改憲は絶対反対!!!
野良スモモ
野良スモモとバカにしていたが花はとてもきれいである。近くに寄って1枚撮影してみた。
何だか山桜に似ている。
これが一本の木全体に咲いているのだから木全体が真っ白になる。もうすぐ受粉(自然)も終わるだろう。そして散ってから小さな実をつけてゆくんでしょうね。
憲法記念日
今日は5月3日。憲法記念日である。ボクは護憲の立場つまり憲法改悪反対だからその感覚で今日のブログを書く。
アベシンゾーが今日開催された「日本会議」の集会にビデオ出演して2020年に新憲法施行すると話したという。それも憲法九条に自衛隊を明記して自衛隊違憲の声をなくそうというのが主目的らしい。はっきり書いておく。冗談じゃネーと。
夕方、ボクはユーチューブで2007年4月29日にNHKで放映された『NHKスペシャル 日本国憲法誕生全編』をみた。憲法記念日の今日くらいは憲法のことを少し考えてみたいと思ったからである。
その番組では憲法1条(天皇制)と憲法9条(戦争放棄)には密接な関係があるという。
どういうことか?簡単に言えば戦争放棄は天皇制維持を条件としていてるってことだった。
1945年8月15日。日本は無条件降伏をした。つまり敗戦。そこから新しい日本のスタートになる。そのために現日本国憲法は作られた。それはGHQなどに押しつけられたのではなく連合国と日本との合作のような内容になったというのである。
連合国側は天皇制の維持をどうするかで頭を悩ましていた。普通ならば天皇は戦犯だった。真っ先に東京裁判にかかっているはず。その彼を戦犯にしないためにはどうするかをGHQなどは日本側と協議?して戦争放棄と天皇制とのバーターをすることになった。つまり戦争の永久放棄(9条)と天皇の存続(1条)を憲法に明記するってこと。そこが憲法1条と憲法9条は密接な関係があると言うことになる。
この理屈からすれば憲法9条をなくそうとすれば天皇制もなくすということにつながる。もっと言えば天皇制を維持したければ憲法9条は維持しなければいけないことだ。それが敗戦国の世界的な約束だったのだと番組では語っている。
アベシンゾーが「いじましい憲法」などとバカにしているのだがこれほど素晴らしい憲法はない。憲法は国会議員など地方議員や公務員を律する法律なのだ。いじましい憲法などというアベシンゾーを律する法律なのだ。いじましいのはアベシンゾーである。と、はっきり書いておく。
もっと言えばボクら一般の国民にとって憲法は守らなくてもいいもの。憲法に守られているのがボクたち一般の国民であるってことなのだ。
だからアベシンゾー一味は日本国憲法が邪魔で邪魔で仕方がない。一般の国民を憲法の保護区?から切り離したいのが本音だと思う。そして好き勝手に戦争をしたり権力を好き勝手に使ったり・・・・。
だからこそ絶対に改憲を許してはいけない。いじましい憲法とか、アメリカに押しつけられたとか、古い憲法だとかの宣伝に乗ってはいけないと心から思う番組だった。
憲法記念日の今日、改めて日本国憲法の素晴らしさを感じた次第。
改憲絶対反対!
午前中。高校野球観戦
大熱戦だった。
やはり高校野球で大切なのは「日頃から当たり前のことを当たり前にできる生活態度につきる」ってことだなぁとつくづく感じてきた。高校野球いいすね。
チコちゃんに叱られるをみて
人気番組らしい『チコちゃんに叱られる』を一杯呑みながら見ていた。すると朝ドラの「なつ」役で出ている女優とチコちゃんとのしりとり対決があった。
チコちゃんはすごい。例えば「シーラカンス」「かくやす」「とまとそーす」「だーくほーす」「とらんくす」「まいくろばす」などなどすべて語尾を「す」の単語で相手に返す。
それを観ながら「そうかぁ」と、ある短歌を思い出した。それは歌人穂村弘さんの本『はじめての短歌』にあった短歌である。
「煤」「スイス」「スターバックス」「すりガラス」「すぐむきになるきみがすきです」 やすたけまり
どうです。お互いの会話がしりとりになっている。おもしろいなぁと思いこの短歌をボクが作っている『今日の短歌Vol.2』に引用して次のように書いた。
『このしりとりは「す」で始まり「す」で終わるかなり高度な展開。それに気づいた人(彼女?)がむきになってしりとりの続きを考える。そんなむきになる人がいいなぁ、と思う歌です』
などと知ったかぶり丸出しで書いたりしている。
そして、ボクは真似して次のようなしりとり短歌を考えた。
「獅子」「志布志」「紳士」「白樫」「新聞紙」「真剣色の君に恋をし」
要するに猿まねです。ハイ
本日のブログはこれにて終了です。
「当たり前」簡単に言う「当たり前」難しいとは思いませんか