思い出の旧横手市営球場

大気の状態不安定

 スポット状に大雨が降ったり止んだり。昨夜から今朝にかけて横手地方はかなりの雨量が降り注いだとのこと。わが仙北郡南外村は思ったより降らなかった。
 今日の日中、横手地方は時雨たがそれほど強い雨にはならなかった。ところが南外は集中的に雨が降り注いだという。天気予報で言う「大気の状態が不安定」なのだろう。
 そんな日は虹が出る。夕方、村にたどり着いたら東に一瞬虹がかかり、すぐ消えた。
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    夕方の東にかかる虹色は七色じゃなく太い三色



ボクの野球はここから始まったかも・・・

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 本日はここでの練習試合。何年ぶりでこの旧横手市営球場に入っただろう。色々な意味で懐かしい球場である。昔はここを使って秋田県南地区高校野球大会も開催されていた。今は横手城南高校の練習グラウンドになっている。

 思い出を若干ひもといてみよう。
 まずは20年ほど前のこと。まだボクは野球部の顧問ではなかった。
 古巣の学校には応援団がなかった。そこで、我がクラスのGEN君ともう一人の生徒と二人を集めて「応援隊」を作った。GEN君たちとボクと3人で勝手に野球部の応援に出かけて「フレー、フレー」とやったのである。それだけ細かいことを気にしない大らかな時代だった。そのスタート地点がここの球場だった。
 そして、夏の大会では3年生全員の応援で当時のメインの八橋球場で「応援隊」は全体を仕切るまでになったのである。その時はK法大附に負けたのですが・・・。いい思い出なのです。
 そのことが「ヤツは野球が好きなんだろう」と、言うことで野球部顧問にしようとなったらしいのである。

 次は野球部の顧問になった時。ある出来事がこの球場であった。それはあまりにも強烈で鮮明なのである。
 試合は我がチームが1点ビハインドで9回二死走者三塁。三塁走者が返れば試合は振り出しに戻る。打者のカウントは今で言えばスリーボール・ツーストライク。当時で言えばツー・スリー。
 投手が打者にボールを投げた。「ポール!」ファーボールである。チャンスが広がった・・・・(はず)。するとなんと言うことでしょう。三塁走者が三本間でタッチアウトになっているではありませんか。ゲームセットである。
 アリャリャ。後でその選手に確認したらツーアウト・ツースリーなら走者は何が何でも自動的にスタートすると思っていたとのこと。
 この時からの教訓。「当たり前のことを知っていると思ってたら大間違い」と言うことだ。つまり、当たり前だと思うことも教えなければわからないことが多いって事を知ったのであります。ハイ。

 ついでにもう一つの思い出。それは自分の子どものチームとの最初で最後の公式戦(練習試合はあった)がここでおこなわれたことだ。
 家人は息子の応援で向こう側のスタンドにいる。旦那は常に敵なのである。まぁ、結論から言えばその試合は我がチームが勝ったのですけれどね。で、息子のチームは県大会の出場を断たれたのであります。

 そんなこんなの思い出がつまった旧横手市営球場。本日は凄まじい点差で敗退。野球は難しいもんですね。疲れました。



なんだか野球ばかりの日々。頭が煮詰まってきているような気がする。今日は早めに休むことしよう。これにて本日のブログは終了です。
 

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