上を向いて歩こう


暑い日が帰ってきました

 数日、涼しい日々が続いていた。涼しさを感じるのがトイレに入った時。節電で便座の保温装置を切っている。暑い日に座るとヒンヤリしてとても気持ちがいい。ところが涼しい日々になると「ヒャーッ」とついつい腰を浮かしてしまうのです。

 昨日から暑い日々が帰ってきた。雲も入道雲になろうとする気配を感じさせてくれる。


とうとう砂嵐に

 やはり物好きっているものですね。今朝の魁新報のコラム『北斗星』欄に地デジ化された瞬間のことコラムニストがを書いていた。

『アナログ放送がきのう正午で終了した。歴史的な瞬間と言うには大げさだが、テレビをアナログに切り替えてその時を待った。正午「長い間ご覧いただきありがとうございました」という大文字が画面を埋めた』

同じことをする人は多かったんだろうなぁ。50年以上と言えばやはり感慨深いものがある。

 ボクは昨夜日付の変わる時、アナログ電波が止まる瞬間、つまり砂嵐が出る瞬間を見たいと思い日本酒を一杯飲みながら待機した。
 その「時」を動画で撮っておこうと思い準備したのだが間に合わなかった。ブルーの画面から突然砂嵐画面になった。アリャー、間に合わない。それでおしまい。とうとう酔いつぶれてしまった。
 昨日も書いたのだが、地デジ化は余計なお世話のような気がするのだが・・・。まぁ、仕方がないでしょう。


いい歌です

 高校1年生の時。部活動の先輩の家に泊まって大曲の花火を見た。その夜にテレビで放送されていた「夢で会いましょう」の番組で初めて坂本九の歌う「上を向いて歩こう」を聴いた。と、思う。

 いい歌だなぁ、もう一度聴きたいなぁと思ったのだが番組が放送されるまで一週間待つしかない。我が父親はけっこう厳しくて夜遅く(「夢で会いましょう」は午後10時前後に放映されていた)のテレビはあまり見せてくれなかった。
 当時、テレビは一家に一台の貴重品。何とか頼み込んで「こんただバガクセ、テレビ見て・・」という声を聞きながら見せてもらった。

 「上を向いて歩こう」は大ヒット曲になった。アメリカのビルボード誌でも1位を獲得するまでになった。画期的なことである。
 先日、この曲の特集をNHKで放映していた。大ヒット曲になり渡米した坂本九がインタビューで応える場面を映し出した。

「日本で人気のあるお話を一つやってください」
「エーと。となりの家に垣根ができたんだってねぇ。ヘー」

と、いう小咄を披露していたのだがアメリカ人には全く伝わらない様子だった。こんなに面白い噺はないのに・・・。

 今、「上を向いて歩こう」が取り上げられているのは大震災の応援歌になっているからとのこと。歌詞も歌の調子も「よし、がんばるべ」となるのだろう。

 何年か前に大洪水がありバスの屋根に取り残された多くの人が気持ちを一つにするために「上を向いて歩こう」を皆で歌ったことは有名な話である。これを立川志の輔は次のように落語のマクラで話している。
「バスの上で皆で歌える誰でも知っている歌が歌える年代の人たちはいいですね。今の人たちはこんな状況になったら何を歌うんでしょうねぇ」
確かに若者たちの音楽や歌の好みは多様化しているので皆で一緒に歌える歌は少ないのかもしれない。

 先日、「上を向いて歩こう」のCDが発売された。早速、ポチッとして入手。ジャケットは最初に発売された時の写真である。あらためて聴いてみると今は亡き坂本九の声が懐かしい。つくづくいい歌だなぁと思った。

 話変わって朝日新聞の短歌欄に次のような歌が掲載された。
   「上を向いて歩こう」は聴きたくないと言うひとりぼっちとなれる被災者
                          和泉市 長尾 幹也さん
 この気持ちもすごくよくわかります。名曲は勇気とそしていろいろな想いを人の心に映してゆく。

    50年心捉えた歌がある「上を向いて歩こう」今も好き

 この歌にはまだまだ想い出がある。忌野清志郎がRCで「上を向いて歩こう」をカバーした曲を結婚式の入場に使った素敵な男もいる。ボクはALTと一緒に歌った記憶もある。

 それぞれの上を向いて歩こうを思い出す。それにしても震災の対応は4ヶ月を過ぎても遅々として進まない。



これにて本日のブログは終了です。

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