ギター教則本

この親にして、この子あり

 ボクの父は1913年生まれ。もし、生きていれば101歳である。
 昨日、父の生家から二冊の冊子が届いた。
PB163435_2014111723183701e.jpg

生家だから父は我が家に婿入りしてきたのである。
 20年近く会っていない従弟が最近自宅《つまり父の生家〉の整理を始めたとのこと。そうしたら父が若い頃に購入した冊子があったので知人を通して届けてくれた。
久しぶりに従弟と電話で話をしてその経緯を話してもらった。

青っぽい古い一冊の奥付を見たらなんということでしょう。次のように購入した日のことを書いている。

『ギターの持つ浪曼的な音色に・・・・
     1931年春新宿にて求む
        秋田縣仙北郡・・・・ 父の旧姓と名前』

 1931年(昭和6年)。父が18歳の時である。彼は角館中学の二期生。そこを卒業してから駒沢大学に入学。その頃にギターに憧れたのだろう。その当時に購入した古い古い壊れたギターもあったはずだが・・・。
 この教則本を見て小学生の頃に我が家に父の戦友が遊びに来て話していたことを思い出した。父は支那で兵役についていた。その頃の思い出話を戦友がしているのである。
 それは、父が兵役の合間をみて板に針金を張って手作りのギターを作って演奏していたということだった。その頃はフーンと思う程度であったのだが、この教則本を見てギターが本当に好きだったんだなぁと初めて思ったのである。
 この教則本。当時はなかなかハイカラだったと思う。横書きの文字が左から書かれている。この頃は右から書いているはずだから「影を慕いて」の古賀政男もハイカラな人だったんだろうなぁ。
 
 そしてもう一冊の赤い『録義講楽音 號刊増時臨』は昭和7年6月1日発行である。ここにも父は一言書いている。

『シェークスピア曰く 音楽を好まざる者、其の性根は悪事をなすに通ず』

ウーム・・・・。シェークスピアはそんなことを言っていたのかなぁ。

 さて、その息子。僕のことです。大学に入り2年生の頃だったと思う。授業料が送られてきた。その当時は6ヶ月で6000円の授業料だった。その金額がアリャリャ楽器屋に飾られているギターと同じ値段だった。
 いろいろ悩んで《いや悩まないで〉ギターを購入した。それから1ヶ月後にボクの自宅に大学から督促状が届いたのである。そりゃそうだ。授業料が払い込まれていないのですからねぇ。
 でも、あまり叱られなかった。いや、全然文句も言われなかったと思う。そして、そのギターを持って長期の休みには自宅に帰って弟や妹に見せびらかして自慢してたから相当のバカ息子だったのである。

 80年も前のギター教則本と音楽の講義録2冊を眺めながら、そして中を確かめながらギターを引っ張り出して弾いてみた。少し、父に会えたような気がした。

 この親にしてこの子ありなんですね。



沖縄知事選。安倍政権の管官房長官(ごめんなさい管と「くだ」と変換していた。くだらない・・・?本当は菅ですね)の「粛々と進める」「辺野古の基地建設は過去の事」と切って捨てる言いぐさをする男が秋田出身だと思うと・・・・。今朝(2014.11.17付)の朝日新聞に『敗れたのは誰なのか』の最後の文を引用させてもらいたい。

『沖縄に押しつけ、沖縄を切り捨て、沖縄を忘れる。私たちの政府、そして本土が、敗れたのである』

もっと書きたいが、本日のブログは少し酔っ払い気味でこれにて終了です。

コメントの投稿

非公開コメント

父を語る・・・素晴らしい文章です

お父上が青春時代に使っていらっしゃった、ギター教則本等との出会い。
イイですねぇ、今日の文章は!!お父上もHi-Rock様同様、ロマンチストだったんですね。「少し、父に会えたような気がした」、分かりますよご心境が。
正吉の父も、1914年生まれ。生きていれば丁度100歳。若い頃の日記を読んだことがありますが、達筆で青春の心根が率直に綴られていました。
そうそう・・・、私たちの時代の国立大学授業料は、半期で6000円でしたね。安かった。しかしながら私も何度か督促状を受け取った記憶があります。私の場合は、映画や書籍の購入等を優先したようです。。

父の裏返しの気持ち

車正吉さん

父がロマンチストだと気づいたのは亡くなる少し前ですね。それまではただの酒乱であり、我が道を行く男だったと思っていました。
しかし、それは彼一流の「てれ」だったのかなぁとも感じていました。そして、彼の荒れる気持ちは生家のお寺の家族兄姉を思う気持ちの裏返しだったのかとも思います。

やはり、息子はどこか似るところがあるんでしょうねぇ。ただ、絵や文字や国漢の知識については足下にも及びません。

車さんは同期生ですから授業料は同じですね。それでも1学年上の年代よりも値上げされたと記憶にあります。
私の仕送りは三本立ての安い映画館と友人と呑む安いウイスキーそしてパチンコや麻雀に消えていました。まったくの不良学生でした。

イヤーエシナ

ええ話ダシナー。
兄が高校を出る時に「大学さイケ」と言ったのに蹴った私でした。
しかし昔の本がしっかりと、出て来るとは・・・。
実家の嫁(兄の息子の嫁)が叔父さんこれって、渡したのは小5の頃の、
農協の貯金通帳だった。5円ではなくて4円なんて、欄が有る。
その日の朝に、1円が足りなくてと言うか、多分余裕が無かったのね。

古い資料の保存

パパさん

パパさんがお兄さんの話を聞いて大学に進んでいたら別の人生。でも、今の人生が最高だと私には思えます。

昔の貯金通帳が出てくるのも珍しい話ですね。私は自分の貯金通帳なんか全くありませんでした。みんな余裕がなくても楽しく生きていた時代でした。

父の生家はお寺ですから、そこで育った人の古い本などがそのまま保存されていたのだと思います。先日、従弟との電話で戦死した小父さん(父の弟)が大学時代に購入した経済学の本も出てきたと話していました。
お寺は歴史がひっそりと息づいているのかもしれません。
アクセスカウンター
リンク
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
プロフィール

Hi-Rock

Author:Hi-Rock
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR