JA7AGOさんの葬儀


73

 今日は仕事を休んだ。それは大先輩である冨樫さんの葬儀があったからだ。冨樫さんはアマチュア無線でとてもお世話になった方である。コールサインはJA7AGO。「エー・ジー・オーさん」と呼んでいた。ローマ字読みをすると「あご」さんになる。
 「あご」さんの思い出がある。20年以上前にボクはお遊びで冨樫さんに絵手紙を出した。そこには漫画サザエさんにあった絵手紙を真似て「顎」を強調して宛先を描いた。手紙の内容も下手くそなカット絵を配置した。AGOさんはその手紙をとても喜んでくれた。つい先日まで「あれ、まだ持ってるんす」と飲めば話してくれた。

 25日(土)秋田市の川反で飲んだことは昨日のブログに書いた。実はその席で冨樫さんの突然の逝去の話がされた。参加していた誰もが驚き困惑していた。
 ADXA(THE AKITA DX ASSOCIATION)のエディターで、皆のまとめ役で、笑顔が素敵でなによりも酒好きで温厚な顔を思い浮かべたはずだ。
 ミーティングで飲みつぶれるまで飲んだこと。最近は酒量がお互いに減ったことなどなど話したことを想い出す。いろいろな思い出が浮かんでくる。

 今日の葬儀では多くの参列の方がおられた。もちろんアマチュア無線の仲間たちもたくさん参列していた。それだけ慕われていたことだ。慕われていたと言えば何人かの弔辞で7人の孫の代表で中学生くらいのお嬢さんが話した。

「おじいちゃんの膝の上が一番好きでした。そこは4人兄妹の中で私は譲れない場所でした」

ここでボクの鼻はツーンとして鼻水が流れてしまった。

「おじいちゃんに肩車をしてもらって、頭をパシパシたたきながら、おじいちゃんの髪の毛はどうしてないの。と、聞いたら・・・皆に分けてやったから・・・」

それは反則ワザだ。と、思いながら目から涙がドーッと流れ出てしまった。AGOさんがうらやましいなぁ。オレも孫にそう言われたいなぁ。そして「オレの髪の毛は皆にわけてやったから」と孫に言いたいぞ。そこまでは生きなければと心に誓った。

 JA7ZPさんもアマチュア無線の仲間を代表して弔辞を述べられた。ZPさんはAGOさんとポナペ、モンゴル、カリブ海などなど海外を一緒にアマチュア無線を運用する旅をした。もちろん国内も2人で一緒にまわっている。その様子を弥次喜多道中にたとえて思い出を話された。
 ZPさんのお話を聞きながら「仕事は趣味のように、趣味は仕事のように」と言う言葉が頭の中をかけめぐっていた。AGOさんは「趣味は仕事のように」を体現されておられたのではないかと思ったからだ。
 ZPさんが弔辞の最後に

「アマチュア無線の言葉でサヨナラを言います。73(セブンティー・スリー)」

またまた涙がにじんでしまった。

 葬儀が終わってから誰かがしみじみと言った。

「AGOさんのコールサインが変わるなぁ」

そうかぁ。それって戒名だよなぁと思いながら祭壇の正面に行き卒塔婆とAGOさんの写真を撮してきた。写真の左上に何とか遺影があります。卒塔婆には次のように書いている。

『徳匠院直道孝心居士』

和尚さんでないから戒名の解説はできないが読んで字の通りだなぁと思ってきた。AGOさんのコールサインも想い出も永遠にボクの心に刻まれた。合掌。

   ほほえみの写真はやはり冨樫さんボクは死なない忘れぬためにも



葬儀が終わり高速道路を帰る途中西仙北ICに寄った。レストランの窓から見える向こうには風が通りすぎていた。これにて本日のブログは終了です。AGOさんに献杯。

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