自分には何ができるのか


小林多喜二祭にて
 先日1枚のハガキが届いた。昔、組合でお世話になった先生からだ。「第44回小林多喜二祭」に来ませんかという内容だった。

 少し記憶があいまいになっているし古いブログのログを探すのも大変だが「蟹工船」について書いたような気がする。
 小林多喜二は「蟹工船」の作者だ。秋田県大館出身の作家。76年前の1933年2月20日に殺された。

 昨年「蟹工船」が大ブレークした。若者の間ですごく読まれたとのこと。まぁボクも初めて文庫本を読んだ。厳しい労働環境の中でストライキを組織することなどが書かれている。その中で労働者達の葛藤があり弾圧があり勝利がありの小説だった。
 今の労働者が苦しい状況が続く時代だから読まれているのかもしれない。

    闘いを挑み続けて殺された
      多喜二のあとを少し追いかけ    


 秋田市に行き会場で合唱を聴き(写真)、作品「蟹工船」の朗読を聴き、小林多喜二賞の授賞式を見た。メインは碓田のぼるさんの「いまに生きる小林多喜二」の講演だったがルーリン彗星の魅力に負けて聴かずに帰ってしまった。

 会場で旧友に再会した。彼に高石友也と岡林信康の二つの曲のことを質問された。高石友也の「チューインガム一つ」、岡林信康の「チューリップのアップリケ」である。大丈夫どちらの曲も何とかなると話した。とりあえず「チューインガム一つ」の歌詞を発見。小学校3年生の詩に高石友也が曲をつけた。長くなるがブログに引用させてもらおう。ボクが子どもからこんな告白をされたら教師としてどんなことを言えるだろう。教師の本質を問われる。

      「チューインガム一つ」

せんせい おこらんとって せんせい おこらんとってね

わたしものすごく わるいことした

わたし おみせやさんの チューインガム とってん

一年生の子とふたりで  チューインガム とってしもてん

すぐみつかってしもた

きっとかみさまが おばさんにしらせたんや

わたし ものもいわれへんかった

からだが おもちゃみたいに カタカタふるえるねん

わたしが一年生の子に「取り」いうてん

一年生の子が「あんたも取り」いうたけど

わたしはみつかったらいややから いややいうた

一年生の子が取った でもわたしがわるい

その子の百倍も千倍もわるい

わるい わるい わたしがわるい

おかあちゃんにみつからへんとおもうとったのに

やっぱりすぐにみつかった

あんなこわいおかあちゃんのかお 見たことがない

あんなかなしそうな おかあちゃんのかお 見たことがない

死ぬくらいたたかれて こんな子うちの子とちがう 出ていき

おかあちゃんは泣きながら そないゆうねん

わたしひとりで出て行ってん いつも行くこうえんに行ったら

よその国へ行ったみたいな気がしたよ ねえせんせい

どこかへ行ってしまおうとおもた

でもなんぼあるいても どこへも行くところあらへん

あしばっかりふるえてくる

なんにもかんがえられへん おそうにおうちへかえって

さかなみたいに おかあちゃんに あやまってんけど

おかあちゃんはわたしの顔をみて 泣いてばかりいる

わたしはどうして あんなわるいことしたんやろ

もう二日もたっているのに

おかあちゃんは まださみしそうに泣いている

せんせい どないしよう どないしよう


そんなわけで今日は宮城から帰南外。お茶でも飲んで一休みだ。

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