奇蹟の甲子園球児

野菜をいただく

 新しい勤務先の近くに友人のSHOさんがいる。SHOさんは野菜作り名人をめざして研鑽の日々である。何しろ小型のトラクターを導入して本格的に畑作りにトライするくらいだ。そのトラクターが搬入された時にボクはたまたま彼と会って話をしていた。底に届いたのである。彼はニコニコと
「秘密兵器ですよ」
と、一言。野菜にかける情熱が伝わる。なお、彼の野菜作りのブログは「野菜作りに挑戦」です。野菜とのふれあいが伝わってきます。

本日、その成果の野菜をたくさんいただいた。
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 写真はいただいた野菜の一部です。写真を撮ろうと思って玄関に置いて、わかちゃんのバイクの組み立てをしていたら(後段にに記載しています)家人が調理をすると言うことで持ち去ったのであります。
 ゴチになります。


『甲子園100年物語 輝いた東北の男たち 苦難乗り越え編』

 日刊スポーツの東北版に『甲子園100年物語』として東北地区で活躍した高校球児たちの物語が掲載されている。
 2015.6.26日付には連載56回目として『修学旅行の列車から転落意識不明の重体から数ヶ月』1963年のセンバツに出場した大曲農業高校投手高橋茂君の記事が載った。
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 大農は秋の東北大会で優勝してから修学旅行に出かけた。その帰り道。浜名湖の鉄橋上で茂君は汽車のデッキから落ちてしまったのである。頭蓋骨骨折、脳内出血などなど・・・瀕死の重傷、いや重体だった。その彼が数ヶ月後には甲子園のマウンドに立ったのである。

 高橋茂君とは中学のクラスメート。もちろん今でも親友である。今までもブログに書いたことがあると思うが彼から学んだことは一つは誠実であれということだ。
 もう一つはレギュラーになれないかもしれない下積みの部員たちをしっかり見てくれ。と、言うことだった。彼はそんな下積みの可能性があった選手だった(可能性がある)。
 そんな彼を当時の指導者がレギュラーばかりではなく多くの部員たちに目を配り機会あるごとに練習試合などで使ってくれたと話してくれた。その時のために練習に一生懸命に取り組んでしたら次第に力がついてきたというのだ。彼から聞いたこの2点はボクが野球部(野球部以外でも)に関係した時の指導の際に大きなヒントになったのである。

 新聞記事を読みながら人柄って大切だよなぁとつくづく思った。なぁ、茂。


ジジバカは我が家のわかちゃんのためにストライダーバイクをポチってやった。本日、届いて早速組み立てて試乗してもらった。これまでよりも一回り大きく、もう少し成長すればペダルなどがついて普通の小さな自転車に変身する優れものだ。
実はとわちゃんがこれと同じタイプで今はスイスイと自転車を乗り回している。
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ブレーキもついているので両脚でストップしなくても結構楽に止まることができる。身長がもう五㎝伸びたらペダルをつけることができるとジジバカは思っている。

本日のブログはこれにて終了です。

   漢検で「あせる」の書き取りど忘れし「汗る?」「あ・せ・る」と焦ってもダメ

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