保護者会長の逝去


春っぽい雪が

 今朝は重い雪が10僂曚廟僂發辰拭車の走りにくさと言ったらこれ以上無い。そんな悪路でもボクの車を追い越してゆくバカモノがいる。まったく命知らずな連中だ。
 曇り空を見上げたら三羽の鳥が北に向かって飛んで行く。ハクチョウでもカラスでもトビでも無い。カモ類だと思う。少しずつ春が近づく感じがする。空気の匂いも春っぽくなった。油断しちゃいけないですけどね。


佐々木公男さん

 今から16年程前である。南外中学校の軟式野球部は南外村始まって以来の秋田県大会出場を勝ち取った。
 県大会は60回以上を数えているのだが南外地区からは一度も出場したことがなかった。大曲仙北地区の中学校野球のレベルは高く全県大会で優勝したチームが何校もある。全県大会で勝ち抜くよりも大曲仙北で勝ち抜くのが難しいと言われていた。その壁を初めて越えたのがその時だった。

 その時の野球部父母会の会長が佐々木公男さんだった。ボクもその時の父母会の一員である。会長の佐々木さんのモットーは「部活動は顧問の監督に任せる。だから父兄は絶対に指導内容には口を出さない。ただ、お金や支援のための協力は全面的に実行する」だった。そのことも子どもたちの活躍に大きな力になったと思う。

 母の葬儀が終わって鎌倉から帰ってきたら、我が家の電話がなった。当時の事務局長であるSさんからである。

「昨日、公男さんが亡くなった」
「エッ!?」
「保護者会だったメンバーで花輪を挙げたいので」
「よろしくお願いします」

 1年半程前から肺ガンで治療していたとのこと。しばらく会っていなかったので病気のことも全く知らなかった。

 佐々木さんの息子さんはボクが勤務していた高校に入り野球部に入部。ボクはその当時野球部の顧問をしていたので佐々木さんには保護者会会長を引き受けてもらった。彼が会長の時に野球部は初の秋季東北大会出場を果たした。
 その頃の野球部は冬休み中に遠征費のためにアルバイトを許可していた。だが、ボクら顧問は休み中のアルバイトを止めて練習させてもらえるように提案した。そのことを保護者会としてアルバイトを止めることでまとめてくれたことも印象に残っている。そのアルバイトをしないで練習する伝統は古巣の高校では15年以上継続しているはずである。

 佐々木さんの葬儀が今日だった。享年61歳。あまりにも若い死である。劇的な人生を歩んだ人だったと思う。お世話になった。合掌。

   あまりにも若い死ですよ公男さん皆が認めるその足跡を



我が家のとわちゃん。最近、懸垂力がとても強くなった。家庭用のすべり台の横に付いているジャングルジムを両腕を使って一段エイッと上がる。たいしたもんだ。
と、言うわけで本日はこれにてブログ終了です。

コメントの投稿

非公開コメント

アクセスカウンター
リンク
カレンダー
07 | 2018/08 | 09
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
最新コメント
プロフィール

Hi-Rock

Author:Hi-Rock
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR