銘酒『太平山の唄』

いよいよ雪かなぁ

 札幌では11月にしては50年ぶりかの大雪とのこと。ところが今朝のラジオを聴いていたら青森ではこの時期に雪が降らないの明治以来の珍しい気象現象とのことだった。
 わが鳥海山は写真のように薄墨の色で屹立していた。
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小玉醸造さんのご厚意

 朝日新聞2015.11.18日付の秋田版に秋田市の出版社である無明舎出版の代表安倍甲さんが『酒 蔵に眠る「ちょっといい話」』というコラムが掲載された。なお、安倍さんは「あんばい こう」さんという名前だったと思う。
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 ここには神宮寺の刈穂酒造の「六舟」という名前の由来を紹介している。なるほどなぁと隣町の有名な酒の由来を知った。
 そして、安倍さんは今回の本題。飯田川町(潟上市)にある銘酒「太平山」の小玉醸造も取り上げている。
その内容を簡単に紹介すると。

 小玉醸造が初めてコマーシャルソングを作ったのが1967年(昭和42年)だったと言う。この当時大潟村の第1次入植が始まり、秋田市には県立美術館が開館し、NHKテレビの受信契約者数が全国で二千万台を超えた年だったそうだ。
 秋田県の受信契約者数はどれくらいだったんだろうか、少し疑問だが・・・。我が家にテレビ受像機はあったことは確かだが。これはボクの独り言。
 こんな時代背景を受けて作られたコマーシャルソングだったようだ。
 ここから読んでいて驚いたのは作曲者があの中村八大、歌手が加藤登紀子だということだ。作詞家は永六輔ではなく永六輔事務所のスタッフの中井征さんという方だったようだ。
 この当時、中村八大は押しも押されもせぬしない坂本九などの楽曲を世に出した大作曲家。加藤登紀子は2枚目のシングル「赤い風船」がレコード大賞の新人賞を受賞して人気が出始めた頃だったらしい。でも、一般的にはこのCMソングの2年後69年の「ひとり寝の子守唄」がヒットするまでは無名な歌手だった。
 先代の小玉社長が新し物好きだったらしく加藤登紀子か倍賞美津子のどちらかの歌手にしようと考えていたようだ。
 そして、このコマーシャルソング「太平山の唄」は、今もソノシート盤として小玉さんの会社に数十枚残っていて聴くことができると、コラムに書いている。

 これはこれはすごい情報だ。と、思い早速小玉醸造に連絡をとったら次のような丁寧な内容の返事が返ってきた。
 ソノシート盤はまだ在庫があるのでプレゼントしてくださるとのこと。さらにありがたいことにデジタル化した「太平山の唄」の曲とギターコード付きの楽譜もメールに添付して送ってくださった。
太平山の歌
 そのうちにギターでポロンポロンと『太平山の唄』を弾いてみよう。

 そして、小玉醸造の蔵は見学もできて、蔵の一つを改装して写真ギャラリー「ブルーホール」(開館6年)もあると言う。昨年ブルーホールの5周年記念イベントで、加藤登紀子さんにおいで頂き、たくさんの歌の中で、もちろんこのコマーシャルソングも歌っていただいたとのこと。
 そして、今年7月秋田市文化会館での加藤登紀子ショーで「太平山の唄」を披露されたとのことで小玉醸造の方たちも驚いたとのことだった。
 加藤登紀子さんは出演のテレビ番組等で、『私のデビュー当時のコマーシャルソング、お酒の唄なのよ』などと、紹介される場面もあるそうだ。

 ボクも直径9センチのソノシートを聴いてみた。
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ターンテーブルが少しよれているので音も若干よれるのだが問題なく聴くことができた。加藤登紀子さんの歌の後にカラオケバージョンもありなかなかにいいのである。

 大曲周辺で銘酒天下の「太平山」を探しているが売っていない。近いうちに秋田市周辺に行ったら購入してこようと考えている。
小玉醸造さんのご厚意に感謝したい。
♪酒は酒は天下の太平山
これが、今のCMソングですね。それにしてもボクも物好きですね。


本日のブログはこれにて終了です。

  √2は一世一世に人見頃人を見ていてヒトに騙され
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