「現代の名工」祝賀会へ


教え子の祝賀会

 11月6日。夕方のテレビニュースを見ていたら「今年度の秋田県で選出された日本の現代の名工に原田薫さんが決まりました」と流れた。
 エッ。それはボクが40年以上前の教え子だと慌てて画面を見たらその通りだった。これはすごい。次の日の新聞紙面も飾っていた。
 現代の名工。何の名工かと言えば理容業のである。つまり床屋さんのハサミやバリカンなどの日本の中で有数の使い手なのである。

 何日かして祝賀会の案内状が届いた。もちろん出席の返信を出しました。その祝賀会が本日秋田市であったのです。

 祝賀会には300名近い方が出席されている。正直に言えばこんな晴れがましい席はボクにとって違和感そのものだ。席が決まっているので何となく肩身の狭い思いでビールと酒の到着を待っていた。
 ところが「あにはからんや、おとうとしらず」ビールは来ない酒も届かない。どうしてでしょう。
 それはセレモニーが長いからだったのです。国会議員初めそうそうたるメンバーが挨拶する。「オレだったらもっと簡単に素敵にやるのになぁ」などと心の中で突っ込みを入れながらビールの到着をひたすら待つ。
 来賓の挨拶が終わり、本人の謝礼のことばがあった。これはとても良かったなぁ。さすが我が弟子(と、自分で思っているが・・・)素直で簡潔な内容でまとめてくれた。

 宴会になりビールも届き日本酒もあり、のんびりと食事を楽しんだ。そこに日本の名工に選出された弟さん(彼も同じ高校の生徒でボクの教え子)が席に来てくれた。これで一挙に語らいが楽しくなった。彼は言うのである。
「今だから言えるんですが・・・」
「何?」
「私が3年生の時に先生は突然転勤になりました」
「あー、んだんだ」
「ショックでした」
そうかぁ。ボクが勤務する学校に、彼を入学するように勧めたのはボクだったのだ。その彼の卒業を見ずに転勤になったのを思い出した。ボクが去った後に彼は努力して歯科技工士の道へと進んだのである。さらに彼は言う。
「先生はものすごくいいかげんだったすよ」
「・・・」
「白衣は真っ黒だし、やることがハチャメチャだし」
「・・・」
「でも、それが嬉しかったし、良かったんす」
「・・・??」
「何となく余裕を感じたのです」
「ウーム・・」
「あの時、もし、キチキチと先生が私に接していたら今の自分はないと思います」
「・・・」
「今、仕事でドクターと話をしている時の余裕がその時作られたと思います」
「どんなこと?」
「経験上、型紙通り作れば間違いなく患者さんが違和感を感じるパターンがあるんです」
「フムフム」
「その時、これじゃあ駄目ですよと言うとクビになります」
「んだなぁ」
「そんな時には、こんな感じも良いかもしれませんけれどねぇと言うんです」
「ガチンコで勝負しないで回りみちだべな」
「はい」
そうかぁ。と、ボクはハタと思い当たった。反面教師のサンプルだったのであります。良かった良かった。
 また、会って呑もうぜ。と、握手して帰った。
 要するにいろんな人がいるからいろいろな対応があると思ったのであります。40年前の自画自賛です。ハイ。

 主役の日本の名工の原田君とはあいさつまわりが忙しかったので会が終了間際に二人で写真をパシャッと撮った。
「元気?」
「ハイ」
「病気大丈夫?」
「ハイ」
最後に原田君に
「オレは商売敵だなぁ」
「???」
「髪の毛がまったくねーべ」
「いや、大丈夫っす。バリカンでもカミソリでもちゃんとやれます」
「そうかぁ」
「はい」
「ジャア」
いいねぇ。高校生の時の会話が出た。そのうち40年ぶりに床屋をしてもらうかなぁ。
 と、言うわけで本日の祝賀会素晴らしいものでした。お互いに万感の思いはあったのであります。感謝感謝。



と、言うわけで本日は楽しく酔っ払ってしまいました。これにて本日のブログは終了です。

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