地名は文化


フキノトウ

 すでにフキノトウは盛りを過ぎているようだ。しかし、まだ雪の消えていない場所にはフキノトウを見ることができる。


地名について

 20日(土)に南外村の湯ノ又地区(学校前と呼ぶ人がいる)でツバメを二羽確認した。

 ところで「学校前」と言う言葉は正式な地名ではない。しかし、何十年も使われてきた地名だから90歳になる隣の家のお母さんが話すときに出てくる。

「今日よ学校メ(前)で皆出て雪寄せしてえだ」
「んだんすかぁ」

こんな感じの会話なのだが「学校前」は旧外小友小学校と外小友中学校のあった場所の付近である。
 半世紀以上も前の話なのですが・・・・。ボクが小学校4年生か5年生の頃に旧外小友小学校で創立80周年記念式典がおこなわれた記憶がある。外小友中学校は戦後の創立だから10周年くらいだったろうか。
 創立80周年から十年ほど経過してで外小友小学校は及位小学校と合併して南外西小になり別の場所に移転。
 約90年間小学校があった湯ノ又から一つの学校が消えた。そして、中学校も南外中学校となり消えてしまった。

 でも、その場所に学校があったという多くの人の記憶は脈々と流れて学校が無くなってもその場所を「学校前」と呼ぶのである。

 こうやって考えると地名は「文化」だなぁとつくづく思う。富士山のない「富士見町」だの不幸せな人ばかりなのに「幸町」などの地名をつけるよりは古い地名の「学校前」の方が大切な情報を多く含んでいる。
 我が村には「悪戸野」という地名がある。しかし「悪」と言う文字が良くないってことで別な文字にしようという話が出たと聞く。でも今のところそのままなので地名の改変なんてことはないんだろう。

 これだけ時代がめまぐるしく変わる時代。ゆったりと流れる時間の地名があっても良いような気がする。その意味ではボクの村では古い地名が残る素敵な場所である。

 南の地からやってきた貴重な二羽のツバメを見ながら地名の文化を思った次第である。ツバメたちは「学校前」の民家で営巣することだろう。



今朝、職場の駐車場にいたら遠くでコーコーとハクチョウの鳴き声が聞こえた。まだ北に渡っていない集団がいるようである。南から渡ってきた鳥と北に帰る鳥が秋田の空間には一緒に存在するんだなぁ。

   ハクチョウとツバメの羽色オセロ似で黒が挟んで白は北へと

わかちゃん。とても活発に動くようになった。ちょっと目を離すとハイハイで遠くでスリッパを噛んでいる。いいですねぇ。

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