勉強とは
終日ボーッと
今日は終日ボーッと過ごしていた。
テレビを観る気もしないし。と、言いながらオッカアがテレビ中毒なので近くにいるとついつい観てしまうのだが・・・
おもしろくもないので昼寝をすることに・・・。
低気圧が北海道近くで発達して猛烈な勢いになっている。明朝9時の予想天気図がネットにあった。
似非気象予報士のボクの見立ててではかなり強い風が吹く。雪の量はそれほどでもないかもしれない。要は荒れないでくれぇってことです。
午後3時過ぎに西の空を見た風景。
やはり、荒れ模様だ。
暇なのでギターの練習をちらっとやっていた。
もしかすれば3月にとわちゃんとわかちゃんたちの発表会で合同演奏になるかもしれない。ギターの弦に指が引っかかって綺麗な音が出ないのが下手くそなところ。
でも、まぁ仕方がないか。それなりに何とかなりそうな感じになってきた。
いいこと書いているなぁ
ボクが大ファンである朝日新聞の近藤康太郎さんが久しぶりに『多事奏論 19歳のあなた 失敗する権利 人間にある』と題するコラムを書いていた。
内容は、先日東大入試でカンニング騒ぎを起こした女子大生へのメッセージの形になっている。しかしね多くの人に対するメッセージだ。
その中には「勉強」について書いている。その内容がとてもいい。内容を少し引用しましょう。
『勉強にはふたつの特徴があるんです。
その一。勉強には終わりがない。一生続く。だから、観念するしかない。だいたい、ある期間やればやめていい”勉強”なんて、勉強じゃないです。世界を、人間を、馬鹿にしてます。勉強とは、カルティベート(耕作、教養)された大人になることです。
その二。勉強は、勉強しているその当座、なんの役に立つのかさっぱり分からないんです。ずぶんたってから思い出す』
そうだよなぁと鋭く納得する。
この内容を読んでボクはアマチュア無線の先輩たちを思い出していた。どうやったら電波が飛ぶのか。どんなふうに工作したらより良いものができるのか。常に考え続けている。つまり、勉強し続けているのだ。そこには電気的な学問もあるし数学的な勉強もある。人とのつきあいもある。だから、みんなは前向きでいい顔をしていると思う。
近藤さんは次のようにも書いている。
『勉強しない人間は必ずむごいエゴイストです。ちょっとばかり成功すると、「自分は特別」と愚かにも思い込む。
でも勉強する人は知っている。人間なんかどっこいどっこいだ。取り巻きを一万人以上集めて花見をする権力者も、ばくだいなエネルギーを浪費して家族連れで宇宙旅行する大金持ち、べつにえらくない。自分も他人もたいした存在じゃない。つまり、勉強するのは「人にやさしく」(ザ・ブルーハーツ)なるためなんです』
そして
『人間は過ちを犯しても、やり直せるんです。長年月かけて、そういう社会を、システムを築いてきたんです。それこそが、人類の勉強の成果なんです』
本来ならば全文を紹介すべきだろうがボクの気に入った部分だけをピックアップ。
「勉強とは」商売だしなぁ深い内容だ。
とりあえず魁新報に毎日掲載されている高校受験講座を毎日やってみようか。意味が違うかな?
ネットを見ていたら毎日新聞(ボクはネットの記事だけ毎日新聞の購入をしている)にキシダン政権の最近の支持率が掲載されていた。支持率と不支持率が逆転したという。
これまでの高い支持率がしんじられなかったが、ようやく国民は気づき始めたらしい良い傾向だ。
セロリー日記
今朝、オッカアが妙な顔をしている。
「セロリーが糊をかぶって毛がゴワゴワしてるよ。少し洗ったけれど・・・」
どれどれと見たら、瓶詰めにしていたスライムを勝手に身体につけたようだ。どうやってガラス瓶の栓を開けたのかは解らないが・・・
少し、体毛がゴワゴワしているがそのうち何とかなるべ。本人(猫)はあまり気にしていないようだからそのうちとれるでしょう。
本日のアマチュア無線
今朝、160mはまったく見えなかった。昨朝と同じように日の出直前にバンドニューのクロアチアが見えた。オッと思い呼んだらピコーンと返信があった。やったー!。ところがどっこい。そこから「73」が返ってこない。結局、あきらめ・・・。残念。
その後、午前9時からADXAのオンエアミーティングに声を出して秋田市内の大先輩たちの声を聞く。今日は宮城のBXSさんもブレークしてきて160mのSSBの情報を話してくれた。何とまぁ160mでヨーロッパがガンガン聞こえて交信したとのこと。
ボクはその日のログを見たら160mでは全然交信できていない。アンテナの違いかなぁと思ったりしていた次第。
本日はこれにて
テレビってなんでこんなにつまらない内容ばかり流しているの?
「どさ」「ゆさ」と言った時代はもう過去に今の子どもら誰もわからん
「来年も仕事をするの?」友からの電話に答える「もう七十六なんだゼ」