然話を切り出しました。
「日本が〈イスラム国〉との戦いに2億ドルを出すのか。信じられない日本が参加するなんて。我々はもう日本を敵とみなすだろう』
その後、湯川はるなさんを殺害するという画像が、そして今朝、後藤健二さんを殺害したとする動画がインターネット上に投稿されたのです』

この後番組はイスラム国に関するドキュメンタリーを約1時間放映した。
 イスラム国の発生について。アメリカのイラク侵攻、ヨーロッパにおける貧困と差別などなどが報告されていた。
 
 この人質事件については今国会で議論をされている。しかし、安倍晋三首相は「このこと」をけっして認めない。むしろ居丈高になっているとしか見えない。
 いずれにしても今回の人質事件のすべては、この番組の冒頭でアナウンサーが話した内容が物語っていると思えて仕方がない。
 そして、いつでもどこでもテロリストに狙われる国になったことも事実であることが理解できる。

 しかも詳細な検証が必要なのに「特定秘密保護法」で闇に葬られそうな感じである。勇ましいことが本当に良いことなのか。言葉の使い方の是非などについて臆病者のボクは考えてしまう。

     勇ましきことは本当に良きことか今は臆病必要な時


と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。
 

節分になりました

氷柱

 久しぶりに、わかちゃんを迎えに出る場所に行ってみた。そこの小さな屋根の下には氷柱が下がっている。自動販売機が何だかさびしそうである。
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 仕事先の桜の木を見ていると小鳥がひっきりなしにやってくる。
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何だろうなぁと思ったらウソである。
 桜の花芽をどんどん食べている様子だ。もしかしたら桜の季節になれば疎らな開花になるのかもしれない。それでも花芽を食べに来るくらいだから確実に春に近づいているのは確かである。


節分

 鬼たちがいる。こんな鬼なら
「鬼は~内」
である。と、思う。
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 とわちゃんは保育園で作ったという鬼の面で自慢げな様子。わかちゃんはお気に入りのアナと雪の女王ドレスを着てでんろく豆の付録である赤塚不二夫の鬼の面でご機嫌。わかちゃんはこの鬼の面が気に入って昨日から手放さないで持ち歩いていると言う。

 職場から家に帰ったら、二人の鬼が豆をまきしようと待っている。孫たちが鬼の面をつけての豆まきも、ジジバカにとってはなかなかに良いのであります。

 と、言うわけでようやく節分になった。冬はもう少しの辛抱である。でも、刈和野の綱引きや横手のかまくらなど小正月行事が終わるまではまだまだ気は抜けない。

   節分になって日暮れは午後五時に光戻るも寒さ居座り


これにて本日のブログは終了です。

十五代彦兵衛

積雪120センチ

 3日ぶりに職場に出て外を見たら積雪が120センチになっていた。
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夕方に職場を辞する時に雪はモサモサと降り始めたから,明朝には120センチを超えているかもしれない。
 1月中旬に冬将軍は「雪はもう降りませんよ」とポーズを作っていたが、結局この冬も大雪になってきた。


嬉しい一本

 久しぶりのKさんから、何ということでしょう銘酒が一本届いた。
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『十五代彦兵衛」である。中には「大曲工業高校の甲子園センバツ出場おめでとうございます」の手紙が入っている。
 さらに、
「かつてボクと阿部監督のコンビがあったからこそ、今の大曲工業高校野球部があったと思っている」
との過分の言葉があった。すでに過去の人間になったボクを覚えていてくれたことに感謝したい。

 Kさんとの初めての出会いは19年ほど前の大曲工業高校のバックネット裏だったと彼に打ち明けられたことがある。
「アー、あの時の・・・」
で、すべてが解決した時だった。

 今、彼は高校野球の現場から離れているのだが、いずれ高校野球の指導者として帰ってくる「男」だと思っている。

 と、言うわけでボクは脚の具合を見ながらありがたくいただきます。

    
     青年は若き日の夢追い続け白球の舞う荒野を目指す


イスラム国による人質事件は最悪の結果となってしまった。いろいろと考えることはあるのだが簡単に一言だけ書いておきたい。
政治家は「言葉の使い方」をしっかりしなければいけないとつくづく考えさせられたし、日本は世界の中で別の次元に否応なく放り込まれたと思うのである。いずれにしろ国会での検証作業を見守る必要がある。

と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。
 

「OK204」の会

 このタイトルだけでは何か良くわかりませんね。ちょっと説明をすると・・・・。
 2000年に大曲工業高校野球部が夏の大会ベスト4になった。その時の3年生部員の保護者が卒業後も交流をもとうゼということで結成された。
 「204」の意味を聞いた。「4」はベスト4とわかるが、「20」は忘れてしまった。おそらく「2000」を縮めたのだと思うが・・・。「OK」は大曲工業のイニシャル。普通の略称は「大工」「ダイクじゃありませんぜダンナ」。これは「ダイコウ」というのだが帽子にはおそらく今もそうだと思うが「OK」マークがついている。で、「OK204の会」である。

 ここまで書いて思い出した。大曲工業はだいたい創立以来50年くらいだ。その創立当時から学校祭は「大工祭」となっている。「大工祭」をPRするために作ったポスターを町や村に貼ったら、まったくなんてこった。このポスターを見た地元の年寄りたちが言ったという話がある。
「オヤ?デグ(だいく)マヂリ?どごさデグ(ダイク)だぢ集まるんだ?」
「ンデネ、ダイコウサイだ」
「ダイコウサイってなんだ?」
「大曲工業の文化祭だ」
都市伝説だろうが・・・・。

 さて、「OK204」卒業後15年ほど経過しているのだが毎年場所や幹事を変えて継続されている。数年前に一度、監督と二人で参加させてもらったことがある。
 今回はボクが脚をケガしての功名とも言える。12月にケガをして病院に行ったら看護師さんに
「しばらくです」
と、声をかけられた。
「ムムッ」
その人はこの時の部員YU君のお母さんだった。色々と話をしたら「OK204」は毎年やっているとのこと。
「ヘバ、オレさも案内ケネベガ?」
と、聞いたら
「幹事に話してみますから」

まもなく案内状が届いた。
 すぐに出席の連絡をする。ちなみにYU君のお母さんにギブスを2回切ってもらった。助かっているんですねぇ。

 本日、その会が山内村の「鶴が池荘」で開催された。
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今回は大曲工業高校野球部がセンバツに出場することも決まり、皆ニコニコ顔。大曲工業高校野球部の歴史を着実に作ってくれたメンバーの保護者たちである。

 息子さんたちや参加者の近況報告。さらに何ということでしょう。お楽しみ会までありあっという間の3時間。一人一人の方とじっくり話すこともできなかったが嬉しい再会でありました。

 で、個人的に報告です。正月に缶ビール二本しか呑まなかったのですが、本日は300㎖の冷酒一本を美味しくいただいたことを報告させていただきます。ハイ。
秋田弁で言う
「カデデケデ、アリガドサン」
なのであります。

最後にお土産にいただいてきたセンバツ出場のお祝いポスターを・・・
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本日のブログはこれにて終了です。

   卒業後十五年経ち子どもらは父になったり独身もいたり

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