南外の仕事着


寒いけど

 写真は薄暗いのですがマイナス6℃の気温の中に浮かんでいる太陽です。午前7時45分。

  オッ雪がジダッとしました。路面はピカピカアイスバーンですが何となく気持ちは楽に光の春になりました。




ぜひ機会がありましたらお越しください。

先日、本店の社長から電話。
「もしもし」
「ハイ」
「久しぶりダンス」
「ンダナァ」
「ところで南外の仕事着のこと知ってるすか?」
「この前、魁さのったやづだべ」
「ンダンダ。なしてブログさ書がねんだすか?」
「・・・・」

 2014.2.1付の秋田魁新報の県南版に『ふるさと小紀行 南外の仕事着-農村女性の美物語る』が大きく掲載された。実は正月頃にも南外の仕事着が「秋田県内初の国登録有形民族文化財」に登録される見込みであることが報じられた。今回の大きな記事はその経過を解説しているのである。

 南外の仕事着が登録される要因として「農村の生活の知恵や美意識を物語る品々」として保存と勝つように値すると認められたとのこと。登録の対象となる仕事着は341点。明治から1955年頃までに農家の女性が手づくりしたものと考えられている品々である。具体的には木綿や麻を仕立てた上衣やモンペなどの下衣、長手ぬぐいをはじめとするかぶり物などが主な物とのこと。農作業時だけではなく普段着としても着られていたらしい。異なる生地を重ねて縫い、丈夫で温かくした着物類である。その縫い目は特徴的な模様になっており、農村の女性の美意識がうかがえるという。

 その失われてゆく暮らしの記憶の品々を収集した背景には二人の男がいたという物語なのであります。
 その二人とは今は亡き伊藤又四郎さんと今野隆栄さんである。二人は楢岡短歌会で親交を深めていた。さらに郷土史や地域文化への関心で共鳴し会う仲だったとのこと。そして、南外村の民俗文化財調査員として資料の収集に乗り出した。伊藤さん57歳、今野さん45歳のころだったようだ。
 農家の家々を尋ね歩き外交的な今野さんは仕事着を譲ってくれるように頼みこむ。そして伊藤さんは自転車の荷台に積んだミカン箱に資料や大量のメモを入れて同行したという。
 この熱意はどこから生まれたかを今野さんは随筆に残しているという。
『重く貴い先人の遺品は保存し続け、誰かが伝えてゆかねば』。と、継承の思いを書き残している。

 伊藤さんは「南外民族資料交流館」の先駆けとなる「資料館」を守った。その後、今野さんは「南外民族資料交流館」で管理人をしていた。
 先人が残してくれた貴重な資料を収集保存していた熱意に感動する。なお、 「南外民族資料交流館」は温泉施設「ふるさと館」の後方に建設されている。無料で見学できる。火曜日が定休日。詳しくは下のアドレスです。
http://www.city.daisen.akita.jp/docs/2013110600013/
伊藤さんとも今野さんとも生前はいろいろと教えてもらい交流があったことを思いだしている。
 そうそう、30年以上も前のことだが(最近、問題になっている)NHKの番組で伊藤さんの特集が組まれた。伊藤さんの幼い頃の回想場面で子どもが出演することになった。その子ども役をボクの息子がやることになったのであります。ハイ。
 あの放映されたビデオがあったら是非観たいんでけれどね。まぁ、あの番組の記録は存在していないでしょう。
 で、一番の問題はボクも資料館のすぐそばに住んでいてこんなすごいことに気づかなかったことである。近いうちにじっくりと見学に行ってみようと思っている。古い紙の資料や映像類をデジタルアーカイブする話も中途半端になっているしなぁ。
 
もう一度見直す機会を電話で連絡してくれた本店の社長に感謝感謝。


  仕事着の一針の中に生きる意味無言で教えし木綿懐かし



これにて本日のブログは終わりです。

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