爛漫寄席

豪華メンバー

 秋田市文化会館で『爛漫寄席』があった。TBSラジオでプロ野球中継のない冬期間に長い年数日曜日の午後8時から放送されている。ある意味、ラジオ業界で落語の看板番組である。冬の間は美酒爛漫の醸造場所の湯沢があるのでTBSと同じ時間帯にABS秋田放送でも放送されている。
 秋田市内でも時々爛漫寄席の公開録音がおこなわれる。それが、2年ぶり(かな)に今日秋田市文化会館であったのですねぇ。
 ところでチケットである。それがネットかハガキどちらかの申込で当選すれば招待状が届くことになる。今回は当選したのであります。ラッキー
P2160364.jpg
文化会館大ホールは二階まで満席。おそらく1000人ほどの入場者だろう。
 出演者は下のパンフレットどおり。
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 前座の柳家小(  )の落語「真田小僧」この二文字が記憶にない。おそらく柳家小多け だと思う。もうすぐ二つ目とのこと。そして本番が始まった。
3月1日放送分
 U字工事 漫才
 立川真司 鉄道物真似
 桂小文治 「七度狐」
中入りにはマジシャンマギー審司のマジックが入った。マジックはラジオには入らないので電源を消していた携帯電話もつけて写真を撮ってもよいとの大サービス。
P2160366.jpg
そして、
3月8日放送分
 おぼんこぼんの漫才
 堺すすむ 「なんでかフラメンコ」
 三遊亭円歌 「やかん」

これらの無料招待で観ることができる。よかった良かった。
ラジオは絶対に聴かなくては。もちろん録音もする。

と、言うわけで本日のブログは終了です。

  百年後、歴史家たちは「令和とは汚れた桜の時代」と言うネ

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行きました

行きました。「真田小蔵」は聞いた事が有ります。
おぼんこぼんは何時もの、歌っ子でしたね。
汽車の物まね、圓歌のヤカン。面白かったです。
先代の圓歌を知っているので、更に面白かっだてす。

ロビーか何処かで待ち合わせをすれば、グッドだったですね。
(失礼しました)

エガッタスナァ

パパさん

オッ!8列目にいたんでしょうか。でも、あれだけの
人数がいれば会えることはまず難しいですね。
野球場などだと人数が多くてもばらけているので会え
ることがありますけれど・・・。

爛漫寄席エガッタスナァ。
それぞれの特徴を出した芸人魂を見せてもらった感じ
がします。
新・圓歌師匠も特徴を出していて「新・やかん」を演
じて会場大爆笑でした。
個人的には落語はもちろんですが色物では電車の物真
似がエガッタと思います。ハイ

6列目35番

あの耳の写真を見て、近くで撮ったと思っていました。
旅人が狐に化かされる、話は昔と言っても、昭和35年代に、
会社の友達に連れられて行った、「上野鈴本演芸場」で、
何回か目で、聞いた記憶が薄っすらと有ります。
初めて経験した、寄席の世界でした。
会社の寮が荒川区都電車庫前でした。以後度々地方の仕事が終わり、
本社に戻るたびに、行きました。井澤八郎の世界です。
寮が高円寺に、移り新宿駅乗り換えで、富士通株式会社中原工場に、
通っていた時も、「新宿末広亭」には、行った記憶が無いです。
多分渋谷で降りて、遊んでいたからだと思います。
心太が、オカズデハ無く、喫茶店でのメニューにある初の、
經驗も渋谷でした。黒蜜を掛けて食べました。! JAZZ喫茶にて、
当時の森山加代子を見ていました。ダニー飯田とパラダイスキングの
舞台でした。後の坂本九はパラ金のバンドボウイでしたよ。
以上青春グラフテイーでした。73

青春グラフィティ

パパさん

私は1階の7列目9番にいましたから結構近い場所に
いたようですね。
「七度狐」は大阪の落語を東京で仕入れて演ったとい
う話があります。プレハブの中を探してみたら奇跡的
に桂米朝が昭和47年に演じたCDが見つかりました。
だいぶ前に桂米朝の落語レコード全集10巻を中古で
仕入れてCD化していた一枚でした。

「やかん」は立川談志のDVDに入っていましたので
再確認。談志得意の博覧強記ぶりをしめしている内容
でした。先日の新・圓歌師匠の何でも話の中にぶちこ
んで笑いを誘う演じ方が「やかん」には合うのかもし
れないなぁと思っていました。
コンピュータのデータにも「戦前おもしろ落語」の中
に八代目林家正蔵が演じたものと先代桂文治の演じた
ものがありました。それぞれに味がありますねぇ。

パパさんの青春時代はいいすなぁ。憧れます。なにし
ろ森山加代子ですからねぇ。「じんじろげやじんじろ
げ それどんがらがった ほーれつらっぱの つーれ
つ しっかり かまたけ ほーいほーい」だったかな
ぁ。竹内まりやを聴いたときに「オッ森山加代子だ」
と思ったくらいですからファンでした。もちろんパラ
キンも坂本九もです。JAZZ喫茶「ACB」なんて
のを『明星』や『平凡』でみるとそりゃあもう私しゃ
あドキドキしたもんです。



> あの耳の写真を見て、近くで撮ったと思っていました。
> 旅人が狐に化かされる、話は昔と言っても、昭和35年代に、
> 会社の友達に連れられて行った、「上野鈴本演芸場」で、
> 何回か目で、聞いた記憶が薄っすらと有ります。
> 初めて経験した、寄席の世界でした。
> 会社の寮が荒川区都電車庫前でした。以後度々地方の仕事が終わり、
> 本社に戻るたびに、行きました。井澤八郎の世界です。
> 寮が高円寺に、移り新宿駅乗り換えで、富士通株式会社中原工場に、
> 通っていた時も、「新宿末広亭」には、行った記憶が無いです。
> 多分渋谷で降りて、遊んでいたからだと思います。
> 心太が、オカズデハ無く、喫茶店でのメニューにある初の、
> 經驗も渋谷でした。黒蜜を掛けて食べました。! JAZZ喫茶にて、
> 当時の森山加代子を見ていました。ダニー飯田とパラダイスキングの
> 舞台でした。後の坂本九はパラ金のバンドボウイでしたよ。
> 以上青春グラフテイーでした。73
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