1996年・夏休み


暖冬願望棚上げ

 昨夜から雪が降り続いている。しかし、ボクの心は「雨が降ったからそれほどの雪は積もっていない。だから暖冬であってもらいたい。いまさら降らなくてもいいじゃん」そんな願望がある。
 でも、そんな暖冬願望はやめよう。棚上げにしよう。謙虚に雪との戦いにいそしむことにしよう。

写真は早朝、村内の除雪を終えて除雪センターに帰る途中の除雪車と曇り空。

   シンシンとモサモサモサと音もなくしのびより来る君に負けたよ


ヤクルト石川投手(2)
 あの頃の思いでを

 石川投手の千秋学園訪問の言葉はとても良い。いろいろ参考になる。

 さて1996年、ボクは石川投手が秋商の2年生だった頃に野球に携わった。その頃の思い出を書いておきたい。思い違いもあるかもしれないが・・・。

 石川投手が高校2年の時。秋田県の高校野球界はどこのチームも勝ち上がれる可能性のある群雄割拠の時代と言えるかもしれない。

 理由の一つは、その年の有望な?2年生選手は秋田市内にそれほど集まっていなかった。県南、県北地区のチームに戦力は分散していた年だった。

 だから、1996年秋の大会に向けて秋商のO監督は危機感をおぼえていたのかもしれない。夏休み中に大曲市に遠征して大曲高校や大曲工業との練習試合をこなした。それまで秋商は県南地区に遠征してくることはほとんどなかったと思う。

 大曲高校には素晴らしい投手陣がそろっていた。もちろん野手も良かった。大曲工には後松という左の好投手がいた。両校の戦力分析も含めて探りに来たのかもしれない。

 午前中の練習試合で秋商は大曲に負けてしまった。午後の大曲工との練習試合では11-11の引き分けだった。ノーガードの打ち合い。大曲工は新チーム移行の最初の練習試合。その試合で大好きなDH君が秋商に7イニング投げて失点5だった。投げ終わった後で脱水症状になつたことは内緒にしておこう。

 この試合で石川投手は中継ぎで1イニング登板。打者4人に投げて1安打1失点自責点1だった。
 ボクはその試合で投げた石川投手の記憶がまったくない。記録を調べてみて初めてわかった。

 石川投手の存在を知ったのは次の年の夏の大会になってからだ。つまり、秋田県代表で夏の甲子園にでることになってからだった。(続く)
                        

本日のブログはこれにて終了。いささか疲れてカゼ気味です。フーッ。


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