日本語を蔑ろにする時は・・・

雨の一日。向こうの鉄塔が水たまりに映っている。明日からの遠征が少し心配ではあるが気合いで低気圧をおいやるかなぁ。無理ですね。
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 昨日はエスペラント語の日だったらしい。世界共通言語としようとしてエスペラント語は考案されたらしい。しかし、残念ながら世界共通語にはならなかった。とは言え世界では100万人ほどの愛好家がいるらしい。
 世界共通語にならないのは当たり前だと思う。それぞれの国の言語は文化を持っているからそんなに簡単には変えられない。戦時中、日本は占領地に日本語を強制したという話を聞く。まったく傲慢な話だ。その話を聞くだけで日本はアジア諸国にどれだけ非道いことをしたのかが見える。

 少し、話はずれたが世界共通語の運動が出てくる背景には世界的にあるいは国内的に行き詰まった時代によくあるとラジオ番組で月尾嘉男さん(東京大学名誉教授・工学博士)が話していた。
 さすが東大教授。いいことを話してくれる。日本も何回か世界共通語を話そうという運動が出ては消え、消えては出たとのこと。
 例えばローマ字運動。戦前、戦後を通じて出たり消えりしたとのこと。特に戦後は日本語をローマ字にしなければ日本は世界に通じなくなり、いずれダメになると言う論議までされたらしい。結局、そうならずに中学から英語が必修になったくらいのものだ。今ではローマ字は英語学習の妨げになっているとさえ言われる。例えばSUNDAY。「すんだい」と読むとか読まないとか・・・。
 今。小学校から英語を必修にしようという時代になった。これは日本が行き詰まっている一つの証拠だと月尾さんは論破している。
 つまり、日本の国内が行き詰まっているので世界に打って出るために英語が必要だと政治家は言っている。
だが、英語よりも日本語が大事。自国の文化もろくに学ぶことのできない状況で英語ではないだろうと月尾先生は話している。
 ボクもその通りだと思う。前にもブログに書いたが英語を学ぶ意義が「グローバル」。つまり世界を相手に金儲けをするためだけなのだ。お互いの国の文化を学ぼうということではない。もちろん相手国へのリスペクトなんかは皆無だろう、

 と、まぁ小学校から英語教育なんてろくでもない教育政策を打ち出す、政権が推し進めようとするグローバル化の危うさを示しているとボクはラジオを聴きながら勝手に解釈したのであります。


それにしても集団的自衛権。公明党は予定通りの行動をしたなぁ。どんな予定通りか?。最初は集団的自衛権なんか絶対にダメ。と、さも自分たちの言い分が正しいような「ふり」をして、最後には政教分離とか一致とかの言葉に揺さぶられて「そうですね」と妥協するパターン。
本当に平和を標榜する党なんだろうか。ただ、単に政権の片隅にいたいだけなんだろう。そうでなければ閣僚の椅子をひとつなんて言わないで3つも4つもいただくくらいの迫力を見せてもらいたい。ま、ボクの予想ですが近いうちに自民党に見限られる可能性は大きい。
負けちゃいられないです。


本日のブログはこれにて終了です。

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平和の党

出来レースなんだろうなぁ。
我々の知らない所では、どんな話し合いをしているんだろうね。
ゴリ押しがまかり通る事を、安倍がスッカリ学習した結果だね。
何とも歯がゆい思いがする。

太平のヤマボウシ騒動、お爺さんの観察力には参ったね。?
毎年見ている景色のはずなのに。

あぶない話ですね

パパさん

まったく出来レースですね。もともとゴール地点を決めておいて、途中では反対の「ふり」、考えている「ふり」をしているだけ。
国民にはその話し合いの過程を見せない。それだけ我々はバカにされていることです。
パパさんが「安倍はごり押しが常に通ると学習した」と見抜いておられるとおりですね。要するにワガママな戦争好きのしかも自分だけは安全な場所にいると信じているお坊ちゃまにすぎません。

ヤマボウシ飛行機墜落騒動は太平でしたか。私のような白内障だったかもしれません。でも、山が深い緑に覆われた今の時期白い花が金属色に輝いて見えるのは何となくわかないでもありません・・・・。
まぁ、この程度の騒ぎならば笑い話になります。イラクに大量破壊兵器があるからと信じて(信じ込まされて)自衛隊を派遣するような自眠党の元首相よりはましです。これ以上の惨劇が予想されるのですから危ないあぶないアブナイ。

No title

{
英語よりも日本語が大事。自国の文化もろくに学ぶことのできない状況で英語ではないだろう}と言っていますが、はたして英語を学ぶことによって、日本語、文化を理解できなのでしょうか?私が遊びに行っているミクロネシアの島々の子供達は母国語以外に英語を話します。
小学校に入ると英語教育でなく、英語で勉強するのですね。芸能人を見ていても帰国子女なんかも活躍しているし、日本の文化を理解していないとは思えません。そんなことより、小さい時から芸能界に入り、チヤホヤされ社会を知らない、日本語、文化を理解出来ないなんて子が一杯いるでしょう。そっちの方がもっと問題と思うが。
年間1千万人の観光客が訪れる日本。2千万人を目標と言っています。声を掛けられたら逃げるしかありません。せめて孫達には英会話位は出来るようになって欲しい。フィリピンのお姉さんがただって、1年もいれば秋田弁喋れる様になるのですから、コミュニケーションには英語は必要です。

必要に応じてですね

小町息子さん

私は英語が必要な時が「←この(が)が色々な意味を含んでいて問題ですが・・・」来た時にあるいは来る時のために英語を学べばいいと思っているのです。だから早ければいいからと英語教育を小学校からスタートではないと考えています。小学校ではもっと日本のことを学ぶべきだと考えています。

私が英語について考えたのは高校受験の時です。中学校の時に英語は選択教科でした。道路を「ロード」と反対に言えばいいとかのレベルでした。
今でも半世紀前のことを覚えていますが模試の時に「TO+動詞」は何かというような問題があった時にわからなくて空白で出しました。その時に先生に「これもわがらねが」と苦笑された(と、私は思った)ことが英語のトラウマになっていますねぇ。もっとも全く勉強なんかはしない山中で遊び回っているバカワラシでしたけれど。その後、英語は常に私を悩ませてくれています。

それが一変したのはアマチュア無線でした。それっぽくしゃべるようなマネをすると何となく通じることがありました。なるほどなぁと正直に感心しました。
少しは勉強してみようとCQ誌のJA1何とかさんの英会話講座や彼の本を買って少し自己流で学んでみました。それでも上達はしませんけれどね。

つまり、必要は発明の母ではありませんが、だからこそ私は、英語は必要に応じて学べばいいと思っています。その方が上達も学ぶ速度も速くなります。学ぶ意欲が出た時には異文化交流あるいは英語を通した日本文化の見直しにつながることに気づけるようになると思います。

もっと言えば英語は受験から外すべきだとも考えます。英語はコミュニケーションに特化させるべきかもしれません。それならば低学年からの英語もほんの少しは賛成してもいいですね。

ジジバカとしては、とわやわかが将来どんな英語に関わることになるのか。少し心配な点はあります。でも、その時に私は消えていますからねぇ。

フィリピーナの秋田弁も必要の賜物でしょう。一度、彼女たちのスラング秋田弁を聴きながら呑みたいですが・・・。無口な私じゃ無理でしょうね。突然、立川談笑の落語に抱腹絶倒のスラング日本語の噺があることを思い出しました。ハイ

何だかわけのわからないことになってしまいましたが・・・・。
コメント感謝します。
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