エジプトレポート【6】


秋を探して

 暑い暑い。そんな中で2学期が始まった。校歌をしっかりと歌う生徒諸君の声を聴きながらやはり少し緊張する。それにしても暑いですねぇ。
 帰り道で秋を探してみたが夕方でも30℃近くの気温の中でススキの穂がたくさん顔を出し始めた。

   講堂に校歌響いて背筋伸び残暑猛烈二学期汗だく
    

交通事情

 カイロ国際空港に着いたのが現地時間で午前4時過ぎ。到着を待っていてくれたムーディーさんの手助けで入国ビザなどの手続きを他の到着客よりも速く済ますことができた。 カイロ空港に降り立ったときに感じたのは空気の匂い。何となく硫黄の匂いと香辛料の匂いの混じった感じ。そして、思ったよりもじめじめと湿っぽかったてこと。
 カイロ国際空港から「カイロ/ミナハウス・オべロイホテル」まで車で40分ほどかかった。車に乗り込んでわかったのだがエジプトは車の通行は右側。車のライトに照らされたアスファルト道路は雨が降った後にようにピカピカ光っている。
 ムーディーさんに雨が降ったんですか?と聴いたら、彼は意外そうな顔をしてそんなことはありません。と、言う。エジプトに住んでいるリエちゃんが2年間で雨らしいものがあったのは5分間だけと言うから全く降っていないようだ。ではなぜピカピカ光っているのか?おそらく晴天続きでアスファルトの表面がタイヤできれいに磨かれたためにツルツルしているように見えるのだろう。と、推測した。

 そして、車はまったく信号のない道路をひた走る。と、思っていると所々でスローダウンをする。その理由は道幅一杯で長さが1~10メートル(場所によって違う)、高さ5~10僂曚匹粒箸魏,靴弔屬靴燭茲Δ蔽丙垢道路を横断しているからだ。
 もしも、この段差に車が猛スピードで突っ込んだらジャーーンプということになる非常に危険な蒲鉾?なのである。

 車は結構スピードを上げて走っている。そしてドライバーは常にクラクションを鳴らし続ける。時々、道路の段差でスローダウンする。歩行者は猛スピードで走ってくる車の間をすり抜けるようにして平然とヒョイヒョイと歩いて道路を横断する。所かまわず道路を横断してゆく。ドライバーも歩行者も神業を持っている。そして信号機がない。
 もう一度核がエジプトの道路上の様相は次の通り。猛スピードの車。パカパカ走る馬車。時々ロバの荷車。とろとろ走るオート三輪(これがなかなかお洒落な車)。ノーヘルメット(警察官も)で家族が3人も4人も前後に乗っているバイク。そして歩行者。これらの移動物体がひっきりなしにクラクションを鳴らしながら所狭しと走っているにもかかわらず信号機はない構図だ。

 こんなに無秩序な状態で事故が起きないのかなぁと疑問に感じた。しかし、高速道路(無料)で事故を2件(1件は3台から4台の玉突き事故)見たがとんでもない大事故の気配ではなかった。上手に大事故を回避しているのだろう。

 旅行中あることにハッと気づいた。それは、道路の蒲鉾状の段差は交差点や横道がある場所の手前に設置されている傾向があること。日本のように信号機をつけなくても強制的に減速をさせる蒲鉾システムで低コストの交通政策をやっているということ。 もしかしたら交通取り締まりはないかもしれないと思った。違反者をとらえても罰金が集まらないから日本のように信号機は設置できないのかもしれないのですねぇ。

 ボクが感じたエジプトの人たちの車やバイクなどに対するポリシーはピカピカ車なんていらない。水よりも安いガソリンがある。1ドルで7リッター買えると聴いた。さすがにボンネットは空けていないがバスなどのリアエンジンは開けっ放しにして走行している車が多い。車がつぶれていても走りさえすればいい。定員なんかはない。乗れるだけ乗って目的地までGO!これがエジプトの人たちの車の流儀のような気がした。故障すれば道路の真ん中でもかまわず止めて修理が始まる。ある意味とても潔いのである。

 エジプトの道路から仙台の道路を走っている時にあまりの静かさに妙に拍子抜けしたのだった。エジプト畏るべしである。


と、言うわけで残暑がまだまだ続きそうである。これにて本日のブログは終了です。

エジプトレポート【5】


入道雲

 暑い35℃前後になった。昼前に夕立があり涼しくなるのかと思ったが蒸し暑さが増してしまった。夕立が去ったら入道雲がムクムクとわき上がってきた。


旅行準備編

 エジプトに出かけるための準備や学習は何もしなかった。と、言える。
 エジプトのガイドブックは購入してパラパラと開いて見たのだがほとんど頭に入っていない。あいさつの言葉ぐらい覚えてゆけよなぁ。

 あいさつと言えば砂漠往復で休憩したオアシスのバハレイヤのホテル前で物珍しげにキョロキョロしていたら、向かいの店から出てきたお父さんが笑顔で「サラ・サラ」と言う。
 ムムッ「それはどんな意味なのか?」と思ったのだがわからない。ボクは日本人特有の神秘的な笑みを浮かべて「・・・・」とホテルに入り込んだ。
 ガイドをしてくれているムーディーさんに「サラ」ってどんな意味かをたずねた。すると彼は「皿でしょう」と答える。道ばたで「皿・皿」なんて声をかけるのかなぁと思った。
するとリエちゃんが

「サラーンじゃないかしら」と言う。
「それって、どんな意味?」
「こんにちはですね」
「なるほど」

あのおじさんはボクに「こんにちは」と声をかけてきたようだ。ボクは内気で無口で訥弁なので貴重な交流のチャンスを逃したのである。

 せめてエジプトの歴史くらいはと思い中公文庫から出ているエルンスト・H・ゴンブリッジ著中山典夫訳の『若い読者のための世界史-原始から現代まで-上・下』を読むことにした。
 文庫本の帯には「メモも暗記も必要ない。さあ、歴史の旅に出よう」と書いてある。この文庫本はラヂオ番組で詩人の荒川洋治さんがでお薦めの歴史本と話していたことで購入した。

 読み始めたらおもしろい。著者の語り口がとてもいい。わかりやすい。「昔々あるところに」のような話から始まってゆく。ボクのような歴史を知らない人間に優しい。歴史の話ってものすごくおもしろいと感じた。エジプトに向かう飛行機内で上下巻を読み切った。

 特に参考になったのは上巻の三章『ナイル川のほとり』である。人類の文化的な歴史は5000年前のエジプトから始まっていることがわかった。なるほどなるほど。そして二十章の『アッラーの神と預言者ムハンマド』でイスラムを「ゆだねる」と説いていることも良かったなぁ。

 歴史は川のようなものと作者は考えている。歴史を川にたとえた挿絵がある。はるか遠く地平線近くには約5000年前に築かれたエジプトのピラミッドがある。それから流れに沿ってバベルの塔、アテナイのアクロポリス、中国の万里の長城、ローマの凱旋門、騎士の城、大砲などにつながってくる。そして流れは限りのない先へ未知の海へと向かって流れている。この本の良いところは人間愛に満ちていることだ。エジプト5000年の歴史と言うことを知り入国し色々な施設を見学する時の基本になった。

 それにしてもエジプトの観光地のいたる所でつきまとうお土産売りのしつこさには驚く。子どもから大人まで「ワンダラー、ワンダラー」と言いながら絵はがきやらピラミッドの模型やら冷たい水やら色々なモノを売りつけようとする。無視するのが一番である。しかし、一人やり過ごすと次のお土産売りがくる。「ウンカのごとく」という言葉を思い浮かべてしまった。

 普通のパック旅行では町の市場に行くこともないかもしれない。しかし、今回は町で迷うことのないように、又ぼられたりすることがないように現地案内のムーディーさんやハニーさんが同行してくれた。
 本当に豪華版の旅行である。だからひっきりなしに声をかけられるのだが安心して市場の中を歩けた。市場のお土産屋では我々が黄色人種であることは一目瞭然。

「ニィハオ、コンニチハ、アンニァハシムニカ」
一発で日本語で声をかけてくることもある。
「コンニチハ、ヤマモトヤマ」

「ヤマモトヤマ」はほとんどのお土産店で発せられる声かけだ。おそらくエジプトで一番知られている日本語かもしれない。じゃあ二番目は何か。それは「サラバジャ」でしょうねぇ。ある店では「モッテケドロボー」と声をかけられ苦笑いしてしまった。そうそう驚いたのは日本語学校で学んでいる若者に「ヤクザって知ってますか」とたずねられたことだ。

 こうやってみると言葉の文化ってのは「悪い言葉が伝わりやすい」んだろうなぁとボクは考察したのであった。ハイ。

 いずれにしても外国旅行の時にはその国のあいさつくらいは知って出かけた方が良かったなぁってことです。まったく何時でも無手勝流なんだから・・・・。

     エジプトの町の匂いは硫黄臭馬と駱駝の糞の根本
     秩序とは無秩序の中に存在し自己責任の意味を考え


これにて本日のブログは終了です。

酔っ払いの系譜


気温は高い。しかし、空は秋色。鰯雲になりつつある雲を1枚。

本日は地域の運動会の相談。そして、その後に飲み飲み呑み。
写真の男はO山N勝とという素敵なヤツです。いつもいろいろなことで相談にのってもらっいます。

と、言うわけで本当に飲んだくれて寝ます。
本当に生存証明です。フーッ。

ひょっこりひょうたん島


ききょう

向かいの家に咲いている桔梗の花が満開。

  すっぱりと空気切り裂く五角形桔梗の花に「きっぱり」を見る


帽子論

 「論」って言うほどではありませんが先日のクラス会で元高校球児の友人との話を少々。
 まぁ、何度も何度もここのブログに書いているので辟易しておられるかもしれませんが・・・。

 元甲子園球児の彼が嘆いて言うのはテレビに映る選手たちの帽子がおかしい。おかしいと言っても笑うってことではありません。変だと言うのだ。

 帽子のつばが∩や∧のような形になっていることを言っている。甲子園のテレビ中継を見ていると選手のほとんどが「∩や∧」の形を作っている。
 なぜ作っていると断言できるか。それは監督や部長の帽子のつばは⌒の正常な形をしているのだから選手たちが勝手に変形しているとしか言えない。インタビューに答える選手の眉毛などはしっかりしているのに帽子がこれでは・・・。
 しかも、投球動作に入る前に帽子のつばを上からギュッと押して∧の形を強調させる。
友人が言う。

「帽子のつばに鉄板でも入れられねべが?」

確かにヘルメットのつばは強化プラスチックなので「⌒」のつばは曲げようがない。

 全試合放送するNHKやBS朝日のアナウンサーあるいはプロデューサーは選手たちを美化するばかりでなく変なところは変だとしっかりアナウンス伝達するのも大切な役割だと思うんだけど・・・。

 そうそう今日何気なく見ていたMLBの選手に日本の高校野球選手のような帽子をかぶっている選手はいない。つまり、日本の高校野球(あるいは中学校野球)のローカル(田舎)ファッションなんだろうなぁ。かなり昔に女子に流行った山姥スタイルやルーズソックス的なものだ。
 恥ずかしいとボクは思う。普通に被る帽子のつばも軽い強化プラスチックか記憶形状合金を入れて作ったらどうなんだろう。M野やAシックスやZやNイキなどのメーカーは考えませんかネェ。



ひょっこりひょうたん島

 今朝(2012.8.18付)の朝日新聞土曜特集板「Be」の『うたの旅人』に『ひょっこりひょうたん島』が取り上げられた。

 岩手県大槌町にひょうたん島があるらしい。ボクは見たことがないが島の形が大槌町にゆかりのある井上ひさしさん原作の『ひょっこりひょうたん島』のイメージにあったという。

 この番組は高校生の頃に放送されていたと思っていたが1964年4月から5年間続いたとのことだから盛岡にいた頃から宮城で仕事を始めるまでに放送されていた。

 「ひょっこりひょうたん島」の登場人物にドン・ガバチョがいる。ドン・ガバチョの声優がバンサこと藤村有弘さんだった。
 インチキな外国語を駆使した話しっぷりが有名な俳優である。映画やドラマなどの脇役で大好きな人だった。藤村さんはアマチュア無線にも興味を持っていて東京にいる時にはJH1BAN、伊豆の別荘にいる時にはJR2BANのコールサインを使っていた。
 30年以上前。アマチュア無線の友人3人と秋田から招待を受けて伊豆まで酒飲みに行った。
 その時、バンサつまりJR2BAN藤村さんも泊まっているホテルまで来られて大宴会になった。酔っ払ってきたボクは下手くそなギターで『秋田音頭withはたはた音頭』をがなりたてた。バンサはとても気に入ったらしくわざわざ握手をしに来てくれた。ちょっとスターになった気分だった(かな)。この時の写真を探せば我が家のどこかにあるはずだが・・・。若くして亡くなられたのは残念だった。

 さて、『ひょっこりひょうたん島』。これは『全部抱きしめて』や『卒業写真』『出席簿の(歌)ブルース』とともにボクがギターを持って教室で歌う歌の定番の一つである。

♪ひょうたん島はどこへ行く
 ぼくらをのせてどこへ行く
 丸い地球の水平線に
 何かがきっと待っている
 苦しいこともあるだろさ
 悲しいこともあるだろさ
 だけどボクらはくじけない
 泣くのはいやだ 笑っちゃおう 進め!
 ひょっこりひょうたん島

朝日新聞には『笑いをもって生き抜いていく「ひょっこりひょうたん島」』とある。「皆でがんばってゆこうぜ」のメッセージか込められている。



夕方から出かけますので早めにブログアップします。

エジプトレポート【4】


やはりピラミッドとスフィンクス

 エジプトと言ったらピラミッド。正直言うと本当にピラミッドが実在するとは思っていなかった。
 ところがありましたねぇ。第1ピラミッドから第3ピラミッドまである。写真の左側から遠近感で大きさの順には見えないが大きさと古さの順に第1から第3までのピラミッドである。
 2枚目の写真が第1ピラミッドの中腹に立っているボクであるが豆粒みたいで見えないでしょう。
 この立っている付近からピラミッドの中に入って行ける。ボクも入場料を支払い中に入った。ところが何しろ閉所恐怖症なので奥に入ってゆくと不安になってくる。頭がつっかえるくらい低い場所もある。途中まで入ってギブアップ。弱虫ですねぇ。

 ピラミッドから王様の船などの博物館に向かうのだが割愛。歩いているうちにピラミッドの積みあげた石に「DON’T CLIMB」と注意書きがある。注意書きは必ずその行為があるから掲示される。例えば電線に「発砲すべからず」とあれば間違いなく電線に向けて発砲する人間がいる。板塀に鳥居のマークが書かれていれば「立ちションベンするな」マークだが絶対に立ちション人間はいるのだ。
そこでガイドのハニーさんに
「ピラミッドに昇る人がいるんですか」
と聞いたら、どうもいるらしい。ウーム。

 そして、スフィンクスを見学。スフィンクスの鼻の部分が欠けている。それはナポレオンがエジプトに侵攻した時に砲撃をして欠いたと説明された。
 スフィンクスの顔がなぜか悲しく見えたのは、人間の欲望は自分の気にくわないことはすべて破壊尽くしてきたことをスフィンクスが憂えていたかもしれない。と、少し感じたからだ。
もう少しエジプトレポートは続きます。



明日は甲子園で秋田商業の3回戦。健闘を祈ろう。と、言うことで本日は簡単ですがこれにてブログ終了です。

野球ルールの難しさ


ほおずき

 木曜日は燃えるゴミを出す日である。近くのゴミ集積所にゴミ袋を持っていき無事に集積所に置いた。チラッと横を見たらオレンジ色のほおずきが沢山あることに気づいた。すでに最盛期は過ぎたようである。
 久しぶりだなぁと思って1枚写真を撮影。昔、わが家には毎年ほおずきが生長していたことを思い出す。特に栽培しなくても丈夫な植物だったなぁと記憶している。

 ほおずきは鬼灯と書き気の毒なふわり柔らかその手触りは


したたか済々黌

 甲子園で秋田商業高校が福井工大福井に8-3で快勝。序盤のキャプテン三浦君が打った一打が試合を決めたと思った。よかったよかった。

 さて、ここでは先日おこなわれた鳴門対済々黌の試合のアピールプレーについてメモしておきます。この場面はユーチューブでも確認できる。

http://www.youtube.com/watch?v=PSGYV60iYL0

 7回裏一死一、三塁。打者の放った安打性の痛烈なライナーを鳴門のショートがジャンプして好捕。一塁走者も三塁走者も飛び出していた。ショートは一塁に転送してダブルプレーが成立。ところが三塁走者は三塁に帰塁せずに一目散に本塁に向かいホームベースを踏んだ。この踏んだタイミングが一塁に転送される前の段階だった。つまりスリーアウト前にホームインしていた。

毎日新聞(2012.8.14付)には『済々黌したたか』と題して次のように書いている。

『熊本県内有数の進学校らしく、チームのモットーは「頭を使う野球」。実は昨年、同じようなケースを想定した練習にも取り組んだ。5回には7回と全く同じ場面で、三塁走者の安藤が当然のように本塁に向けてスタート。併殺の方が早く成立したため得点はならなかったが、選手たちは虎視眈々と本塁を陥れる機会を狙っていた』

なるほどなぁ。こんなプレーがあったよと我が家で話をしていたら

「そのプレーは漫画のラスト・イニングにもあったよ」

と言う男がいた。
 早速『ラスト・イニング』を確認してみた。このプレーは26巻から27巻にかけて書かかれている。一死走者二・三塁で打球はショートに安打性の当たり。好捕した遊撃手は二塁に転送してゲッツー。しかし、三塁走者はスリーアウトの前にホームにかけこんでいた。守り側のチームはゲッツー成立とのことでフェアゾーンから引き上げ始めた。ところが守り側の監督が得点されることに気づく・・・・。そこからドラマが始まるのである。

 このプレーでは投手と内野手がフェアゾーンから離れる前に三塁のアピールプレーをしなければならない。しかし、鳴門ナインはゲッツー成立と思い全員がベンチに帰ってしまった。この段階で済々黌に1点入る。済々黌ナインはこの得点を知っていてすぐに守備に付く準備をしたというしたたかさもあったと報じている。
 日刊スポーツなどによると漫画の『ドカベン』にも似たような場面があるとのこと。しかし『ドカベン』は持っていないので確認しようがありませんが・・・。

 誰でも知っているようで知らないルールを熟知していることの大切さなんでしょうねぇ。


リーグ戦の結果

【鹿角大館北秋リーグ】
 大 館  6- 4 大館国際
 大館鳳鳴 5- 4 十和田
【能代地区リーグ】
 能代工  5- 4 能代西
【秋田市内リーグ】
 秋田中央 4- 3 秋田高専
 秋田工  8- 6 秋 田
 明 桜  4- 2 新 屋
【由利本荘にかほリーグ】
 仁賀保  6- 3 矢 島
 西 目 14- 7 由 利(8コ)
 本 荘 11- 5 由利工
【県南地区リーグ】
 大曲工  4- 3 横手城南
 西仙北  3- 2 湯沢翔北
 秋田修英 5- 4 六 郷
 湯 沢  2- 1 平 成
 大曲農  7- 5 大農太田



日中、仕事先にゆくのだが知らず知らずのうちに居眠りしている。疲れが出てるのかもしれない。いや、飲み過ぎかも・・・。反省反省。本日のブログはこれにて終了です。

同級会最高ダゼ


今日は中学校の同級会。
エガッタゼ。酔っ払ってしまいました。
飲み過ぎです。
同級会最高。おもしれがったーーー。

  おめなばよあのどぎおれをいじめだべ過去は素敵な味の素かも


秋商甲子園勝利おめでとう。スゲェー。普通に強かった。
「甲子園何とか連敗」なんて言ってたバカヤローどもの成果ではない。今の秋商若き監督が頑張って勝利に結びついた。けっして何とかかんとかの強化策ではないと、ボクはここに書いておきたい。ナイスゲーム。勝つ時は勝つんです。フーッ。



リーグ戦の結果
【鹿角大館北秋地区リーグ】
 大館工  4- 0 花 輪
 秋田北鷹 8- 4 十和田
【県南地区リーグ】
 横手清陵15- 1 雄 勝
 湯 沢  4- 1 大農太田
 平 成 12- 9 増 田
 横手城南 6- 2 雄物川
 湯沢翔北 8- 6 大曲工

これにて酔っ払いでプログ終了

エジプトレポート【3】


鯨雲の空

 2年前、北内越(きたうてつ)小学校の学芸会を見に行った時。1年生諸君が「くじらぐも」を演じた。くじらぐもと言う雲があるんだなぁと思った。イメージがとても良く伝わってきた。
 昨夜からの雨が上がり鯨雲だと思える大きな雲がふわりふわりと大空に浮かんだ。夕方は湿気もなく少し秋めいた気温になった。窓を開け放つと秋の気配である。

    雨上がりふうわり浮かぶくじら雲ミジンコ吾は空に吸われる


若き日本びいきたち。

 エジプトのJICAで活躍しているキクチリエさんはエジプトのルクソールで日本語を指導しておられる。その講義を受講している年代は20代前後。日本で言えば高校を卒業した大学に相当する高等教育の部分。そこで学んでいる青年たちが今回ルクソールの神殿などを説明しながら案内してくれた。

 写真の二人の方はガイドの免許を持っている人たちだ。右が旅行期間中案内してくれたアハムードさん。通称ムーディーさんである。彼がいなかったら今回のエジプト旅行は絶対に実現しなかったと言っていい。すべての交渉ごとやぼったくりから身を守ってくれた。そして、左側はハニーさん。日本語がペラペラ。あまりに上手なので日本に来たことがありますかと訊ねたら「ありません」とのこと。カイロでの案内は彼が完璧にやってくれた。これからのエジプト旅行の案内は彼らに依頼することをお勧めしたい。HISのエジプト支社に勤務しているとのこと。

 中ほどの写真では五人しか写っていないがプラス三人ほどの若者がルクソールでの観光につきあってくれた。
 実はエジプトではガイドの免許がなければ観光客に案内をすることは禁じられているとのこと。彼らが案内してくれたのは日本語学校の勉強の一環なので「実習」としてやれたとのこと。私達がエジプトに行くことを聴いた彼等は本物の日本語を勉強できる機会と言うことで大喜びしてくれたそうだ。本物の日本語と言っても秋田弁ですけれど・・・・。日本でもこれだけ外国語が好きな生徒諸君が多ければいいんですけれどねぇ。
 実際に歴史のある神殿の説明の時に彼らは交代交代で説明してくれた。緊張しながら説明しているのがよくわかった。でも、その初々しさが素敵であった。彼等の必死さが伝わり好感度は非常に良い。
 一番下の絵はネェフェティティという女王様とのこと。写真の右から2番目の若者が描いたものである。日本語の案内テキストに鉛筆で丁寧に描いた絵が挟み込まれていた。あまりにもカッコいいので写真に撮ろうとしたらそのA4の用紙を外してボクにプレゼントしてくれた。ありがとう!

 彼らと一緒に食事会をした。その時に聴いたのが徴兵制について。

 エジプトでは徴兵制度がある。その仕組みを効いたら懲役期間は3年、2年、1年になり学歴によって違うとのことだった。最短の1年間は高等教育を卒業した学生達の期間とのこと。だから彼等は卒業後すぐに1年間兵役に就く。写真に写ってはいないのだがナイル川の帆船(ヨット)クルーズなどにつきあってくれた若者は1年間の兵役を終えたばかりだと話してくれた。

 今朝(2012.8.14付)の朝日新聞国際版には『エジプト軍トップ解任 大統領、権限奪取か』と大きく報じていた。人民による革命後に就任したムルシ大統領がムバラク前大統領の側近だったタンタウィ氏らを解任したとのことだ。と、言ってもエジプトの軍隊の組織は変わることはないのだろう。当然、若者たちの徴兵制度も不変だと思う。日本は平和憲法であることを再認識できた。

彼等の中の一人がニコニコしながら言う。
「徴兵(1年間)が終わったら結婚します」
「ヘーッ。どんな人?」
「従妹です」
どうも結婚する対象は従姉妹が多いようだ。事情は結婚準備金が高額ということもあるらしく親戚と結婚することが手っ取り早いようなのだ。幸せそうな顔が印象的なのである。

ところでエジプトの結婚式で出されるご馳走は何だと思いますか?
ハイッ。答は『鳩』です。
彼等が言います。
「結婚式では鳩をたくさんたくさん食べます」
ウーム・・・・。今回の旅行でも鳩が出た。鳩のお腹に米を詰めて蒸し焼きしたような感じである。美味しかったかどうか。ボクは腹痛で食欲がなく食べられませんでした・・・。

 彼らの携帯電話に入ってる日本語の曲もなかなか凝ったものだった。でも、ボクも聴かせてもらったがメロディーはわかるが曲名が思い浮かばない。年齢(とし)ですねぇ。いずれにしてもエジプトの若者たちの中には日本びいきが多いのである。

若者たちの交流が大きな収穫だった。


と、言うわけで本日のブログはこれにて終了です。

エジプトレポート【2】


ヌビアの歴史

 ルクソールで若き日本語ガイドたちのルクソール神殿などの案内練習を終えた後のこと。
 彼等と一緒に食事をしようと神殿付近で小型の乗合バスを拾うことになった。小型の乗合バスとはトヨタのハイエースに座席が全部つけられていて12~13人前後が乗ると満員になるような車。
 通り過ぎる車はほとんどが満員状態でなかなか拾うことができない。何台もやりすごしているうちに一人の女性が乗ったバスに乗ることができた。

 このバスの運転手がサービス満点。カーステレオでアフリカンドラムの低音が響く音楽を大音量で流してくれた。するとノリの良い若者たちがそろって手拍子を始めたのである。そして時折「あわわわわわ・・」と高い声で相の手を入れる。これが何ともアフリカっぽくてかっこいいのだ。途中で同乗していた一人の女性がニコニコと笑顔で降りていった。そして数分後に目的地の韓国料理レストランに到着。

 彼等に車内でかかっていた音楽は何かをたずねた。すると「ヌビア」と言う。「ヌビア」と言う言葉は初めて聞く言葉。その意味をたずねたらアスワンハイダムの建設の際、その地域に住んでいた人たちが立ち退きをせまられた。立ち退きを迫られた部族の名前がヌビアだった。エジプトの中でも黒人の部族であると話してくれた。ヌビア人のバンドができCD化され車の中でかかっていたのだろう。エジプトでは有名なバンドだとボクは推測した。

 次の日。今回旅行を案内してくれたリエちゃんの仲間のJICAメンバーユアサチヒロさんの働いているヌビア人女性のカルチャーセンター(作業所)の見学に行くことになった。チヒロさんはヌビアの女性たちに陶芸の指導をしておられた。
 そこでは10数人の若い女性たちがヌビアの伝統的な織物や陶芸などに取り組み土産品などを作っていた。
 ボクもこの施設への若干のカンパと彼女たちの自立支援を兼ねて独特の色合いの陶器を3個ほど購入してきた。そう言えばルクソールで宿泊したSTEIGENBERGER NILE PALACE HOTELにもヌビアンの伝統的な工芸品が展示されていたことを思い出した。

 日本に帰ってからヌビアのCDを探したら『EGYPT NOIR  ヌビアン・ソウル・トレジャーズ』を見つけて早速購入。CDに入っているライナーノーツに「ヌビア」の解説があるので一部抜き書きします。

『ヌビアはエジプト南部から国境を越え、スーダン北部まで至るアフリカ大陸北東部の地域の名称である。紀元前26世紀にはアフリカ大陸で最も古い文明の一つであるクシュ文明を興し、古代には金や銅などの鉱物資源に恵まれたため、古代エジプト語で「金」を現す言葉「ヌブ」から国名がつけられた。4世紀にはエチオピアの侵略を受け、一部がキリスト教化された。その後7世紀にはイスラーム教徒アラブ人によりエジプトとともに侵略され、住民のほとんどがイスラーム教化された。近世以降はエジプトに支配され、1956年のスーダン独立ともにヌビアは二つの国に分断され、現在に至っている。
その上、ナイル川の氾濫を抑えるために建造されたアスワン・ダム(1902年)、アスワン・ハイダム(1960年)により、ヌビア人の多くが故郷を水没で失い、エジプト側ヌビア人はアスワン北部のコム・オンボや首都カイロに、スーダン側ヌビアは首都ハルツームやヌビア砂漠南部に移住を余儀なくされた。
いわば亡国の民であるヌビア人の音楽、さぞかし悲しみに満ちた音楽ではないか・・・・例えばアメリカに奴隷として連れてこられたアフリカ黒人の生んだブルースのように・・・と思うと、そんなことは全然ない』

 このCDには音楽はもちろんおまけがある。それはCDのジャケットになっている19世紀のオリエンタリズムあふれるスライドショーが楽しめる仕掛けだ。

 「ヌビア」の歴史も垣間見ることができた旅行だった。ダムの功罪も考えさせられた。そして現地でJICAでがんばっている女性二人の健闘にも頭が下がる思いだった。女性は強いなぁ。

   故郷を追われし民の誇り聴くヌビアンソウルドラムの響き



リーグ戦の結果
【鹿角大館北秋リーグ】
 大館鳳鳴 8- 4 大館工
 花 輪  6- 4 大館国際
 秋田北鷹 5- 1 大 館
【能代地区リーグ】
 能 代  4- 0 能代商
 能代西  6- 3 二ツ井
【秋田市内リーグ】
 秋田南  5- 4 秋田中央
 秋田高専 4- 3 秋田工
 金足農  7- 0 秋 田(7コ)
【由利本荘にかほリーグ】
 西 目  4- 4 由利工
 本 荘 10- 0 仁賀保(5コ)
 由 利  6- 2 矢 島
【県南地区リーグ】
 大農太田 5- 4 平 成
 秋田修英 5- 1 雄 勝
 大曲農  6- 4 増 田
 横 手  8- 6 角 館
 横手城南 6- 6 湯沢翔北
 雄物川  8- 5 西仙北


今日から旧盆。本日のブログはこれにて終了です。

旧友再会フォーエバー


 昨夜は大曲の「ら・ぐう」で元K附高校の仲間で(と、言っても3人だが)集まって軽く一杯。一緒に飲むのは半年ぶりかなぁ。

 一人はボクの大学の後輩。母校のある隣の県で高校に勤めている。とても充実していると目が輝いていた。
 そして一人は全力監督。野球談義になると熱が入る。それも楽しくいろいろなことに話が及ぶ。さらに・・・・・・である。楽しかったゼ。


 ボクはエジプト帰りでまだまだ体調が整っていない。でも軽く生ビールをやり出羽鶴の「やまと雫」を一杯やっていると調子が良くなってくるのである。やはりお腹の調子が悪い時には日本の酒で調整をとるといいのかもしれない。と、思う。

 またいつか一杯やりましょう。


リーグ戦の結果

【鹿角大館北秋リーグ】
 大館鳳鳴 2- 1 秋田北鷹
 大館国際 4- 3 十和田
【能代地区リーグ】
 能代商  4- 3 能代西
 能 代  9- 0 能代工
【男鹿潟上南秋リーグ】
 男鹿工  3- 1 秋田西
 五城目 11- 2 男鹿海洋(7コ)
【秋田市内リーグ】
 明 桜  4- 2 秋田南
 金足農  6- 4 秋田高専
 秋 田  3- 2 新 屋
【由利本荘にかほリーグ】
 本 荘  6- 0 由 利
 西 目 10- 1 矢 島(7コ)
 由利工  9- 2 仁賀保(7コ)



これにて本日のブログは終了です。






 
アクセスカウンター
リンク
カレンダー
07 | 2012/08 | 09
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
最新コメント
プロフィール

Hi-Rock

Author:Hi-Rock
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR