反則は5カウント
きょういく(今日行く)所があった。
秋田県生涯学習奨励員協議会が秋田市の生涯学習センターで開催されて公用車に乗っけられて出かけた。いつの間にそんな係になっていたのか思い出せないが仕事を辞めたらそんなことが増えてきた感じがする。
講話や活動発表があった。
詳しいことは書かないが、面白かったと思ったのは活動発表の中で湯沢市の方が話した『湯沢凧の継承と奨励員活動』である。ボクもその昔、凧のことで色々と本を買って読んだことを思い出しながら聴いた。
今日のアマチュア無線
160mは近所の人が呼んでいる局(ヨーロッパなど)が全く見えない。例によってE6AMニウエ島も出ているようだが入感しない。ウーム・・・・。
『今日の短歌 WEB版』
五カウントまで反則が許されるプロレスみたいだったな昭和
たろりずむ『2023.10.5付朝日新聞より』
ブログの(2023.10.6『朝井リョウさんと話そう』)に書いた穂村弘さんのコラム『昭和は遠くになりにけり あの「反則」最後に見たのは』に掲載されていた短歌からもう一首。
プロレスを見たときに反則は5カウントまではOKとのことで、エーッそれってゆるいんじゃネーと中学生のボクは三菱電機提供のプロレスを見ながら思ったことがある。ところがブッチャーはフォークでゴリゴリと力道山の頭を割っていたし首を絞めるチョークは5カウント手前で離す。すべてOKだったのである。いわゆるヒール役のレスラーはいろいろな反則技を繰り出していた。昭和40年よりも前のことだ。
やがてボクは大学生になった。あの頃は大学生になったら酒っこを吞むのは当たり前だった。今ではファールである。でも何となく5カウント以内のような気がして普通に吞んでいた。煙草も吸っていたしなぁ。でも、高校生じゃなかったので誰も何も言わなかった。
穂村さんも書いているがプロレスは5カウントまでは理屈上は何でもありだっだ。さすがにピストルや銃などで打ち殺しはしていなかった。まさにグレーゾーンの反則。昭和ってそんな時代だった。
ボクが吞んでいた酒も吸っていた煙草も・・・。
そりゃあルールを守らないのは悪い。でも・・・・と、この短歌は言っているような気がしてならない。妙に窮屈なんだよなぁ。
セロリー日記
セロリーは新聞などの間に入ることが好きである。おそらく獲物を狙うときに狭い穴から覗いている感じかもしれない。
そんなヤツです。
何だか公用車に乗ってきたのだが妙に疲れました。本日はこれにて。一杯やります。
橋・箒・一人あやとりまだ出来る子どもの頃からジェンダーレスさ